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お前たちは、選べる

ミヤとレイは五代継承者の祝福を背負って、装置の中心に向かって観るを深めた。


五つの層を内側から順に通過する。一番外側のシナとカゲの層から始まり、第二の層でフユの聴く男に頷きを返し、第三の層で第二小反復の二人に挨拶を交わし、第四の層で第一小反復の二人に祝福を受ける。それぞれの層を通過するたびにその層の継承者たちが薄く頷く。通り抜けていい、という許諾の合図だ。


四番目の層を通過した先に装置の最深層がある。


最深層は他の四層と性質が違う。他の四層は半透明の膜だったが最深層は完全に透明だ。何かがあるのに輪郭が見えない。ミヤは観るの精度をさらに高める。透明の中にひとつの存在の気配が浮かぶ。気配は古い。千年を越えて古い。継承者たちの誰よりも古い。


「ハヤだ」


レイが小さく言う。


レイは目を閉じたまま、最深層の中心の気配を聴いている。


「装置の最深層にハヤの残響が残っている。千年前の建造者の意識の最小限の保存。手稿に書かれていた『最後の建造者』が、ここにいる」


ミヤは頷く。タチバナが解読した手稿の冒頭、「最後の建造者」という名前が常に出ていた。その名前の本人が今、目の前にいる。


---


ハヤの姿がミヤの観るの中に浮かぶ。


ハヤは年配の女性だ。長い白髪を肩の上で切り揃え、灰色の作業着のような旧文明の服を着ている。両手の指先は薄く青い染料で染まっている。建造者の指だ。装置の格子の構築に使われた合成素材の痕跡が千年経った今もハヤの指先に残っている。


ハヤは穏やかに微笑む。


「待っていた」


ハヤの声がミヤとレイの両方に同時に届く。


「対が、ここまで来てくれることを千年待っていた」


ミヤは応える。「私はミヤ。観測する女だ」


「私はレイ。聴く男だ」


ハヤは頷く。「知っている。お前たちが装置に近づいた瞬間から、私は気配を感じていた。最後の対が来た、と」


ミヤは問う。「最後のとは何の意味か」


「これ以上対が来る世代はない」


ハヤは答える。


「第二大反復が近い。人類の人口の大半が失われる時期が、あと数十年で来る。お前たちの世代が、対の系譜の最後だ。だから私が建造した装置はお前たちの選択を待つ最後の機会になる」


---


ミヤは観る。ハヤの周囲に装置の機構が薄く展開されている。装置の本来の機能がハヤの残響と共にミヤとレイに開示される。


「装置は試験ではない」


ハヤは続ける。


「これまでの継承者たちは装置を試験だと思って来た。合格すれば人類が救われ、失敗すれば呑まれると。違う。装置は選択装置だ。継承者の対が選択を行う場所だ。選択の内容によって、装置の機能が変わる。装置は中立的な機構として対の選択を物理的に実行する」


ミヤは応える。「何を選べるのか」


ハヤは三つの選択肢を提示する。それぞれの選択肢が装置の内側に物理的な機構として組み込まれている。継承者の対が「選ぶ」と告知した瞬間に対応する機構が動き出す。装置はその機構を通じて選ばれた未来を物理的に実行する。これがハヤが千年前に作り上げた選択装置の設計だ。


「一つ。装置を停止させる。装置の機能を完全に止める。地上文明と現在の海上都市の関係が変わる。第二大反復は加速するかもしれない。しかし装置に依存しない人類の自立が始まる。封印派が望む結末に近い」


ミヤは聴く。


「二つ。装置を全機能稼働させる。装置の力で第二大反復を阻止し、人類の人口を維持する。地上の一部を浮上させ、新しい居住地を作る。代償として人類は装置に深く依存する。解放派が望む結末に近い」


ミヤは聴く。


「三つ。装置と対の継続的な関係を作る。停止でも全機能稼働でもない、中間の道。対が定期的に装置と対話を続けて、人類の選択を更新し続ける。選択は一度では終わらず対話の継続によって何度も選び直される。これがお前たちが歩いてきた第六の道の本来の姿だ」


---


ミヤは三つの選択肢を内側で並べる。


封印派の論理は装置の停止を求めていた。解放派の論理は装置の活用を求めている。ミヤとレイの第六の道は対話を求めている。三つの論理がそのまま三つの選択肢になっている。ハヤは千年前にすでに三つの選択肢を装置に組み込んでいた。継承者の対が来た時に人類の意志を反映できるように。


