ヨーコとエレナ
ドサッ。
固く冷たいコンクリートの床に、乱暴に降ろされる。ヨーコは小さく呻き声をあげた。
…あの後。
ジープに連れ込まれたヨーコは、手足を縛られ、目隠しをされた。
ジープは発進し、ひた走り続けた。
その時間は、永遠に思えるほど長かった。
もしかしたらほんの短い間だったのかもしれない。
しかし、恐怖に苛まされているヨーコにとっては、ただただ、長い時間だった。
「目隠しを解いてやれ」
男の声がして、誰かの足音が近づいてきた。
コツッ、コツッ。
ハイヒールの音。
ヒンヤリとした細い指が、ヨーコの顔にかかる。
身を固くしていると、スッと目隠しが外されて、視界が広がった。
そこは、全面コンクリートに覆われた部屋だった。
天井には、切れかかって点滅する蛍光灯が一本。
入り口は一つ。
窓は無い。
向かって左側の壁からは、水が染みだして線を描いていた。
どうやら地下室のようだ。
「後は任せるぜ、エレナ」黒ずくめの男が言った。
「ちょっとお、何であたしなのっ?」
ヨーコの傍に屈みこんでいた少女が、抗議の声を上げる。
明るい色の、パーマのかかった髪が揺れた。
「男の誰かが、この女に手ェ出したら困る」
黒ずくめの男が、ヨーコを顎で示した。
「レッドイーグルには、女はお前しかいねぇだろ。
女は女が面倒見ろよっ」
「何なのよソレ!」
エレナが怒って立ち上がる。
しかし、黒ずくめの男は、クックッと笑いながら部屋を出ていってしまった。
バターン。
重々しい音と共に鉄のドアが閉まる。
牢屋のような地下室の中には、ヨーコとエレナだけが取り残された。
「…」
エレナは黙ったまま、縛られて動けないでいるヨーコを見下ろした。
ヨーコも、エレナを見上げた。
さっき、黒ずくめの男は「レッドイーグル」という名を口にした。
…私は、レッドイーグルに連れ去られたの?
そう思うと、ゾワッとした。花火の広場で、高校生たちが怯えていたのを思い出す。
ミニチュア暴力団だと、彼らは声をそろえた。
白に近い、淡いベージュの髪が乱れ、ヨーコの真上で踊っている。
ミルクティーみたいな色だ、とヨーコは思った。
「あんたさぁ」
エレナが口を開いた。
唇は、グロスのラメでキラキラしている。
「なんで攫われたかわかってる?」
ヨーコは、黙って首を横に振った。
声を出したいとは思うのだけれど、なぜか出来ない。誘拐された恐怖のせいなのか、喉がガサガサに乾燥している。
「ふーん。何も知らないんだぁ」
エレナがつぶやいた。
蛍光灯の点滅にあわせて、彼女がまとうスパンコールのジャケットが、ギラギラとヨーコの目を焼く。
「あんたを攫ったのは、あいつを呼び出すためょ」
エレナは笑みを浮かべ、ヨーコの顔を覗き込んだ。
「あいつ、きっと慌てるだろうなぁ。どういう行動に出るか、見物だわ」
「…あいつ、って…?」
痛む喉の奥から、ヨーコは何とか声を絞りだした。
発した声は弱々しく、自分でも情けないと思ってしまう。
「隼人よ」
エレナがニッとした。
「はやと?」
ヨーコは、その名前にぴくんと反応した。
…最愛の人のことを、どうして知ってるの?
エレナは、ヨーコの反応を楽しむように、彼女の顔をじいっと覗き込んだ。
「なーんにも知らないんだ、あいつのコト。彼女のくせに…」
ヨーコの瞳が、微かに揺らいだのを、エレナは見逃さなかった。
こぼれ落ちる髪を荒く後ろに払いのけ、エレナは続けた。
「あんたより、私達の方がずうっと隼人を理解してるょ。
隼人は、今ちょっと気が変わってるだけだから。
あんたなんか、すぐ捨てられるんじゃないの?」
「…何言ってるのか、よくわかんない」
ヨーコは、震えながらも
はっきりと言った。
「隼人は、あたしのこと大切にしてくれてるもん。
捨てたりなんてしない!」
「あいつを信じてるの?」エレナは、声を上げて笑った。
「あんた、可哀想な女だねぇ。
いつか裏切られるのが関の山なのにさ」
「隼人は裏切ったりしないっ!!」
ヨーコは、擦れた声を荒げた。
…隼人は、裏切るような人じゃない。
どうして彼の事を知ってるのかは判らないけど、不良集団に何がわかるっていうの?
隼人について、根も葉もないこと言わないで!!
怒りに、ヨーコの唇がわなわなと震えた。
淡いピンクのルージュが、微かに彩りを濃くした。
「……ホントに、可哀想な子…」
エレナが呟いた。
どこかから、水の滴る音が響いていた。