第71話 春休みのお出かけ(1)
待ち合わせは、小田急の駅の改札前だった。
くるみの最寄駅であること、つばめが彼女の家にお泊まりしたこと、そして鎌倉方面にいくには小田急線に乗るのが手っ取り早いからだ。
駅のなかに入ってすぐのところで、改札の横で人目を惹く二輪の花を見つける。
「お待たせしました」
「あ、碧だ。おっはよー。私たちも今来たところ!」
「おはよう碧くん」
声をかけながら手を挙げると、美少女二人がこちらに気づいて小さく手を振り返した。
駅をゆく通行人がみな、彼女たちに振り向いている。事実、ふたりはまるでそこだけひと足さきに初夏が来たみたいに眩い姿をしていた。
つばめはやはり、モデルをやっているだけあって自分に似合う格好をあつらえるのが抜群に上手いらしい。春の綿雲のように真っ白なワイドジーンズとシャツに、淡いラベンダーカラーのだぼっとしたツイルオーバージャケットを重ねている。
大きな服で小柄さを強調しつつボーイッシュになるようまとめてあり、甘さ控えめなところが彼女らしい。
一方で今日のくるみは、いつもと違って春満開といった風情だった。
白の上品なカットソーに、春の空を切り取ったような淡いパステルブルーのロングスカート。そこに爽やかなミントグリーンのシフォンシアーカーディガンを羽織っており、ホワイトスニーカーで甘さと動きやすさの調和を果たしていた。
光を透かせる妖精の羽根のような出立ちは、清らかさのなかにほんのりと色っぽさを香らせていた。白革のポシェットを肩にかけ、フリルのあしらった日傘を畳んで両手で持っているので、それだけで雑誌のお出かけ特集にできてしまいそうである。
大抵の服は着こなすくるみであるが、今日のスタイルは季節が一つ移ろっただけあって目新しい。
「くるみんその日傘可愛い。ロサブランのだよね? 見たことないデザインだけど」
「うん。けど何年も前に買って長く使ってるから、もしかしたら今はもうないのかも」
「そっかあ。私も夏に向けて日傘欲しいと思ってたんだー。くるみんみたいな綺麗な透き通ったお肌になりたくてさ。私も色白になりたいよー」
「ふふ……なら、早めに買った方がいいかもね。夏前はすぐに売り切れちゃうし、季節に関係なくいつでも日差しはよけるに越したことないから」
女子力の高い会話を交わしつつ、くるみが上品に喉を鳴らす。その拍子に頭の後ろで編み込みを留める細いリボンと一緒に、腰まで届く亜麻色のロングヘアがさらさらと揺れた。
「くるみさん、今日もヘアアレンジしてきてるんですね」
去年までは何もせず下ろしているだけのことが多かったが、最近はよく編んだり結えたり捻ったりといった工夫をよく見る。女の子のお洒落は細かいところまで抜かりがないようだ。
真っ白な鎖骨の下にはホワイトデーのネックレスが光っていた。仲のいい女の子が贈ったものを身につけている様は、見てると熱い気持ちが湧き上がる。
くるみはほんのり照れを滲ませながら、はにかむように目尻を下げて言った。
「碧くんがインスタントカメラくれたでしょ? それで写真をいっぱい取るつもりだし、せっかくなら可愛く思い出に残りたいなって。……可笑しかった?」
いじらしい理由に、思わず笑った。
「いや、可愛いよ。似合ってる」
くるみに対する可愛いと言う感想だけは、素直な気持ちがまるで缶を振ってころんとドロップが転がり出るみたいに容易く零れ落ちるのは何故だろう。世辞でも情緒でもなく、誰が見ても頷ける事実だからだろうか。
くるみははっとしてから照れくさったように口許を結ぶ。
「もう……こういうとき、やっぱり君は外国育ちなんだなって思い知らされる」
「別に外国育ちとはいえ思ってること言ってるだけで、嘘言ってるわけじゃないからね」
「それを知ってるからこそ、よろしくないんです。ばか」
照れ隠しだと分かりきった罵倒が出た。ほのかに頬に桜色を宿しながら、くるみは日傘をぎゅっと抱きしめて、悩ましげに視線を彷徨わせる。
その可愛らしさに早速たじろいでいると、ふとつばめの存在を思い出した。横を見ると一瞬目があったが、生温かくにっこりと笑った末に、私は空気ですと言わんばかりにスマホを弄りだす。どうやら気を遣わせてしまったらしい。
ばつが悪くなっていると湊斗が来た。
「お待たせ。ごめんごめん、長旅になりそうだからさ、先に電子マネーにお金入れてきてた。……あれ、どうしたの?」
どことなくむず痒い空気にあてられて湊斗が首を傾げるが説明のしようがないため、さあ全員集まったし出発しよう、と下手くそな音頭をとり、改札を通る。
そうして果たして、高校一年終わりの春休みのお出かけは始まったのだった。
お出かけ編が始まりました!
第二章はけっこう前に折り返し地点を過ぎています。佳境が近くなったらまたお知らせします。
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