道行八重旅
あれからすぐ、源九郎と八重は近隣の宿場でひっそりと養生に努めなければならなかった。
源九郎は魂振りによってすっかり生気を取り戻していたが、八重は自らの気良めに御霊を使うことができないので、消耗しきった体を癒すのに時をかけるしかなかったのだ。
「もっとも、こんな程度で収まるなんて、さすがにちょっと驚いた」
とは傀儡女の弁。もともと彼女は、源九郎の命を助けることができたとしても、完全に元通りとはいかないだろう、と予想していたらしかった。
「まったく、これが〝妹の力〟ってやつかねぇ」
何やら意味ありげな視線を送られた八重は真っ赤な顔で否定したが、そのやたらと恥ずかしそうな様子から、
「ははぁ、お前さん芋を食べて精力を付けたのか」
などと源九郎が言って、「このおおたわけ」と叱られたのは余談ではある。
その傀儡女は真田家と話をつけるとのことで、例の木箱を携え早々に旅立った。
これより一月ほど後、北条家は沼田に残された真田家の城へと侵攻、更にその翌年、豊臣政権はこれを惣無事令違反として小田原の役が勃発し、北条家を滅亡へと至らしめるのであるが、その件にすり替えた小狐丸がどう関わったのか――これはまた別の物語である。
そして三日後。
八重も旅ができる程度に快復し、いよいよ旅立ちの日を迎えた。
行先は当初の予定通り日光山となった。というのも、八重の心身を根本的に気良めるには、清浄な地で身を休めるのが一番であり、その点、湯治も可能な日光山は最適だったのだ。
が、宿を出た直後から八重はいきなり意気消沈しているのだった。
「はぁー、またこんな格好をせねばならぬのか」
男装に身を包むのはやはり相当に抵抗があるらしい。仕方なく源九郎は餌で釣ることにした。
「昼の休憩には、何か旨い物を買ってやるから頑張れ」
「本当かっ! 約束だぞっ」
八重はあっさり気を良くし、てくてくと鼻歌交じりに歩き出す。
かと思えば、ひょっこりと源九郎を振り向いて、
「そういえば、そなたの本当の名は何なのだ?」
「ああ、それなら――」
言いかけて、しばし黙考。八重が知りたがっているのは、大和源九郎と名乗る前から使っていた名前のことだろうが、今更それを教える意味はあるのだろうか?
「いや、知る必要ないだろ」
「む、何故だ?」
「だって、これからは大和源九郎として生きるつもりだしな」
「む……そうか。ま、それならそれでよいのだが――」
何やら気掛かりがあるようだが、源九郎にはより気掛かりなことがある。
「そっちこそどうなんだ? 八重って名前は意に沿わず付けられたんだろう。本来の初音と呼んだ方がいいんじゃないか?」
「いや、そんなことはない。八重という名を、そなたは良い名だと褒めてくれただろう? その言祝ぎによって、八重は既に私を縛る名とは思えなくなった。だからいい……このままで」
と、懐からごそごそと守り刀を取り出して、八重は愛おしそうに胸に抱いた。
「初音の名は、両親の想いと共に大切に取っておくとしよう」
「……そうだな」
守り刀には両親の想いが込められていて、それを御霊が増幅した結果、八重は記憶を取り戻すことができた。きっとそうなんだろう。そうであればよい、と源九郎も信じている。
だから、その話を補強する為にしでかした小細工については、墓まで持って行くつもりだ。
すなわち、守り刀にあった『初音』の刻印が、先日刻んだばかりのものであるということを。
かつて、人が怨霊を御霊として役立てようとしたように、呪いは反転させれば祝いとなる。
それを成し遂げる為に、何らかの欺瞞が必要なのであれば源九郎は躊躇わない。
二人揃って幸せになる。そのことについてのみ誠実でありたいからだ。
「それにしても――ぷふっ」
突然、八重は堪えきれずに噴き出した。
「そなたの名付け親は、私ということになるのだなっ!」
「……そうだな」
けらけらと笑う相方の頭を源九郎はげんこでぐりぐり。ぎゃあぎゃあと、八重は嬉しそうに悲鳴を上げる。
街道を一路北へ。
二人の旅路はまだ始まったばかりである。
だが、このお話はこれにて幕引き――
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●補足、及び元ネタなどの解説
・鎮魂歌とは『年中行事秘抄』に記載されている神楽歌である。本来は阿知女と呼ばれる女性による「アチメ、オー、オー、オー」といったフレーズが加わるのだが、一人でやるのも変なので作中では略した。
・北条家が真田家の城を攻撃した真相は分かっていない。
確かなのは、城を奪われたと訴え出た真田家に対し、北条家はそのような事実はないと抗弁したということ。この名胡桃城事件をもって、北条家は豊臣家に惣無事令違反として攻撃されるのだが、明白な惣無事令違反行為にも関わらず不問とされた上杉家のような例もあるので、この事件は北条家を潰すための何らかの陰謀であったと思われる。
・小狐丸という刀には謎が多い。
三条宗近が打ったというのはあくまで伝説上の話であり、現存する小狐丸と伝わる刀はすべて宗近の作ではない。藤原氏が所有していた『小狐の太刀』が伝説の原型にあたる刀なのだろうが、それもいつしか歴史の闇に消えてしまったようだ。
・楯原神社の伝説によれば、天正元年(一五七三年)に石上神宮を焼き討ちした織田信長の軍によって十種神宝は奪い去られたものの、後に豊臣秀吉がこれらの神宝を手に入れ、生魂の杜に奉納したという。
・源九郎と初音の名前は、人形浄瑠璃や歌舞伎の演目『義経千本桜』に由来。
物語の内容は、大和国の源九郎狐が佐藤忠信という源義経の家臣に化けて、母狐である初音の皮で作られた鼓を取り戻そうとするものであるが、史実では初音は佐藤忠信の妻の名である。




