第33話 妖精さんへの贈り物は(1)
冬休みも目の前という土曜日、湊斗が家にやって来た。
おすすめのドラマを三話通して見終えた後、湊斗がソファで苦言を呈す。
「ていうか腹へった。もう昼過ぎじゃん」
「待ってて。昨日の残り物でもいいなら持ってくる。本当はあげたくないけど」
「何か本音洩れてますけど? あ、俺もちょっとレンジ借りていい?」
「いいけど何か温めるの?」
「親父が碧んとこ行くならお土産にこれ持っていけーって。うちの看板メニューのビールチキンだ。賄いにもよく出される」
「いいじゃんビール。懐かしいな」
「高校生でその台詞言って合法なのお前くらいだよな」
雑談を交わしながら湊斗とキッチンに行き、そして次の言葉にぎくっとした。
「あれ、お前ん家ってこんなに調味料揃ってたっけ?」
「……あー」
湊斗の目線の先には、くるみによって清潔なキャニスターに移し替えられ、ラベルが貼られた調味料。
「塩と砂糖はまだ分かる。けどオリーブオイルとか料理酒とかこのお手製っぽい塩レモンの瓶詰めとか……まさか自炊にハマりだしたとか?」
まあどちらにせよ、これを見せれば必ず尋問されたことだ。
そう思いながら琺瑯に詰められた、作り置きの鶏の照り焼きを取り出し、渋々二人分を小皿に取り分けた。
「え、何それめっちゃ美味そうなんだけど」
「美味しそうだよね。あげないけど」
「自画自賛かよ。いや、この場合は他人行儀か? けど、そんな美味そうなの碧がつくれるはずないもんな……母親か?」
「……まあ、そんなとこ?」
レンジにかけながら言葉尻を濁すと、すぐにらんらんと瞳を輝かせながら温め中の様子を覗き込んでいる。
母親と呼ぶにはあまりに若すぎることこの上ないけど、くるみはかなり世話焼きというかちょっと小言っぽいというか、とにかく面倒見がいいので、そういう意味では間違っていない。
「俺のビールチキンとその鶏の照り焼き、丸ごとチェンジしない? あ、コロッケパン買ってきたからそっちでも可とする」
「あげないってば。これは僕のだ」
レンジを開けたのを見計らって湊斗が箸を奪おうとしてくるので、碧は手を払いつつさっと皿を遠ざける。
「えぇ! いいだろひとくちくらい。碧の母親そんなに料理上手いの?」
「コロッケパン百個と交換してって言われてもあげたくないくらいには」
「購買だとコロッケパン一個百円だから……。それ、照り焼きの価値は一万円ってことになるぞ?」
「支払いの受付はユーロのみになります」
「日本円以外持ってるわけないだろ!」
「両替してやるよ。一ユーロ三百円で」
「そのやばすぎるレート、外国で働くお前の父さんの心配を先にしてた方がいいと思うんだけどな?」
最近はなんだかんだ、くるみが家に来ることが多かったので、湊斗を家に呼ぶのは久しぶりだ。たまにはこんなわちゃわちゃと騒がしい休日も悪くない。
だが今日、彼を家に呼んだのは、いつもの仲良しこよしの延長線なんかじゃなかった。
彼に、くるみへのお礼を兼ねたクリスマスプレゼントの相談をするためだ。
世話になっている上に最近親睦を深めたこともあり、何か渡しておきたい。だが実は長年暮らしたドイツには贈り物の文化はあんまりない。したとしても親友の誕生日くらいなので、日本人の女の子が喜ぶ物の選び方がわからないのだった。
「——プレゼントって、何貰ったら嬉しいかな」
席についてからの、碧からの唐突な問いかけに、湊斗はしかめっ面で耳を傾けた。
「なんだよ。やぶからぼうに。母の日は半年後だぞ」
「そうじゃなくて、日頃お世話になっている人がいるからその人に贈り物をしたいんだ。いろんなものを貰いすぎているから、何かあげたいなってさ。クリスマスが近いからそれを口実に」
なんだかんだああいう酒の店で働くと、客の会話とかが聞こえてくることがよくあるらしい。なので、少なくとも碧よりは男女問わずいろんな世代の情報を持っているはずだ。
「あー。前回うち来た時にしたかった話ってそれか。……いたしかたなし。照り焼きひとくちで相談に乗って差し上げよう」
「えーこれだけはあげたくないなぁ……湊斗ビールチキンあるんでしょ?」
「等価交換は世の摂理なんだぞ、碧。ただで手にした情報が嘘だったところで、誰も責めることはできないというわけだ」
「缶コーヒー奢るでもだめ?」
「何が哀しくてカフェ店長の息子がコーヒーなんか奢られて喜ばなきゃならないんだよ」
しょうがないので、渋々涙を呑みながら、照り焼きをいけにえに捧げる。
湊斗は早速口に放り込んでは旨いと目を見開いた。やはりくるみの料理は人の心を掴む力があるようだ。
「やばいなこれ。美味すぎる。お前母ちゃんにカーネーションの花束渡した方いいぞ」
