葬儀部と臨時葬儀部
北海道で迎える2度目の春。
4月下旬の北海道は朝晩はぐんと冷え込むが、日中は暖かい日も多い。
日向ぼっこをする時間が増えたからかピースもここしばらく機嫌が良いように感じる。
ゆきにとっては蓮香斎場での勤務も2年目。
まだまだ学ぶべき事は山積みだが、仕事自体には大分慣れてきたように思う。
午前中に予定していた業務も順調に終わり、少し早めの昼食を取る為食堂へ行く事にした。
食事は割と1人でする事が多いが、この日一緒に葬儀を担当する事になった千秋主任と2人で向かう。
午前中病院から連絡が入り、昼食後すぐに千秋とご遺族のお宅へ伺う事になったからである。
実を言うと入社してすぐの頃は 千秋主任は少し怖い人の様に感じていた。
ところが実際に話してみるとなかなか面白い人で、サバサバした性格もとても好きだ。
主任はバツイチで、中学生のひとり息子・広大くんがいる。
打ち合わせを兼ねて夕食を取る事になったタイミングで広大くんと数回会った事があるのだが、名前の通り大らかで気遣いの出来る優しい子だ。
普通ならそろそろ母親と出掛けるのを嫌がる年頃だと思うのだけれど、千秋の話を聞く限りでは休みの日に仲良く出掛ける事も多いらしくその点もなんだか可愛らしい。
高校卒業後に蓮香斎場に就職した千秋はもともとは事務員として入社した。
思った事をすぐに口に出してしまう性格から、当時の葬儀部部長にも形式に囚われない新しいアイデアをどんどん発していたそうだ。
保守派の部長と形式や慣例に左右されない事務員。
何度もぶつかる内に部長の「じゃあ、自分でやってみろ」という一言で部署異動となった。
当時の葬儀部部長、その人こそが 現副社長なのだからなかなかの強心臓だと思う。
千秋の革新的なプランは多くの顧客から支持され、副社長もそれを手放しで喜んだという。
現在も千秋の良き理解者でありブレーキ役でもある。
千秋の仕事ぶりはパワフルで斬新。
当たり障り無い一般的なやり方に拘るのではなく、一人一人に合わせた最良のプランを提案する。
あまり変わった事はしたくないという人や合わない相手には全く合わないという短所を自分でも理解しているからか、クレームになる前に他の社員に仕事を任せる所も潔くて信用がおける。
顧客、つまり故人やご遺族が古くからのしきたりや見栄えに拘る地域の有力者達の場合は、その分野のスペシャリスト橋下の横でそっと大人しく経費の節約に没頭する。
「いかに高そうな葬儀に見せるか」 にモードを切り替えるそうだ。
今ではようやくゆきが手伝える仕事も少しずつではあるが増えてきた。
千秋の補佐を担当するとオプションの”お別れビデオ”は大抵ゆき が作ることになる。
「私の性格、細かい作業に不向きなんだよね」
そう居直る様も 清々しい。
細かい事に不向きだとは言いつつも、千秋 は仕上がった”お別れビデオ”を何度も何度も 丁寧にチェックする。
そして、何も説明をしなくても 製作する上でゆきが拘った部分や 伝えたかった事を汲み取ってくれるのだ。
そしてその想いをご遺族にもわかりやすくそっと伝えてくれる。
人として尊敬出来る先輩達に囲まれて仕事が出来るこの環境に感謝する。
そろそろ食べ終えるという所で、事務局長の佐藤里奈がやって来た。
この2人はもともと事務所勤務時代の同期らしく仲が良い。
「千秋、さっき新人くんが青い顔して事務所に来たけど」
「あぁ、やっぱりダメか…今日はもう無理そう?」
「今日は無理。てか、向いてないね。普通の葬儀担当になった方がいいと思う」
今年の新入社員 成田淳一の話題だ。
おそらく彼は早速、臨時葬儀部の洗礼を受けたのだろう。
蓮香斎場の営業部には、二つの顔がある。
橋下・坂元・佐藤千秋などが在籍する 葬儀部。
