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小さな箱庭のスノーホワイトは渡り鳥に恋をする  作者: 望々おもち
番外短編集② -side short story-
283/283

第283話 修学旅行〈後編〉(1)



 そうして迎えた二日目。


 すっきりとした晴天で始まったこの日は予定どおり、学年全員で、大本命であるユニバーサルスタジオ・ジャパンへやってきていた。


 言わずもがなここは関西——あるいは日本を代表する最大級の遊び場。説明するまでもなく、柏ヶ丘高生たちはいつにない高揚っぷりだ。


 時刻は開園してしばらくした午前九時半すぎ。まだ高くまで昇りきらず、鋭角に差しこむ朝陽の眩さについ、目を細めてしまう。まだゲートにも辿り着いていないのに、すでに街並みはまるで映画の国のよう。そんなシティウォークの街路を、ゆっくりいつまでも眺めたい気持ちと相反する期待に急かされて、引き寄せられるように早歩きしていく。


 勿論いつもの四人も、出遅れないようにと歩調を早めていた。


「まずあれに乗って……そのあとはショーを観て……」


 つばめはふせんがびっしりのガイドブックを、四宮金次郎のように歩き読みしていた。


 ちなみに、彼女の志望校判定がちょっと危ないことを知っている碧からは「そのふせんをもっと参考書にも分けてやったほうがいいんじゃ?」との余計なアドバイスが喉もとまで出掛かったが、水を差すだけなので苦笑だけで止めておいた。


 まあとにかくつばめが浮かれている事実は見てのとおりで、いつもならくるみが「ちゃんと前見ないと危ないからね?」と優しく注意するのだが、彼女もまたあちこちのニューヨーク風のカラフルな看板に釘づけで、つばめの行儀の悪さなど、ちっとも気づいていないようだった。


 こちらの腕にぴったりと寄りそってくる彼女の肩を、碧もまた優しく抱き寄せて歩く。


「ふふふ。碧くんにこにこしてる」


 ふと、つつーんとほっぺたを突かれる。


 振り返ったさきでは、こちらに人差し指を突き出した格好でいるくるみが。


 その表情を、碧はそのまま実況した。


「くるみもご機嫌でしかたないって風だよ?」


「だって、遊園地って来たことないから。もしかしてみんなはここ来たことあるの? それとも私と同じで初めて?」


「私も初めて!」


「俺は一回だけあるよ。結構昔だからあまり覚えてないけど」


「へー! どうだった?」


「それが身長制限をぎりぎりでクリアしたジェットコースターが、あまりにやばくて気を失いかけたことしか覚えてないんだよな……」


「そんなに怖いの!? ちょっと私怖気づいてきたよ!?」


 びびり散らかすつばめに、湊斗はぷっと噴き出した。


「碧はどうなんだ? こういうのには慣れてそうだけど」


 そう言われて、空を仰ぎながら記憶を辿ってみる。


「どうだろ。あんま遊園地には来たことなかったからな。ここじゃなくて、地中海を南のモロッコへ渡ろうとした時に、乗ってた船が嵐に見舞われてとんでもない揺れかたしたことならあるけど」