「だからあげたくなかったのに……」
「悪い悪い。お世話になっている人にお礼をしたい、だっけか? 親戚とか?」
「いや……血のつながりとかはないよ」
すると湊斗はにやりと口端を吊り上げた。
「へえ、碧にそういう人がいたとはね」
「湊斗が想像しているような愉快な関係じゃないからね」
碧が先制して否定しておくと、湊斗はようやく真面目に考えだしてくれた。
「どんなのって、そんなのまだわからないだろ、もうちょっと情報くれなきゃ」
さすがに、その辺は言わなければならないらしい。
碧は目を逸らしながら、渋々口を開いた。
「……同い年の女の子」
「…………へえ?」
だから言いたくなかったんだ。案の定含み笑いをする湊斗に、碧はこの関係をどう説明すべきかと迷いながらも説き伏せる。
「別に彼女でも友人でも幼馴染でもないから。ただ最近仲良くしてるだけで」
「今挙げたやつに世の中の大抵の関係は集約されてると思うけど。ならどんな関係だよ」
この複雑な間柄を一言で言い表すことは困難だ。
「その子が世情に疎いから、いろんなこと教えたいってだけ」
「じゃあ妹みたいなかんじなのかな?」
「同い年なんだけどどっちかというとこっちが子供扱いされるよ」
「分かった。その人がこの料理を差し入れでくれたんだろ。……もしかして大当たり?」
「……まあ」
鋭いなと思ったが、今の話の流れで結びつくのはある意味仕方ないのかもしれない。
「てことはこの調味料もか。俺がつまらん店番してる間に彼女出来たとか、やばいな。俺、碧は外国人とつきあうと思ってたんだが、予想はずれだ」
チキンをかじりながらすぐに親身になって考えてくれる。
「で、同い年だろ? ならメイク道具とか流行り物がいいんじゃないかな」
それらしい答えが返ってきたが、贈り先がくるみと考えるといまいちしっくり来ずに首をひねる。
「それが流行り物はあまり追ってなさそうなんだよね。持ち物も、良いものを長くっていうか、流行に左右されないものが多いというか」
うーんと呻きながらスマホに文字を打ち始める湊斗を、意外そうに見る碧。
「湊斗もわかんないの?」
「うちの店、あまり若い客来ないんだもん。あんな通学路からも外れたひっそりとした見知らぬ店に高校生が入ろうと思うか? 外の看板なんか、ビールとかワインの名前がずらずら書いてるんだぜ。つばめが冷やかしに来るくらいだわ」
確かにあの店は一見洒落た喫茶店だし、実際夕方まではカフェタイムなのだが、酒のメニューが日中も表においてあっては高校生はまず入らないだろう。
「つばめさん、湊斗の店に結構くるんだ。よく今まで僕と鉢合わせなかったよね」
「あいつ、平日は基本来ないから。土曜に来んの。けど碧は平日にしかこないだろ」
「なるほど、曜日か」
この図書室での一幕を思い出して碧が苦笑すると、湊斗は悔しそうに腕を組んだ。
「しかしなあ。こんなことなら、つばめにそれっぽく聞いときゃよかったな。つばめ自身も仕事柄なんだかんだ女子の好きそうなものには人一倍詳しいし、学年の大抵の女子と友達だから。たとえば楪さんとか、きっとセンスもいいだろうから同じ年の女の子が何欲しいかとか分かってそうだ」
「それは……」
贈り先予定の本人から聞いたらよくないでしょ、と言いそうになって慌てて口を噤んでから、碧は待てよと首を捻った。
「……いや、本人に聞いたらだめなんて誰が決めたんだよ。聞けばいいのか本人に」
「なんだ結局そうなるのか?」
何せ女子宛に贈り物などしたことがないのだ。下手なものを渡してセンスを疑われるくらいなら大先生自らご教示してもらったほうがいい。もちろん、欲しいものを馬鹿正直に訊いたら怪しまれるので、策は弄する。
話がひと段落したかと思えば、湊斗がまたにやにやしてきた。
「にしても碧に世話を焼く人ねえ。そのひとお前に気があるんじゃないか?」
「それだけはありえない。そもそも世話を焼く理由もよく分からないままだし」
碧にいろんなことを教えてもらう対価のため、と碧は捉えてて彼女もそれを肯定したが、くるみの尽くし具合は時にお釣りが来るほどに思えることがある。
それがどうにも不思議だった。
「さて。贈り物の答えも出たところだし、ドラマの続き再生する?」
このままいれば贈り先の正体まで暴かれそうな気がして碧がリモコンを持ち上げれば、湊斗が法廷ものみたいに鋭い待ったをかける。
「いやいやちょっと待てよ。相談に乗ったんだから、どんな人が相手かくらいは教えてくれたっていいんじゃないか?」
「んー……シマエナガとウサギとつんつんした猫を足して等分した人」
「それ人間なの?」
やや大きめの改稿いれました。




