8 VS 宰相の息子
次は宰相の息子か~……夕食前に何しに来たんだ。いや、わかってるけど……わかってるけどね!
「初めましてエミリア嬢。ベイル・クラウディアと申します」
「初めまして。エミリア・ガルシアでございます。ご挨拶が遅くなり申し訳ございません」
「いえ。とんでもございません」
(こわっ! こわ~~~)
ベイルは本当にニコニコと笑顔だった。その裏で私のことをクソミソに思っているのを知っているので余計その怖さがわかる。しかたない、先手必勝だ。私は一生懸命、落ち込んだ表情を作った。
「入学式の件ですわね……」
「……っ!」
驚いた顔をしたところを見ると、どうやら私が反省しているとは少しも考えてなかったようだ。
(つーか情報通ってキャラだよな? 私が制服買い直した話はもちろん知ってるんでしょうね!?)
「お恥ずかしい話です。私の事はご存知でしょう? 貧乏伯爵家の娘が急に公爵令嬢になど分不相応な立場になって……皆様にヒソヒソと噂をされて……つい八つ当たりをしてしまったのです」
ベイルはこちらが話し終わるのをちゃんと待っているようだった。どうやら王太子ほどポンコツではないようで安心する。
「あのあとすぐに謝罪をしました」
「……それは存じております」
(いや、知ってるんかーい!)
じゃあいったい何をしに? 謝罪だけじゃ足りないって難癖つけにきたの?
「単刀直入に申し上げます。嫌がるアイリス嬢を金のためだと言って娼館に誘い入れるようなことはやめていただきたい」
ベイルの顔が一気に厳しくなった。なんだこいつら、そろいもそろって。勘違いで勝手にキレるのやめてほしいんだけど。思考回路どうなっとんだ。
「そんなことはいたしません。全くの事実無根ですわ」
嫌がっているのは私で、金の為に娼館に入りたがっているのがアイリスだっつーの!
「……確かな情報筋からの話です!」
(情報の精査くらいしろー!)
眼鏡の奥から厳しい視線を向けられるが、たじろぎなどしない。だって本当に何もしていない。それどころか止めてる立場にいるのに! こっちの苦労も知らないで!
「ではその証拠をお見せください。証人でもかまいませんわ」
「そのようなことできません。私を信頼して情報を流してくれたのですから」
「では証拠もなく私を責め立てると?」
私公爵令嬢ですけど~一応まだ王太子の婚約者ですけど~! 明日にはどうなってるかわからないけどね! 宰相の息子と言えど、偉いのはこいつのパパでこいつじゃない。
しかし相手は少しも動揺を見せなかった。よっぽどその情報に自信があるんだろう。
「ハハ……強気なのはいいですが、実際証人を出されたら困るのは貴女だ」
(うわぁ~かっこつけてるな~~~)
顔がいいとそういうのも様になってるからすごい。
「全然困らないのでどうぞお連れになって?」
「……ハハ! 今なら黙っておいて差し上げます。ただしもう二度と彼女に近づかないと誓うんだ!」
ハハ! じゃねぇよ。
(なんか急に強気で来たぞ!? 何? 腹黒ってこういうこと? 裏で動くってこと?)
ついつい感心した顔になってしまった私を見て、ベイルは反省の色がないと苛立ったようだ。
「いい加減にしろ! 公爵家の噂話も暴いてやるからな!」
「どうぞどうぞ」
こいつのパパは知ってそうだけどな。公爵家の裏仕事。
「そうだ! アイリス嬢を連れてきましょう! そうすれば話が早いですね!」
「彼女が真実を話すわけがないだろう。君に脅されてるんだから」
(そうか~そうくるよなぁ……結論ありきだもんな~……)
じゃあどうしよう。
「というか、学用品の専門店の誰かでしょそれ」
そこでしかこの話はしていないし、流石のアイリスもその他の所でこの相談をしているとは考えにくい。ベイルの沈黙が答えだろう。
学園の人間が頻繁に行く店だし、店員に小金でもつかませているんだろうな。
「フン……認める気になりましたか」
「いや、あっちが娼館の仕事紹介してくれ! って言ってきただけだから」
「白々しい! なんて卑怯な! あの賢く美しい女性がそのようなこと望むはずがないだろう!」
(なに!? コイツはアイリスの何を知ってるっていうの!?)
今日初めて会ったんだよね? ね!? すでに随分惚れ込んでいそうな物言いなのが気になる。
「じゃあ証拠みせるわ」
「え?」
「あんたと違って私は証拠を出せるって言ってんの」
こういう奴は屁理屈こね回して自分の欲しい答えにしかたどり着かない。自分の目と耳で確認してもらおう。
私はその場ですぐに領の使用人に頼んで、来賓室にアイリスを呼び出した。彼は来賓室の大きなソファーの後ろにこっそり隠れている。ハッキリ言って怪しい男だ。
「ごめんなさいね。急にお呼び出しして」
「いえそんな……! 来賓室って初めて見ました。とっても豪華ですね」
「そうね。あまり人に聞かれたくない話だからここにしたわ……」
アイリスは嬉しそうに声を上げた。
「では先ほどお願いした娼館へご紹介いただけるのですか! 私頑張ります! ガルシア様の恥にならないように!」
(はい。いただきました!)
思いのほかあっさり話してくれたが、私が言わせてると思われると嫌なので、念のため会話を続ける。
「いいえ。それをやめるよう説得するために呼んだのよ」
「なぜですか!? 私にはお金が必要なのです。彼の……彼の母親の為に!」
アイリスは必至だ。だが本当に彼女は彼の話が本当だと思っているのだろうか。
「アイリス様、よく考えてください。本当に愛している相手に……大切にしたいと思う相手に、なにかと危険の伴う娼館に行けなどというと思いますか? それより怪我をしても働ける方法を探すと思いますよ。私もそれなら力になれます」
「でも……でも……彼がせっかく頼ってくれて……役に立てないと他の人の所に行っちゃう……!」
(うわぁ~……思ったよりしっかりその男にハマってるな……)
「一緒に考えましょう……今貴女になにができるか……私が何なら力になれるか」
さめざめと泣く彼女を慰めながら部屋を出る。これで証拠としては十分だろう。
来賓室に戻るとすでにベイルはいなかった。納得して……現実を見て帰ったようだ。
「エミリア様、ベイル様からこのようなメモが……」
エリザから渡されたメモには涙の跡が残っていた。
『申し訳ございませんでした』
面倒くさい男だったが、彼の心情を想像すると多少の同情がわいてしまう。
「悪役令嬢に罪悪感抱かせないでよ~~!」