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3日目の魔女

"呪い"と"魔女"について。

 ゴーン。と、正午を告げる鐘の音が鳴り響く。

 

 小さな庭の東屋で重なった二つの影。時計台の屋根の上から全てを見ていた少女は、安堵の息を吐き出した。


 "呪い"にかかった証でもある花の蕾が彼女の手の甲できちんと咲き誇り、その花がまるで絵本から抜け出した絵の様に彼女の手の甲から抜け出して、ふよふよと少女の目の前まで来てポン、という軽い破裂音の後に咲いた花そのままの姿で結晶となった。

 それを手に取った少女はもう一度、深く深く、息を吐き出す。


「あぁ、よかった……」

「本当によかったね、オリビア」


 "オリビア"と呼ばれた少女の肩に手が置かれる。

 見上げたそこには、オリビアと同じ黒髪黒目の女性が居た。


「ロッティナ、来てたの?」

「そりゃあ、来るわよ。心配だもの」


 "ロッティナ"と呼ばれた女性はオリビアが先程まで見ていた東屋の方に視線をやった後、オリビアの手の中にある花の結晶を見る。


「成功してよかったわね」

「うん」


 ロッティナの言葉に頷いたオリビアが手の中にあった結晶を握り締めた。

 パキッ、と小さな音がして粉々に割れた結晶を風が浚って行く。


「これで暫くは平和でしょうし、私達はまたちっちゃな"呪い"をちまちまと()()()いく仕事になるのね」

「私はそっちの方が好きだよ。余裕もって出来るし、精神的にも優しいし」

「あー、まぁ、今回のは特に期限が短かったもんね」

「うん。3日だよ? 3日! 見つけた時、これは無理かもしれないって思ったもん」


 疲れた、とため息を吐き出すオリビアの背をロッティナが労いを込めて叩いた。


 "呪い"のその本質を、この世界に生きる殆どの者が知らない。

 それは、"魔女"のみが知っているこの世界の真理であった。


 多くの魔力を持つ者は黒色をその身に宿す。

 オリビアやロッティナを始めとする"魔女"と呼ばれる者達の殆どが黒髪黒目である。

 だがしかし、別に黒髪黒目が珍しいという訳ではない。

 魔力が多い者の中でも、ほんの一握りの者達だけが"魔女"となれるのだ。

 そして、その資格がある者にだけ、この世界の神は真理を見せた。


 その昔。まだ神も人も獣も、その境目が曖昧で、多くの力を持った者達が闊歩していた時代に、他のどんな者よりも強大な力を持った者が居た。

 その者は己の力に溺れ、他者を廃し、支配し、簡単に命を奪った。

 多くの者が彼に反発し、対抗し、消えていった。

 そうして積み重ねられた屍の上に鎮座した彼を、残された者達は恐れ、敬い、あまねく者達の"王"としてその前にひれ伏した。"魔王"の誕生である。


 その後世界には神と動物と人間と魔族がそれぞれの場所で別れて暮らす様になった。

 神は空。動物は森や海。人間は平原。魔族は地下。

 暫くはそれで上手く行っていた。

 けれどある時、魔族が人間を襲い彼等が住む平原を侵略し始めたのだ。

 当然、人間は抵抗したが、体力も筋力も魔力の量も何もかもが魔族より劣っていた人間に勝ち目は無かった。

 あわや人間が滅びる、という段になって漸く、神と動物達が動いて魔族はその長たる"魔王"を失い、地下へと帰って行った。

 地下から地上への入口は神により閉ざされ、動物達がそこを見張る事となった。

 しかし、地上で死した魔族の魂は地下へは還らず平原を彷徨い、時々人間として産まれ落ちるようになった。"魔王"もまたそうであった。

 そして、魔族、あるいは"魔王"の魂を持って産まれた者達には大なり小なりの"災い"が降り注いだ。

 毎朝棚の角に小指をぶつける、全ての人から存在を忘れられる、近親者が死ぬという小さいものから大きなものまで、一生の間に何度も何度も。もしくは、一生に一度心を壊してしまう程の何かが。

 その"災い"に耐えきれなくなった者はその体の主導権を、もはや魂の記憶に過ぎない魔族に渡してしまうのだ。

 そして平原の民である人間と争う。

 度重なる人間同士の争いはこうして起こった。

 

 だから神は人間の中で魔力の量が多く、その中でも特に素質がある者達を"管理者"とする事にした。

 それが人々が"魔女"と呼ぶ者達である。

 今はまだ前列はないが、もしも"魔王"の魂を持って産まれた者がその体を渡してしまったら、人間の世界は今度こそ滅びるだろう。

 それは何としてでも阻止しなければならなかったのだ。


 "災い"を解く為には対象の人間が一定の条件を満たさなければならなかった。

 だから魔女達は"災い"をあたかも自分たちが気紛れにかけた"呪い"であるかの様に振る舞い、それを解く条件を残した。

 条件が満たされれば、手の甲につけた印に、残っていた魔族の記憶が集められ、花を咲かして魔女達の元へと戻ってくる。

 開花したそれを結晶にして砕く事で、少しずつ、少しずつ、魂に刻まれた魔族だった頃の記憶を消していくのだ。

 そうして長い年月をかけてこの平原から魔族の記憶を有する魂は減っていった。

 

 だがしかし、全てがそう上手くいく訳でもなかった。

 "魔王"の魂を持つ者に至ってだけは、降り注ぐ"災い"がその者の一番大切な人へと襲いかかるようになっていたのだ。

 しかも、必ずその者の命に関わる大きな"災い"が起こる。

 約五十年の周期で産まれる"魔王"の魂を持つ者に対して魔女達は常に目を光らせていた。


 そして今回の"魔王"の魂を持つ者がフィードであり、彼の一番大切な人がリーリアだった。


 "災い"を解く条件と起こるタイミングを魔女達は感知する事が出来る。

 だいたい一年前から、短くても1ヶ月前には分かるそれが、今回は僅か3日前に分かり、魔女たちは騒然とした。

 とにかく一番近くにいたオリビアがリーリアに接触して条件を提示したはいいが、そこからが気が気ではなかった。


 運命の3日目、正午の鐘が鳴り始めたその瞬間、オリビアは世界の平和に別れを告げた程である。

 だがしかし、ギリギリのところで事態は好転し、条件は満たされ"災い"は解かれた。


 取り敢えず、全力で二人を祝福し、全霊で神に感謝を捧げてからオリビアはロッティナと共に次なる"災い"を解きに向かったのだった。

これにて完結です。

お読み頂きありがとうございました!

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