大海の向こう側1 <思い出の国>
俺は今、荒れる海の上で帆船に乗っている。俺がこれから向かうのは思い出の国となりつつあった日本、俺の生まれ故郷である。
「いつまで続くんだこの嵐は」
「嵐なんてもんは、いつか止むさぁ」
俺の問いに船員は荒れる海を楽しむかのように答える。
「この辺りは荒れる海って有名だからな、ここで乗りこなしてこそ船乗りってもんだぁ」
「ちょっと話が違くないか」
それほど危険な船旅にはならないと聞いていたが、大型船ならまだしもこんな木造の帆船で荒れる海をゆくなんて十分危険である。
「海なんてどこでも荒れるもんさ、ここいらは海賊が出ないだけほかの海より楽なもんさ」
「奴らだってどこにだっているだろう」
「そうでもねえぞ」
話によればかつてはここにも海賊が出ていたらしい。だが、この船と同じように日本へ向かう船を襲ったのが悪かった。その船には二人の日本人が乗っていたのだが、海賊の襲撃によって乗っていた日本人のうち一人が死亡、もう一人は重傷を負ったのだという。
その海賊たちは海上保安庁の巡視船が現れたため襲撃をやめて逃げていったそうだが、日本人の死亡を知ったあと日本はその海賊を探し出して縛り首にしたというのだ。
「でも変わってるよな。俺たちの国じゃあ、海賊は捕まえたすぐそばから縛り首にするってのに、わざわざ生け捕りにして裁判とかいうので縛り首にするのに三年もかけたんだぜ」
彼が法治国家を理解するのには時間がかかるだろう。もしくはそんな時は永遠に来ないかもしれないが・・・。
「まあ、そんな出来事があって海賊どもはこの海域から手を引いたわけだ」
そんな理由だけで危険な航海ではないとか言われた俺は、それはおめでとう、と皮肉でも込めて言ってやりたいが、こちらも半分無理を言って乗らせてもらっている以上あまり下手なことも言えない。
そもそも、こんなことになる前にやることをやっていればよかったのだ。
日本がこの異世界へ国ごと来ていたことを俺は前々から知っていた。
俺と同じように日本を目指した日本人がいたことも前々から知っていた。
だが俺は日本に帰ることとか考えていなかったし、日本が国として異世界に日本人がいないか探していたことを知っていたけどわざわざ自分がいることを知らせに行こうとかいうそんなことは全く考えていたかった。
そう、俺はあんなことさえなければ、日本なんて国はあくまで思い出の国として一生を終えるつもりですらあったのである。