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箱庭の嘲笑  作者: 琉宇
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「ハロー心ない人」

 いつもの調子で挨拶をしてきた森野。しかしクソ女はただ微笑むだけで、それに返しはしなかった。その態度にいらついたのか、森野は顔を歪ませ舌打ちをした。

 傍から見たら、ただ喧嘩中のカップルにしか見えない、こともない。実際にそうだったらどんなにいいことか。

「放課後、裏山に来てね」

 言い終わると同時に去って行く。

 とうとう、この時が来てしまった。私は、どんな気持ちで臨めばいいのだろうか。

「っひぃ」

 喉から怯みきった声が出た。血管が縮みあがる。身体ががたがたと震えだす。

 なんて、なんて女だ。かっぴらいて爛々と輝かせている瞳。口は裂けてしまうのではないかと思うくらい、伸びている。わかりやすく言うのなら獲物を狙っているときの獣。しかし、それだけで表現できるほど優しい顔はしていない。この視線がこちらを向いていたのなら、私は気絶していた。それほどまでに、恐怖を煽る顔だ。

 どんな気持ちで臨むも何もない。用意されているのは恐怖だけだ。


「来てくれて、ありがとう」

 鬱蒼とした木々が立ち込める裏山には似合わない森野の明るさ。

「それで? 何の用?」

 一方、殺人鬼はこの森によく馴染んでいた。まるでここが自分の庭であるかのような雰囲気さえ感じる。

「こないだは、どうもありがとう」

「どういたしまして」

「だからさ、お礼をあげようと思って」

「お礼?」

「おいで、チャッピー」

 その声に反応して、森野の後ろの草むらが動いた。そしてゆっくりと草が押し倒され、姿を現すチャッピー。それは森野の背丈ほどの大きさがあり、身体全体はピンク色のどろどろとしたスライムのようなもので覆われていた。森野のペットであると同時に、人食い化け物――所謂丸呑みの要素として出てくる化け物だ。

「よくも吐かせてくれたな。ふざけやがって! お礼に、チャッピーの餌にしてやるよ! やれ、チャッピー」

 威勢よく言い放たれた言葉とは裏腹に、チャッピーは一歩も動かない。それに対して森野は、怒鳴り声を上げて命令を繰り返す。しかし、やはり微動だにしなかった。いや、動いてはいる。どろどろとした何かが小さく震えている。

「ああっ、なんて素敵な生き物なの!」

 感極まったような声を出しながらチャッピーに近づいていくクソ女。

 そしてそのどろどろとした身体にナイフを突き刺す。ナイフがめり込んだ先からは湯気が出始め、化け物は地を這うような呻き声を上げた。

「このっ、何すんだよ!」

 森野がキチ女に向かって片手を振りかざした。キチ女の髪が揺れていると、思ったら自分の身体も揺れていた。というか、吹っ飛ばされて木に激突した。

 痛い。背中に走る鈍痛に、身体を丸まった。しかし痛いには痛いのだが、キチ女に嬲られているときよりは増しと思ってしまう。私の頭もそうとうイカレている。

 ついでに言うと、痛みの衝撃でチャッピーと同じような声を出してしまった。狂っている上に化け物じみた声をしているなんて、もう人間として終わっているのではないか。地味に落ち込む。

 そんな私とは対照的にクソ女は涼しい顔をして、森野に回し蹴りをくらわせる。森野の身体はびっくりするほど簡単に宙を行き、木に叩き付けられていた。

「びっくりしたわ。よく飛ぶのねえ。流石妖精さん」

「お前っ、やっぱりハンターか! しかも加護持ちとはね。すっかり騙されたよ!」

 苦しそうに喘ぎながらも、大声を上げる森野。

 木にぶつかったとき、私以上の痛々しい音と声が聞こえた。おそらく、さっき私が感じた痛みの比ではないだろう。骨が何本か折れているのではないか。

 ゲームではあまりヒロインの血の設定が力面では発揮されていなかったから、正直ここまでだとは思わなかった。質量あるものがあんなにも軽々と、一人の人間によって飛ばされるなんて。確かにゲームでの攻略対象たちは加護持ち――ヒロインのように血が化け物退治に特化したもののことを恐れていた。それは、こういうことだったのか。

「あら、騙されていたのね。てっきり、最初の猜疑心を持ったままだと思っていたのだけれども」

「このっ、ゲス女ぁ!」

 嘲笑うキチ女に、私の思いを代弁したかのような言葉を吠える森野。

 そしてボコボコとした奇妙な音が聞こえてきた。

 何の音だと思っている間に、クソ女の立っているところの土が盛り上がった。クソ女はすぐにその場から後退する。だが塔のように突き出た土が、逃げ出た獲物に狙いをつけていた。

