(一)刀狩
下野国南端、小山の地において祗園城は古くから交通の要衝して栄えてきた。
複数の街道を擁するのはもちろんのこと、城のすぐ西を流れる川を使った水運で、円滑な物資の輸送が可能であったためだが、これは軍の運用上にも大きな利点となる。
したがって、当地を勢力下に収めた北条家はこの城を北関東における最前線基地とすべく大幅な拡張工事を行い、今やその規模は城塞都市と呼べるほどの域にまで達していた。さすがに本拠である小田原城のように町の全てを堀で囲んだわけではないが、城域は元々存在した支城郡を取り込むまでに拡張し、城下の一部にも土塁や空掘、木戸を設けるなどして、難攻不落の拠点として生まれ変わったのである。
だが、それも今や過去の話となりつつある。昨年から進められた豊臣家との交渉の結果、北条家は当主の上洛をもって家臣となることが決まっていたからだ。
さて、そんな最前線の城下町に源九郎と八重が辿り着いたのは早朝のことである。
さすがに交通の要衝ということもあって、宿場は旅出つ人々でごった返し、牛、馬、荷車が土埃を立てて行き交うさまに、八重は目を白黒させている。
「むむぅ……これは壮観。眠気も一息に吹き飛ぶというもの」
放っておくと轢かれかねないのでさっさと手近な飯場へ入るが、こちらも外と同様の大賑わい。ようよう卓に着いたところで、源九朗は食事と酒を注文した。
「はい、お待ちどうさんっ!」
間もなく快活な女将の声とともに、熱燗の入ったお銚子が到着。さっそく酒をおちょこに注ぐ源九郎の様子を、八重は興味津津といった顔でじっと見詰め、
「なぁ、私もちょっと味見していいか?」
「お前さんには……まだ早いかな」
「またそうやって私を子供扱いする!」
不満気な八重をあしらいつつ、酒を喉へと流し込む。
やや薄めだが徹夜明けの身にはよく染みて、すぐに身体がぽかぽかと温まってくる。身体が熱をもつと傷も疼くものだが、早くも酔いが回ったか不思議と痛むことはない。
この傷を付けてくれた連中は、一体何者だったのか?
再びおちょこを酒で満たしつつ、源九朗は考えを巡らせる。
鹿島の一行を襲撃した者達といい、小狐丸を狙う連中はどうやら複数いるらしい。そういえばあの小男は何か知っているようだった。何と言っていたか……そう確か。
「お前さん、刀狩衆という言葉に何か心当たりはないか?」
駄目元で訊ねてみると、予想外の返答があった。
「知っているぞ」
忌々しげに、吐き捨てるように、八重は語る。
「そもそも御神刀が日光へ移されることになったのは、その刀狩衆とやらのせいなのだ。近頃、鹿島の神域には御神刀を狙ったと思しき賊の侵入が相次いでな。神宮ではそやつらを刀狩衆と呼び、厳戒態勢を取っていたのだ。無論、鹿島の精鋭達の前に賊の悉くは討ち取られた」
だがな、とそこで表情を強張らせ、
「一度だけ、御神刀が奪われそうになったことがある。どうにか守り抜きはしたものの、十数人もの犠牲を出した。それもたった一人の仕業によってだ」
「ほう」
鹿島の剣士達は屈強だ。それはここ数日、一行を観察したことで分かっている。そんな彼らを相手取って、それほどの戦果を上げられるものだろうか?