「なにそれ!?」


「あのへん岩礁が多いし、一度荒れるとやっかいなんだよ。頼みの綱の船長も大慌てで、あの時ほど遺書書くべきだったと思ったことはないなあ……」


 そう冗談交じりに言えば、女子ふたりは一転、血の気を失いながら二の腕をさすった。


「ひぇっ! がちのエピソードやめてよぉ」


「碧くん生きてて本当によかった……」


 もちろん、話はそこで終わりではない。


 びびらせたいわけじゃなくて、狙いはこうだからだ。


「でもほら、この話を聞いたら大抵のことは平気になるでしょ。って考えると、ここで一番やばいジェットコースターも行けそうな気がするんじゃないかな?」


「言われてみればそうかも! ……昨日誰かさんと電話して嬉しさのあまりほくほくでなかなか寝つけなかったくるみんの眠気も、ばっちり覚めるんじゃないかな?」


「つ。つばめちゃん」


 くるみが分かりやすく狼狽えるものだから、つばめの発言が真実なのだという証明になってしまっていた。


 思わず彼女を見ると、くるみは目を泳がせたのち、恥じらいにもじもじと頬を赤く染めながら観念。


「だってだって……修学旅行中に二人きりで話せたの、嬉しくて……」


 碧はきゅっと口を結んだ。


「……そんなに長電話じゃなかったけれど、よかったの?」


「もっ勿論もっと話せたらそれはすごくいいけれど……今のところはじゅうぶんすぎるくらいに気持ちは潤っているから、大丈夫」


 惜しまれつつも明日に響かないように三十分ぐらいで切り上げたと記憶していたが、くるみからすればその三十分でも貴重な時間のようだ。


 ——昨日のくるみ、ちょっと寂しそうだったもんな……


 碧は夜に交わした電話での会話を思い出した。


 今時珍しい公衆電話の並ぶホテルのすみっこでスマホに耳を澄ませれば、くるみはこう言っていた。


『そう言えばね。私たちが四日間も離れるのって、つきあってから初めてなんじゃないかなって思ったの』


 あまり教師に見つかりたくはないので、壁に寄りかかりながらなるべく音量を潜めて小さく返事をしようとしたら、くるみがさきに補足する。


『あ……離れるっていうのは二人きりの時間がないってことね。つき合う前は碧くんしょっちゅう海外行ってたけど、つき合ってからは日本に居てくれるようになったでしょう?』


 ちなみにくるみはベッドで寝転がりながら電話しているそうで、つばめは碧が居なくなったのをいいことに湊斗のところに赴いている。いわゆるWin-Winというやつだ。


「そう言われれば、たしかに今まではあまりなかったね。今年の年末年始はくるみは本家に帰らなかったし、ドイツにいく時も一緒だったし」


 何日間か離れた時期があるとすれば、いずれもつき合う前の話。


 修学旅行は別に一緒に巡る約束をしているわけだから厳密には離れているわけではないんだけど、団体行動なのだから、いつも家で二人きりでいる時とはまた勝手が違うだろう。


 タイムスケジュールは全て決められているから乱すのはNGだし、学習のための学校行事ということで、そこはわきまえなければいけない。


「もしかして寂しいの?」


 と直裁に尋ねれば、くるみがもごもごと言い淀んだ。


『寂しいと言うか……ええとね……』


「うん?」


『むむ……うんっと……』


 言うか言わまいかたっぷり十秒ほどまごついてから、くるみはスピーカーが音を拾うぎりぎりの、か細く震えるささやきでこう言ったのだ。


『だってその……き、きす……とか、も、四日間できないわけでしょう?』


 電話口でも、くるみが照れているのが如実に分かった。


 それを聞いて思わず、ふふっと笑ってしまれば、くるみは不服そうにした。

『な、なんで笑うの』


 勿論、可笑しいとかおもしろいとかじゃない。


 愛おしい彼女がふれあいを望んでいること、それを言葉にしてくれたことが嬉しくて、喜びからつい笑みを零してしまったのだった。


「いや……ふふ……うん。僕もくるみとくっつけないのは寂しいよ」


『本当?』


「ほんとほんと。次ふたりきりになったら、出来なかったぶんしてもいいかな?」


『予告されるとなんだか恥ずかしい。そういうのは、その時の空気でするものでしょう』


「不意打ちすると照れるのはそっちなのに」


『うう。それを言うのいじわる』


 ——以上、昨晩の電話から引用。


 つまり今こうして腕にぴったり寄りそって離れないのも、四日間という長丁場に渡る学校行事で、いつものふれあいが禁じられていることの穴埋めなのだろう。


 旅行が終わったらたっぷり愛でてやろうと画策しながら「今夜はむりせず早く寝てくれるならまた時間見つけるよ」とささやき、まだ紅潮の残る柔い頬をなでた。




 しばらく歩いたところで、そう遠くないところから、ハリウッドの有名な映画——バック・トゥ・ザ・フューチャーのテーマソングが、大音量で聞こえてきた。


 それを聞いて、あるいはここのシンボルのひとつと呼べる大門を見てようやく、日常から一歩踏み出して別の世界にやって来たことに気づくのだ。


 近くを見ればすでにジェットコースターが動いているようで、上がったり下がったり円を描いたりと自由な道を、お客さんを乗せてぶんぶん振り回していた。あれが湊斗がかつて挑戦したやつかはわからないが、確かに見ているだけでぞっとする。