「潰れちゃえっ」

 土に呑み込まれてクソ女が見えなくなった。そう、呑み込まれたのだ。押し潰されたのではない。ということは――

「はぁ、土まみれ。どうしてくれるの?」

 やっぱりピンピンとして立っている。

 森野は驚愕としていた。もうこれは、森野の完敗だ。森野の負けは最初から予想していたことだ。しかし何かしら痛手を負わすことができればいい、という期待も微かながらに持っていた。それは見事に裏切られたようだが。

 森野に近づいていくキチ女。森野はそれから逃げるように立ち上がり、いきなりいなくなった。

 いや、違う。よく目を凝らせば、小さくなった森野が見える。身近で言えば、携帯くらいの大きさになり、その背には昆虫の翅のようなものを生やして飛んでいた。まさに妖精だ。しかし妖精が制服を着て飛んでいるというのが、何ともファンタジー感を壊す。

 クソ女の表情は見えなかったが、わずかに笑い声が聞こえた。

 そしてあらかじめ肩にかけていた鞄から何かを取り出した。

 何か、あれは、クロスボウだ。弓の真ん中に長い棒のようなものを付け足して、そこを持ち手兼引き金にするやつだ。

「ぎゃあぁっ」

 流れるような動作で矢は発射され、虫の潰れた音が聞こえた。

 矢は羽虫の身体を貫通してしまっていた。すかさず、狩人が近づいていく。

「ああっ、ああ! すごいわぁ。どうやって小さくなったの? どうやって翅を生やしたの? ねえ、ねえ!」

「いぎぃ、ああ゛ぁあ!」

 矢を抜いて、ついでと言わんばかりに森野の翅も引き千切った。ぶちっと嫌な音が聞こえた。

 まだ、まだ耐えられる。怖いし、気持ち悪いが、私も同じようなことをされたと思えばまだ平気だ。

「このまま開きたいけど…試したいことがあるからダメね」

 開きたいってどういう意味だ。まさかとは思うけど解剖とかそういう意味か。さっきからこのサイコ女、発言がマッドサイエンティストのようで恐ろしい。

「ほら、お口開けて」

 森野を鷲掴みにした手をチャッピーの口に近づけて、優しげに語りかける。しかしチャッピーは口を開こうとしなかった。

 当たり前だ。チャッピーはああ見えて、心がある。主人である森野のことが好きなのだ。ゲームでも二人が戯れる姿がイラスト付きで描かれている。正直、その絵はいらなかったと思うほどのやつをだ。

「仕方ないなあ。ほら、あーん」

 クソ女は足と手を使って、チャッピーの口を無理やり抉じ開けた。生々しいほどに潤っている中に、森野を放り投げる。森野はようやく事態を察したのか、元の大きさに戻ったが、後の祭り。森野はもう見えなくなってしまった。抉じ開けられた口は、今度はぴったりと押さえつけられてしまったのだ。

 ぼこりとチャッピーの身体が一瞬膨らむ。しかし何事もなかったかのようにその膨らみは萎んでしまった。

 ピンク色の化け物は、獣のような声で叫んだ。まるで泣いているようだった。



 翔を怪物の胃の中へと落としてから、数分も経たないうちに少女はため息を吐いた。

「ねえ、叫び声とか聞こえないの?」

「チャッピーの体内は、色んなもの全部吸収するように出来てるから聞こえないと思う。聞こえたとしても喘ぎ声だろうし」

「どういうこと?」

「呑み込まれた対象は意識が朦朧となって、気持ちよくさせられちゃう。それで少しずつ身体を溶かされて最後には何も残らないってこと」

「そういうことは早く言いなさいよ。余計なことしちゃったじゃない」

「いやだって、何が目的かわからなかったし」

「あなたはいつだって価値を問われているのよ。忘れていたの?」

「わ、忘れてないけど。私はあんたのことひとっつもわかんないんだから、言ってくれないと」

「わたしが獲物を気持ちよくさせて殺すような殺人鬼に見えるの?」

「次は気を付けるから」

「次があるのかしら」

 面倒くさそうに顔をしかめていた由香の表情が凍る。しかし少女はその変化を気にかけることはせずに、ナイフを呻く物体へと突き刺した。そして一気に引き裂く。

 花の蜜のような甘い匂いがあふれ出てくる。その匂いを一身に纏っている翔の身体は、どこもかしこも溶け始めていた。筋肉の赤みが見え隠れするところもあれば、淡白な白さが目立つ部分も見える。