「そやつは妖刀使いであった」
「……何だって?」
「源九郎。この世には魂を宿す物があるのは分かるな?」
「九十九神ってやつだろう? 齢百を越えた物には神霊が宿るから、粗略に扱うと化けて出るとかいう」
「うむ。神さびと言ってな。古来、森羅万象のありとあらゆる物は年を経ることで魂を宿すと考えられてきた。それは天地に満ちる陰陽の気や、祈りや怨念といった人の想いが歳月と共に蓄積されるがゆえなのだが、これは何も古物に限った話ではない。そもそも霊魂とは実体無き存在ゆえに器――すなわち寄り代に憑こうとするものだ。寄り代が人であれば神懸かりや狐憑き、物であれば九十九神などと呼ばれることになるだけのこと。無論、長年に渡って念や気を蓄積する古物ほど、憑きものがある傾向は高いがな」
「ああ、年季入りってわけか」
「茶化すでないわ!」
しょうもない駄洒落を飛ばす源九朗を、八重は卓を叩いてどやしつける。
「よいか、ここからが本題だ。魂を宿すに至った物は妖しの力を持つことがある。それは刀とて同様のことだ。しかし、何といっても刀は人を斬る為の道具。ゆえに穢れやすく邪気を蓄積しがちとなる。すなわち妖刀――禍々しくも危険な呪物となるのだ」
「つまりその男は、妖しの力で鹿島を窮地に陥れた、と」
「そうだが……どうした? 妙な顔をして」
「さすがに突飛な話と思ってな」
「さもありなん。だが忘れたか? 我々が今こうしていられるのもその突飛な力のおかげということを。木箱の封印に込められた呪力、あれは本物だったであろう?」
「それはそうだが……」
まぁいい、そういうことにしておこう。
呪術などという非現実的なものを認める気にはならないが、その男が相当の使い手なのは間違いあるまい。重要なのはそんな輩と出くわす前に、さっさと己が任務を済ませることだ。
「しかし刀狩衆、ね。名前からすると刀狩令と関係ありそうだが……まさかな」
「ん、そなたも何か知っているのか?」
「いや、刀狩令ってのがあってな。それで今、各地で刀の徴発が行われているんだよ」
「ほう! つまり御神刀はその一環で狙われたというのか?」
身を乗り出す八重に、源九郎は肩を竦めてみせる。
「単なる憶測さ。それにあまり現実的な話でもない。そもそも徴発される刀も宝刀の類じゃないからな。そりゃ豊臣家も名家の嗜みとして、名のある刀は収集しているだろう。だが日本一の権力者なんだ。欲しけりゃ買収するなり召し上げるなりすればいい。何も強奪する必要はないだろう?」
「ふむ……それもそうか」
と、ここで芋粥が到着。椀からはもうもうと湯気が立っており、気を付けて食べるよう女将は忠告していったが、
「熱っつ!」
八重は一口目から火傷して涙目で外気に舌を晒す。まさしく舌っ足らずな状況だが、それでも彼女はめげずに質問を続けた。
「うう……そえでわ刀狩とわ、一体ぬわんの為に行われていうのだ?」
「基本的には天下泰平に向けての武装解除だな。もっとも世の中の武器を全て回収するなんて、これまた現実味のない話だが。そもそも刀ばかり没収している時点で、あまりやる気もなさそうだしな」
「そえはどほいふことだ?」
「本気で武装解除をするなら、弓、槍、鉄砲を何とかしなくちゃ駄目ってことさ。ところが実際に狩り集めているのは刀や脇差しばかりときた。元より刀なんて戦場ではさほどの利用価値もないのにだぞ」
「ふむ、では狙いは他にあると?」
「重要なのは誰が刀を狩られるかだが、これは武家奉公人を除いた百姓さ。その意味するところは、主を持たない者は侍じゃないから二本差しは認めないってこと。つまり百姓から帯刀権を剥奪するってことだな」
すると、通りがかった客の男が横合いから口を挟んできた。
「まったく何が刀狩だ。冗談じゃねえや!」
絡まれたのは源九郎だが、反応したのは八重である。
「何がいかんのだ? 平和になるなら刀など要らぬではないか」
「何言ってんだ、こんガキが!」
「ひゃっ!」
怒鳴られ八重は縮こまる。
「男なら刀を身に付けなきゃ、女子供に示しがつかんだろうが、なあ?」
同意を求められた源九朗が適当に相槌を打ち、それとなく去るよう促すと、男はぶつぶつ言いながらも仲間の元へ戻って行った。
「あの男……一体、何がそんなに気に障ったのだ?」
小声で訊ねてくる八重に、源九朗はこんな説明をしてやった。
長引く戦乱の世にあって帯刀は武士のみならず百姓――すなわち庶民全般に広まった習慣だ。男子にとって刀を差すことは名誉であり、刀を差してこそ一人前。そんな風潮の御時世において、帯刀権の剥奪とは名誉の剥奪と同義なのである。
