出会いの日
とあるさびれた町…そしてその外れ。
そこに、一人のみすぼらしい少女が、場違いにも存在していた。
彼女は、何故そこにいたのだろう。
そんな場所にいたが故に、これから不幸が訪れるとも知らずに。
突然、少女の叫び声が聞こえる。
「きゃああああああああああ!!!」
人がもみ合う音がする。
ドンッ、と音が響く。
少女は殴られたようだ。
突如、静けさが訪れる。
少女は茫然自失となって、男たちの為すがままにされる。
散々少女を弄び、気が済んだ男たちが足早に駆けてゆく。
…そして無情にも過ぎ行く時間。
残された少女のすすり泣く声だけが聞こえる。
「う…うっ…ううう…。」
…お母さん…お父さん…お兄ちゃん…
私…まだ生きていなきゃいけないの…?
なんでこんな思いをしてまで、生きていなくちゃいけないの?
少女は起き上がる気力すらないようだ。
ただ、ゆっくりと、ゆっくりと思考能力だけは戻ってきたようだ。
更に時間は過ぎる。
のろのろと、少女は立ち上がる。今にも倒れそうだが。
ふらり、ふらり、と少女はどこへ向かうともなく歩き始めた。
お母さん…私…やっぱりもう生きていけない…
ごめんねお母さん…せっかく産んでくれたのに…
少女の心は決まったようだ。
相変わらずおぼつかない足取りで、少女は歩き続ける。
あそこまでいけば…あの崖までいけば…
そしたら…この苦しみからも解放される…
そして、とうとう少女はたどりついた。
広い広い海を見渡せる、小さな崖。
「海は綺麗ね…。」
少女は誰に聞かせるともなく、一人呟く。
私も人魚姫のように…泡になって消えてなくなりたい。
少女には、脱ぐ靴もなかった。
それは少女の家が非常に貧しかったからだ。
…もう思い残すこともないわ。
ふっ、と少女が足を踏み出そうとしたそのとき…
なぜか、こんな町外れの崖なんぞに、煌びやかな集団がやってきた。
「王子様方…よろしいのですかこんな場所に遊びにいらして…。」
「ふん、父上に言いつけたらお前の首が飛ぶぞ。」
「そうだそうだ、僕だっていいつけちゃうもんね。」
「まあまあ、たまにはいいじゃありませんか、こんな綺麗に海が見える場所、他にはそうそうないのですよ。ごめんなさいね、無理言ってしまって。」
「…俺はお前らに引っ張ってこられただけだから、父上に何を言われようが知らんというがな。」
…何、あの集団…?
そして一人の王子が少女の存在に気づく。
「ちょっとまて!お前何をしようとしていやがる!」
一人の血気盛んな王子が、少女の腕をつかむ。
「まさか死のうとしてたなんていわないだろうな!」
少女は血の気が引く思いがした。
「お前…なんだそのぼろぼろ…いやもう原型をとどめていない服は…。」
「…兄上…そのくらいは察して差し上げてください…。」
少女は優しそうな青年がそういってくれたの聞いて、また血の気が引く思いがした。
…服…!!
少女はもう全裸同然だったのだ。
たまたま、町外れだったため、誰にも見つかることがなかったので、少女も気づかなかったのだ。
「はい、お姉ちゃんこれかぶっておきなよ。」
愛らしい少年が自分がかぶっていた長い上着を渡してくれた。
「兄上は本当に鈍いですね。」
いかにも常に冷静そうな青年が兄に冷たい言葉をかける。
少女はまた涙がこぼし始めた。
久しぶりに触れた人の優しさだったからだ。
「うっ…うああああああん」
もう、少女は堪えることができなかった。泣き叫んだ。
「よしよし…辛かったですね…。」
そういって優しそうな青年が頭をなでてくれた。
「ほらほら、お姉ちゃん、ぎゅーっ!」
少年が抱きしめてくれた。
「…お前はチビだから格好つかないな。」
冷静そうな青年のその一言が気に食わなかったらしく、少年はすぐに少女を離すと兄に食って掛かった。
「うるさいなあ!僕はまだまだ成長期なんだよ!」
「俺様より大きくなったら認めてやるよ。チビ。」
長兄までそんな言葉をかけてくる。
そんなやりとりをみて、少女はほんの少しだけ微笑んだ。
「もう…3人ともやめてくださいよ。このお嬢さんをどうにかして差し上げるのが先決でしょうに。」
優しそうな青年のその一言で、3人は顔を見合わせた。
「…そうだな。俺様のところで面倒をみてやるか。」
そういってにやりとする。
え?何この展開??
しかも、しかも王子っていってなかった!?