ミヤは過去継承者たちの姿を内側で思い出す。シナとカゲは第六の道を歩こうとしていたはずだ。しかし装置の前で対話の手順を完成させる前に呑まれている。フユの聴く男も第二・第一小反復の継承者たちも、選択の段階に到達する前に消えた。彼らは「選べる」ことを知らないまま装置に来て、装置の機構の一部となっている。ミヤとレイは彼らが到達できなかった選択の段階に、今、立っている。


ハヤの目がミヤを見つめている。穏やかな目だ。期待も圧力もない。ハヤは結果を求めていない。建造者として、選択の場を準備しただけだ。あとは継承者の対が自由に選ぶ。ハヤは選択の主体ではない。ミヤとレイが主体だ。


ミヤは三つの選択肢の重みを内側で測る。封印は人類の自立を促す代わりに数十億の死を受け入れる選択になる。解放は人類を救う代わりに装置への永続的な依存を引き受ける選択になる。対話の継続は数十億の死を装置の支援で軽減し、しかも人類の自由意志を保ち続ける選択だ。三つ目の道は、二つの道のそれぞれの利点を継承者の継続的な判断で組み合わせる柔軟性を持つ。


「お前たちは、選べる」


ハヤは静かに告げる。


「三つのうちのどれを選んでも、私は受け入れる。私は建造者だが、選択の主体ではない。お前たちが選択の主体だ。お前たちの選択が装置のこれからの千年を決める」


ミヤはレイの方を観る。レイは目を閉じたままハヤの言葉を聴いている。レイの口元がわずかに動く。


「ミヤ。私の聴くは第三を選んでいる」


レイは小さく言う。


「対話を継続する道。選択を一度で終わらせない道。揺れながら、何度でも選び直す道。私はその道を歩きたい」


ミヤも頷く。「私の観るも第三を選んでいる」


ミヤは続ける。「封印は人類の自立を促すかもしれない。しかし第二大反復で多くの命が失われる。解放は人類を救うかもしれない。しかし装置への依存が深まり、人類が選ぶ力を失う。第三の道だけが、人類が選ぶ力を保ち続けながら装置の支援も受け取れる」


レイは小さく頷く。


---


ハヤは穏やかに微笑む。


「お前たちは、選んだ」


ハヤは確認する。


「『私たちは、選ぶ』と告げる準備はできているか。装置に対しても、世界に対しても過去継承者たちに対しても」


ミヤは応える。「準備はできている」


レイも応える。「準備はできている」


ハヤは頷く。「では最後の手順を伝える。装置との対話の継続を開くには対が同時に選択を装置に告知する必要がある。観るで装置の格子に選択を書き込み聴くで装置の振動に選択を載せる。同時に行う。タイミングがずれれば装置は前の手順に戻り選択は無効になる」


ミヤとレイは頷く。手順は単純だが要求は精密だ。観るで装置の格子に何かを書き込むには、ミヤがこれまで習得してきた観察の技術をすべて使う必要がある。聴くで装置の振動に何かを載せるには、レイの共鳴感知の最終段階の集中が要る。二人の同時性は、先ほど確立した接続の段階よりさらに高い精度を要求される。


ミヤは深く呼吸する。レイも同じ呼吸をする。二人の呼吸が装置の律動と完全に同期する。準備が整いつつある。


ハヤは最後にミヤとレイの目を交互に見つめる。


「お前たちは、選べる」


ハヤは繰り返す。


「『お前たちは、対が揃った』が私が手稿に書いた最初の言葉だった。『お前たちへの、ものだ』が次に来る言葉だった。『お前たちは、選べる』が最後に来る言葉だ。三つの言葉がここで完成する。お前たちが選んだ瞬間に私の千年の沈黙が終わる」


ミヤは観るを通じて応える。「私たちは、選ぶ」


レイは聴くを通じて応える。「私たちは、選ぶ」


二人の宣言が同時に装置の中心に届く。


装置の最深層の透明な空間にわずかな振動が生まれる。ハヤの姿が薄く明るくなる。千年の沈黙の終結の合図だ。装置はミヤとレイの選択を受け取り第六の道に対応する機構を起動する準備を始めている。あとは最後の手順を実行するだけだ。観るで装置の格子に「対話の継続」を書き込み聴くで装置の振動に同じ意志を載せる。それが完成した時に装置は第六の道を物理的に開く。


ミヤは観るを最後の集中に向ける。レイは聴くを最後の集中に向ける。二人の呼吸が一つになり装置の律動と完全に同期する。最後の手順の準備が整う。ハヤの姿は穏やかに見守るだけだ。五代の継承者たちも装置の各層から二人を見つめている。世界の外側では漂泊団が待ち、読み師連が手稿を市民に渡し、5勢力が動き続けている。すべての視線がこの最深層の一点に注がれている。

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