「とはいえ現実的な問題は、帯刀を認められなければ戦場に立つ資格がないってことだ。軍役が武士の独占になれば、百姓は本業に専念するしかないだろう」
当世の庶民にとって戦働きは貴重な収入源であり、相続すべき財産を持たない男共は、立身出世を夢見て戦地に赴くものである。名誉と収入源と可能性。それらを一度に失うことが、庶民にとってどれほどの痛手となるかを思えば、不平不満が多いのも至極当然のことなのだ。
「つまり、刀狩りの本質は武士身分の固定なのさ。ま、天下様にしてみれば下克上の世が続くなんてまっぴら御免だろうしな。今後、自分みたいな成り上がり者を出さない為には、双六から賽の目を取ってしまえってことだ」
「ふーむ、なんとも複雑なのだな」
八重は深く嘆息し、自分を怒鳴った男の席を見やった。
どうやらあちらでも話題は刀狩関連になったらしい。男達の息巻く声が、二人のもとまで届いてくる。
「まだ諦めるには早いぞ。北条も本気で豊臣に従う気があるのかどうか。実際、上洛だって実行されそうにないだろ」
「ああ、頑張ってもらわねえと。そうしたら刀狩だって行われずに済むってもんさ」
八重には会話の内容がよく分からないらしく、再び源九朗が解説する。
天下統一を目前に、豊臣家は諸大名へ惣無事を命じた。これは紛争が生じた際には、戦に走らず豊臣家に判断を仰げということだ。無論、従わねば処罰の対象とされるわけだから、実質的には服従勧告である。北条家はその命令をこれまでのらくらとかわしていたが、ここにきて真田家との領土紛争を豊臣家の手に委ねた。つまり臣下になることを受け入れたのだ。その結果、北条有利の裁定と引き換えに、当主が上洛することで一旦は話がついたのだが――
「その雲行きが怪しくなってる。北条家が上洛延期を申し入れたとかでな。大方、家中で揉めているんだろうが、お陰で臣従交渉は頓挫した。これで万一、交渉決裂となれば関東は大戦になるだろう。あいつらはそれを期待してるわけだな」
「呆れたものだな。私は戦など大嫌いだ!」
嫌悪感剥き出しの八重とは対象的に、源九朗は冷めた口調で諭す。
「そう興奮するな。戦がなければ飯を食えない者も多い。他に生きる術を知らないのさ」
「ふん! なんとも情けない」
八重の吐き捨てるような物言いに、源九郎は複雑な笑みを浮かべた。
連中を自分自身と重ねて、つい弁明めいたことを言ってしまったが、
(戦など大嫌い……か)
かつては自分もそうだった。妹と物乞いをしていた当時。あの飢えと貧困と屈辱の日々において、故郷に戦禍をもたらした者共を憎まぬ日など無かった。
だが今は違う。自分の頭の中にあるのは、大功を挙げて士分となり安住の地を手に入れることだけ。平和を願うことができるのは、それなりに満たされた人間だけの特権だ。今の自分は、戦乱の世が一日でも長く続くようにと願うのみ。
まったく八重の言う通り、情けのない男である。
(だから情け容赦無く――小狐丸はもらって行くぞ)
内心で呟いて、再び酒を飲もうと手を伸ばす。
だが、ほんの少し目を離した隙におちょこは影も形もない。目線を上げれば、八重が両手をすぼめて口元へ運び、何やらちびりちびりとやっている。
「あっ、こら! 何を飲んでんだ」
急いで取り上げるが、とっくに中身は空っぽだ。
「ふふ、一度飲んでみたかったのだ。変な味だったなぁ、ふふふ」
八重はふにゃふにゃとした話し方になり幾分顔も赤らんでいる。この分では御神酒すら飲んだことがなかったのだろう。
「まったく……お前さんにゃまだ早いって言ったろ。案の定、もう酔ってやがる」
「わたしは子供ではなーい。それに巫女が清め酒呑んでなーにが悪いっ!」
「しかも絡み酒とはタチの悪い」
「ふふ、ふっふ、うふふふふ。何やらとろんとろんなのだー」
卓につっぷしてうわごとを呟く八重。まったくしょうのない奴だ、と源九郎は席を立つ。
「こりゃー、私を置いてどこへ行くか?」
「ここは宿を兼ねているからな。部屋を取ってくるよ」
個室での宿泊など贅沢もいいところである。
倹約家の源九郎としては、本来なら迷いなく大部屋での雑魚寝を選ぶのだが、八重の潔癖性を考えれば、そういうわけにもいくまい。それに、すり替えをする際には、個室の方が何かと好都合という打算もあった。
そんな彼の胸の内を露知らず、八重は呑気な声を出している。
「なるべく綺麗な部屋を頼むぞー」
「分かった分かった」