ゆきもここに在籍しているのだが、基本的には入院先や搬送先の病院から連絡を受け 葬儀を執り行う諸々を仕切るのが仕事だ。
もう一つが臨時葬儀部。
主に警察からの連絡を受けて出動する。
事故や事件など あまり表には出せない状況で身元引受人のいない方。
葬儀部の担当者のように措置の済んだ病院にお迎えに行くのではなく、現場へのお迎えから始まる。
臨時葬儀部は文字通り臨時に設けられるのだが、所謂"ワケあり案件"を扱う部署となる為、常日頃から頻繁に仕事があるというものではない。
それにより、契約上 臨時葬儀部は 蓮香斎場と江別斎場 両方に在籍する形をとっている。
ベテランの山口以外はいつもすぐに辞めてしまい入れ替わりが激しいのが特徴だ。
新入社員の中でダブルワークを希望していたり公休を多く望む者がここに配属される事になる。
成田淳一はゆくゆくダブルワークをしたいと考えていたようで、本人から臨時葬儀部への配属を希望した。
勤務日数が少ないとは言えこの部署仕事はなかなかハードだ。
一般的な病死でない場合、ご遺体の損傷が激しい。
その状態を自分の目で見て、そしてそのご遺体に触れて式場まで運ぶという作業は想像するだけで辛いものがある。
「一度山口さんとここでお昼の時間が一緒になった事があるんですよ」その時の事を思い出してつい口を開いてしまった。
「あの人デリカシー無いから酷い話してたでしょ」とすかさず里奈が言う。
実際その通りだった。
あの時の山口は、食事の前に引き取りに行ったというその遺体の状態をつらつらと話し出したのだ。
首がどうとか足がどうとか、運ぶ時に気をつけないと取れてしまう部位があるとか、間違っても食事の場所で話す事では無かった。
しかも最後に「この後しばらく肉食えないかと思ったけど、特にハンバーグとか。でも俺は大丈夫だったわ…うまいもんはうまいよね」と言い残して立ち去った。
残されたのはこの日の定食メニューだったハンバーグの出来上がりを待つゆき1人。
「うわぁ、最悪。そこで残されて1人で食べるの辛すぎるわ」千秋が同情する。
「あれじゃあ部下のケアも出来るわけないわ」と呆れている千秋に里奈も賛同した。
千秋の話では、成田は入社後数回出動の機会があったようなのだが毎回出動後に具合が悪くなってしまうらしい。
彼には臨時葬儀部での勤務は向いていないのではないだろうか。
(自分の後輩になるのも時間の問題かな…)
そんな事を考えている内に出発の時間になった。
「そういえば…」
故人宅へ向かう車中で千秋が言う。
「最近、林さん、江別斎場の杉山くんと親しいの?」
思わぬ質問に驚いて飲み物を吹き出しそうになってしまった。
「親しいというか…森さんも交えてごく稀に同期の3人で飲みにいく事があるって程度ですかね」
急に何故こんな質問が飛んできたのか不思議に思いつつ、千秋の返しを待つ。
千秋の話によると、どうやら里奈は仕事の休み時間を利用して杉山 のファンサイトを作成しているらしい。
「もしかして…杉山さんと仲良くする人を良く思わないとか、そういう事ですかね」
ドキドキしながらそう問いかけるもあっさりと否定された。
「あ、そういうのは全くない。まぁ皆いい大人だからね。なんか、頼みたい写真があるって言ってた」
「写真ですか?」
「今度こっそり、酔っ払ってる写真か寝顔なんかを撮ってきて欲しいみたいよ」
「それなら出来るかもしれません。杉山くん、お酒弱いみたいですぐ寝ちゃうんですよ。大抵いつも最後は私と森さんの2人で話してますから」
「それなら話が早い。急がないからその内宜しくね」
そう約束してこの話は終わった。
この前ちょうど、来週の休みにでも3人で花見がてら飲みに行こうと話をしていた所だ。
予め杉山に許可を取った方が良いか黙っておくかはみどりと相談してみよう。