「あ! 見て! あの地球儀の噴水!」


 つばめが振り切れそうなテンションで指差した。


 にょきにょき生える南国の木の間には、誰もが知るもうひとつのシンボル。だからか、ここで一度歩を止めて写真撮影をしている人も、結構ちらほらと見られる。


「有名なやつだな。俺らも写真撮ってもらうか」


「賛成ー!」


 ちょうど近くにいた教師にカメラを頼み、撮ってもらった記念写真を見返したつばめが、スマホを抱きしめてうっとりと言う。


「はー最高……制服でUSJ……ずっと憧れだったんだよね♡ くるみんも可愛い♡」


「そんな。可愛いのはつばめちゃんもだよ」


「えへへー。写真いっぱい撮るかなーって思ってお洒落がんばっちゃった!」


 お洒落に関してはふたりとも日頃から拘っているが、今日はとびきり輝いて見えるのは、やはりいつもより時間をかけてばっちり整えてきているからだろう。


 つばめは、彼女の十八番とも言えるオーバーサイズのカーディガンを重ね着して、小柄さを浮立たせるアクセントにしている。短くしたスカートにくるぶしソックスで、生足を魅せるスタイルで行くようだ。


 いっぽうくるみは、同じ柏ヶ丘高校の制服なのだが、いつものかっちりとした優等生の着こなしではない。珍しくややゆるめと言ってもいいだろうが、持ち前の清楚さを引き立たせるような瀟洒で都会風な風情。いかにも女子高生の定番、といった格好だ。


 重ねるのは初夏を先取りしたように涼しげな、青りんごシャーベットみたいなサマーニットのベスト。タイツではなく代わりに、女子高生の定番とも言える EASTBOY のロゴのはいった白のハイソックスが、細っそりしたふくらはぎを包んでいる。風とおしのよい短めの丈に調節したスカートとの間で、日焼けを知らない白い肌が目に眩しい。


 ホテルのロビーでは心からの言葉を尽くして賞賛を伝え、くるみもたいそう喜んではにかみを見せていたのを思い出す。


「ねねー湊斗どうどう? 可愛いかな?」


 つばめが湊斗ににじり寄ると、湊斗もにこにこして頷いた。


「うん、可愛いよ。ばっちり似合ってる。さすがだな」


「えへへー♡ 湊斗にほめられちゃった♡」


 絵に描いたようなラブラブカップルとしか言いようのないその一連の様子。


 それをそばで見ていたくるみは、そそそ……とこちらに近寄って、期待の滲んだ微笑みと共に上目遣いをしてきた。


 何を望んでいるのかはすぐに分かった。感想なんて、なんぼ言ってもいいだろう。


「くるみもすごく可愛いよ。今日のベストのふんいきがくるみの優しいかんじにぴったりでよく似合ってる。髪いつもよりさらさらだし、巻いてるのも可愛いね」


 どうやら正解だったようで、くすぐったそうなはにかみがこぼれた。


「なんだか碧くん、女の子の褒めかたが上手くなってきてるね? 旅行だからっていいトリートメントのサンプル持ってきたのまで気づくなんて」


「そりゃ彼女が可愛いんだから、それを伝え続けてたら上達もするよ。あと女の子じゃなくてくるみの褒めかたが上達ね。他の人には言わないんだから」


 お世辞なしで芸能人に肩を並べるような、くるみほどの美人ともなれば〈可愛い〉なんて言葉は言われ慣れているだろう。だから言わないという訳じゃなくて、いつもはくるみがお洒落でがんばったんだろうなあというポイントと一緒に、見た感想を伝えている。


 勿論、その言葉を渡すのは彼女だけだ。


「……碧くんも、格好いいよ?」


「ありがとう。これ、実は夏貴たちに弄くり回されたんだけどね」


 今日ホテルで、まだベッドにへばりついていたいところを誰かに叩き起こされた。


 勿論そこにいるのはくるみではなく、湊斗に招きいれてもらったらしい夏貴&颯太のふたりだった。


 そこからはお洒落大作戦と称してヘアスタイリングで好き勝手されて、遊びつつも出来上がったのがこれだというわけだ。ふんわり空気を含んだような、春らしいいいかんじに最後には整えてくれたので、文句は出なかった。


 重力のかかる強烈なジェットコースターに乗れば一発でぼさぼさになりそうな気もするが、そうなったらなったで思い出になるだろう。


「ふふふ。私はいろんな碧くんが見れて役得だなあ」


「お望みなら、ヘアカタログとか買ってきて毎週違うのを試すとかやってみる?」


「そ……それは私がキャパオーバーになるのでは! でも見たい……」


 葛藤に目を眩ませるくるみの手を笑って引き、チケットのQRを表示させていざ入場。


 まず出迎えてくれたのは、大きなアーチの屋根が乗ったアーケードだった。


 風船が売ってるのもここだし、あとはポップコーンのワゴンもあるらしくて、焦がしキャラメルのような甘く香ばしい匂いがする。


 スマホのマップを拡大している湊斗に尋ねた。


「そんで最初はどうする?」


「やっぱ、まずはかぶり物じゃないかな?」


 と、独自の見解を出したのは、湊斗ではなくつばめだ。


「近くにいろんなのが揃ってるショップがあるよ! 後からあれほしいってなっても、ここに戻ってくるか、売ってるワゴンを探すかのどっちかになるから、今買っちゃったほうがいいんじゃないかな?」