「何その顔」

 一番目につくのは、翔の恍惚とした顔だった。

 少女は予想はしていたが、自分の目に直接入るということに尚更怒りが増した。その怒りをどう発散させようか。

 少女の足は翔の急所を踏み潰した。

 翔の甘い声が響く。

「なにこれ」

 増した怒りに空気が騒めく。

「えっと多分だけど、森野が死ぬまで全ての衝撃を快楽に変えるっていうの? それ、続くと思う」

「この怪物は死んでいるのに?」

 由香は小さく頷いた。

 チャッピーという生物は中からの攻撃には強いが、外からの攻撃には弱かった。弱いといってもただの銃で撃ったり、ナイフで傷つけたりしても死に至ることはない。しかし少女からの攻撃は有効だったのだ。

 そしてこの怪物の体液は採取すれば強力な媚薬となり、その効果を消すためには解毒薬が必要になる。その上、ゲームの中ではヒロインが丸呑みされたあと吐き出され、その体液をたっぷりと浴びた状態で何時間も弄ばれるという話があった。そのことを考えれば、翔の快楽はどんな痛みを与えても続くだろうと由香は考えたのだ。

「まあ、いいわ。まだ楽しみはあるもの」

 翔の苦痛に歪み死の予感に絶望する顔が見られないのは、今までにないくらい残念だ。しかし過ぎ去ったものを気にしても仕方がない。少女に常にあるのは、自分にとって悦楽に満ちた世界をつくることだ。

 その世界をつくるために、少女は翔の身体に手をかけた。

 ぐずぐずに柔らかくなっている胸の中心を両の手で開いた。思った以上に簡単に開いた肉の下の白い防護。それも一本ずつ丁寧に取り外していく。流石に手だけで取ることは難しく、ナイフを鈍器代わりにして何とか折っていった。そうしてやっと見えた、蠢く赤い塊たち。一つずつ形や大きさを確かめるようにして手のひらに乗せては捨てていく。

 肉を裂く音が骨を折る音が少女の笑い声が翔の喘ぎ声が、絶えず聞こえそれはまるで何かの曲のようだった。曲の演奏家は、翔の奏でる音が完全に止むと同じくしてぴたりと止まった。

「ふうん。人間と変わらないのね」

 今まで手に取ってきた臓器たちと妖精の臓器がどう違うのかを確かめていた。少女は医者ではない。だから見た目などから判断するしかない。しかしこれといった変化が見られなく、ひどくがっかりとした。楽しみがまた奪われたような気がしたのだ。

 翔を解体しているときは嬉々としていたが、これでは割に合わない。いや、今回は急ぎ過ぎたのだ。この短期間で無理矢理に進めたのだから、こんな惨めな結果になるのも仕方がない。やはり、長考は必須だと改めて胸に刻んだ。

 そこで少女はふと疑問を感じ、首を傾げた。長考が必須なんて何度も学んできた。だというのに今更それを思うなんて何かおかしい。そもそも自分は何故こんなにも早計な運びをしてしまったのか。

 しかしいくら考えても答えには辿り着けなかった。

 とりあえず、この場を片付けなければいけない。そう思い立ち上がった少女は、大木の元で固まっている由香を見つけた。

――ああ、口直しには最適だ。

 少女は驚くほど軽くなった翔を抱え、由香に近づく。

「あらあら、意外にも丈夫ね。それとも現実味が湧かないのかしら。ほら、これがさっきまで可愛らしく飛んでいた妖精さんよ」

 由香の膝の上にどろっとしたものが落とされた。

 鼻につく臭い、皮膚に伝わる生暖かいぶよぶよとした塊。

 由香は胃から押し寄せてくるものをその塊へとぶちまけた。

「えげつないことするわね。ちゃんと謝らないとだめよ? お顔を見て?」

 ぐちゃぐちゃの顔に反転した瞳。

 由香の非現実は壊され、現実に引きずり出される。

 その瞬間、由香の瞳も反転し意識は閉ざされた。

「ふふふ、あははっ。やっぱりこうでなくてはだめ」

 いい具合に口直しができた少女は上機嫌だった。

「ねえ、わたしのショーはどうだった?」

 ずっと感じていた視線の元に話しかける。しかし、返事はおろか物音一つ返ってこない。

 少女は少し寂しくなった。返事くらいしてくれてもいいではないか。それとも仲間を殺されて憤慨しているのか。まさか、あの男がそんなことを考えているはずはない。あれは自分と似ているのだから。

「いつかあなたをこの場に招待できることを楽しみにしているわ」

 少女の高らかな笑い声は止むことを知らなかった。



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