王子様…ものすごく遠い存在のはずなのに…
「僕んとこ!僕んとこがいいよ!お姉ちゃん大事にしてあげる!」
少年がいう。
「もちろん、私のところでもいいんですよ。今までの辛かった過去を全て忘れさせてあげますよ。」
優しそうな青年もいう。
「…別に…俺のところでもいいが…あまり気はすすまんが。だが困ってるやつを見捨てるほど俺は冷たくないぞ。」
冷静そうな青年までもが口をそろえて言う。
そして4人が手を差し出した。
ど、どうしよう…。
どなたを選んでも、他の方に失礼になりそうな…
でも、もう他に道はないわ…。
そんな彼女の迷いを断ち切るように、最初に言い出した長兄が少女の手を強引に引き寄せた。
「…まさかお前…俺様の誘いを断るなんてこと、しねえだろうな?」
その一言で、3人の王子達が長兄を凝視した。
「兄上!ずるいずるい!僕だってお姉ちゃんのこと気に入ったのに!」
一番下の王子が口を尖らせてぴょんぴょんはねた。
そのさまをみて、少女はつい小さく笑ってしまった。
「ほら、お前、笑うと可愛いじゃねえか。ますます気に入ったぜ。」
「うんうん!お姉ちゃん可愛い!ずるいずるーい兄上ずるーい!」
そんな3人を見て、優しそうな青年はくすくすと笑い、冷静そうな青年は4人をつまらなさそうに見ていた。
「良かったですね、お嬢さん。こう見えても兄上は、とても情に厚い方なのですよ。ちょっと暴走することもありますが…」
「暴走するは余計だ!…まあ…だが、一度面倒をみると約束したからには、必ず幸せにしてやる。安心しろ。」
「兄上くさーい。そんな口説き文句くさーい。」
「うるさいなチビ。俺はこいつが気に入ったんだ。…まあ色々と気にかかることが無いわけではないが…」
と、最後のほうは4人に聞き取れないくらい小さな声で言った。
そんな兄の言葉を聞き逃さなかった次兄が長兄に声をかける。
「ああ、ラフィーネ様のことですか?兄上。」
「そうなんだよクレイン…あいつ嫉妬深いからな…その上毎日毎日エルゼア様ーエルゼア様ーってうっとおしいんだよな…。」
長兄エルゼアはため息をついた。
「ラフィーネお姉ちゃんもあんなに嫉妬深くなかったら良い女の人なのにねー。僕ですらあれはちょっと引いちゃうよ。」
「チビですらそう思うのか…あーもう別れちまおうかなー。」
「っていうか僕はチビじゃない!フェルネっていう立派な名前があるもん!」
末弟フェルネはまた口を尖らせてぴょんぴょんはねる。
「…一時の感情で、ラフィーネ様ほどの方をお捨てになるのはいかがと思いますが、兄上。」
あくまで冷静な口調で、キアはエルゼアに忠告する。
「まあまあキア、兄上とて苦労なされているのですよ…。」
クレインはつとめて穏やかにキアを制する。
少女が空気に耐えかねて、口を挟みかけた。
「あ、あの…」
一気に4人の視線を集めた。
「やはり…ご迷惑ですよね…私でしたら…なんとか…なんとかしますので…」
少女は消え入りそうな声で言う。
エルゼアが怒鳴った。
「なんとかなるかバカ野郎!死のうとしてたくせに!俺様がなんとかしてやるっていっただろう!約束しただろう!お前俺様が信じられないのか!?」
そんなエルゼアの口調に、フェルネが激しく反発した。
「兄上!そんな言い方しなくたっていいじゃないのさ!お姉ちゃんがかわいそうだよ!」
フェルネは、自分のほうに少女をぐっと引き寄せた。
「お姉ちゃん!やっぱり僕が面倒みてあげるから!兄上のところになんていくことないよ!」
「そうですよ兄上…このお嬢さんは今とても心を痛めてらっしゃるのですよ。」
クレインが初めてエルゼアに少しだけ冷たい視線を向けた。
「いえ…フェルネ様…とクレイン様…と仰いましたよね。お二方ともありがとうございます…。エルゼア様…のお心を信じて差し上げることのできなかった私が悪いのです…。」
少女は震えながらそういった。
「お姉ちゃん…。」
「お嬢さん…。」
二人は少し不服そうだった。
「エルゼア様…不束者ですが、今後よろしくお願いいたします。」
その言葉を聞いて、エルゼアはやっと溜飲を治めたようだ。
「そうだ、大丈夫だ、何も心配するな。」
「…そうだ、お前、名前聞いてなかったな、なんていうんだ?」
「私…私はエリーセと申します。エルゼア様。」
「エリーセか、良い名前だ。」
エルゼアはうんうんと頷く。
「エリーセお姉ちゃんね!わかったよ!僕のことはフェルネでいいよ!様なんて堅っ苦しくて大嫌いだからさ!」
フェルネは相変わらず人懐こい笑みを浮かべてエリーセに言った。
「エリーセさんですね。分かりました。私はクレインです。この4兄弟の2番目ですね。今後よろしくお願いいたしますね。」
クレインも、穏やかな微笑みをエリーセに向けた。
「…俺はキアという。あまり俺には干渉しないように。兄弟の3番目だ。」
キアだけは、あまりエリーセに好意的ではないようだ。
「ふふ、こんなことを言っていますけどね、キアは意外とさびしがりやなんですよ。エリーセさんも気が向いたらキアのところにも遊びにいってやって下さいね。」
クレインがいうと、フェルネはくすくすと笑った。
「王子様方…いい加減宮殿にお戻りになられませんと…。」
じっと王子達の会話を聞いていた侍従が、口を挟んだ。
エルゼアが切り捨てるように言う。
「つまらんことをいうな。せっかく楽しんでいたのに。」
「兄上、無理をいってここまで来たのです。そろそろ戻りませんと、この者たちが罰を受けかねません。さあ、キア、フェルネ、戻りますよ。エリーセさん、兄上の馬にお乗りになって下さい。」
「はぁーい…。エリーセお姉ちゃん!絶対僕のところにも遊びに来てね!」
「エリーセ、馬には乗れるか?」
エルゼアが少し不安そうにエリーセを見つめる。
「は、はい…昔お兄ちゃんと乗ったことなら何度か…。」
「そうか、よかった、ならよし、宮殿に戻るぞ。」
そして5人は馬に乗った。
「しっかりつかまっていろよ。」
ふう…なんかとんでもないことになっちゃった…。
でも、みんないい人たちだな…。
エリーセは心の中で呟いた。
エルゼアの背中から伝わってくるぬくもりに、また涙がこみあげてきそうになる。
泣いちゃだめ…。
そうよ、これから王子様と幸せになるのよ。
5人を乗せた馬の足取りは軽やかで、振動はエリーセの心に心地よく響いていった。