「そうだね。俺はそれでいいよ」


「くるみは?」


「私も大丈夫。つばめちゃんのガイドブック一緒に読んで予習もばっちりだからね?」


「それは頼もしいな」


 てわけで、最寄りにある売り場へ。


 朝一番だから太陽がまだ昇り切っていなくて、目に刺さるように眩しい。今日は一足早い初夏らしく気温も上がるそうなので、帽子とサングラスもいいだろう。


 というわけで、間違っても帰りのバスまでには鞄に仕舞わないといけないくらい吹っ飛んだデザインの、クッキーモンスターの目玉がついたサングラスを手に取る。


 試着して鏡を覗きこめば「誰だお前」と突っこみたくなるような、陽気で賑やかな兄さんがそこにはいた。


「ぷっ。なんか赤ちゃんを体はってあやす芸人のお兄さんみたいだな」


 と、横にいた湊斗に笑われた。


「湊斗もつけてみろよ」


 と、サングラスをつけてやる。


「……なんかいかついな」


 湊斗も鏡を見て、碧と全く同じリアクションを見せた。


「俺たちはサングラスより帽子のほうがいいな」


 と解散したところで、エルモの刺繍がついた紅白のキャップをかぶったくるみが、こちらをうかがってきた。


「サングラスやめちゃうの?」


「他のももうちょっと見てみようと思ってさ。くるみはもうそれに決めちゃった?」


「それが、まだちょっと決めかねてて。碧くんの意見も聞こうかなって」


 くるみは外してしまったが、確かにキャップもいいだろう。


 ただ、だ。くるみはどんな服でも帽子でも着こなす。


 それを踏まえるのならば、どうせならもっとわざとらしくて、やりすぎなくらいにあざといもののほうがいいんじゃないだろうか。


 と辺りを探して——ひとつのカチューシャが目に飛びこんできた。


「そ……そうだ。これつけてみて」


 と、碧はグッズの棚にぶらさがる白い猫耳のカチューシャを手早く取ると、すぽっと彼女に被せる。


 出来上がったその姿を見て、碧はぞくっとくる思いだった。くるみの透きとおるような繊細な風采が、ぴょこんと立った三角の耳によって幼くあどけない存在へと転じている。


 やっぱりだ、と碧は舌を巻いた。似合いすぎるほどに、似合いすぎている。


「碧くん? いったい何をかぶせてきたの?」


 一瞬のことだったから、何をつけたのかくるみには見えなかったようだ。


 咄嗟に確かめようとしているのが上目遣いをする猫の仕草のようになり、それがまた衝撃なまでに可愛らしい。


 鳩尾のあたりがなんとも言えず疼いてしまうのは、可愛いものに屈してしまう人間のさがなのだろう。


「うーん……なんだろ。ちょっと待ってね」


 すっとぼけながら、取っ替え引っ替えに別の柄の耳をかぶせてやる。


 今度はふわふわした毛の長い黒猫の耳。さっきの純真な愛らしさから一転、どこか小悪魔めいた妖しげな魅力を滲ませだす。どう考えても危険物取扱の資格が必要な見た目。


 思わず目を離せずに呻いていると、その下では何も知らない可憐なおもざしが焦れったそうにぷんすか怒っていた。


「もう。はぐらかさないで教えてよ」


「わ……わかったからちょっとその格好でぐいぐい迫ってこないでください僕がやばい」


 とその時、湊斗とつばめがやってきた。


「碧ー。俺たちはペアであわせることに決まったけどそっちはどう? ……ってなにやってんの?」


 気づけば咄嗟に、ささっとくるみを体で隠していた。


 不思議に思った湊斗が覗きこもうとするのを、碧がまた別角度からささっと隠す。


「何これ? なんかの遊び?」


「さあ……見ればたぶん一発で理解すると思うけど見せたくはない」


「なんだそれ」


 今のくるみは危ない。とても危ない。愛する彼女持ちの湊斗ですら照れさせてしまいかねない破壊力だ。


 けれど、結局その攻防戦の隙にくるみが鏡を見てしまい、遊ばれたことに気づいて真っ赤になりながら「猫耳は恥ずかしいのでつけません」と、却下してしまったのであった。


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