港町の男4 <錦の御旗>
すべての用意は整った。俺がこれからやることが上手くいくかどうか・・・それは運、というよりは護衛艦の自衛官たち頼りである。
「やっぱり港の貿易船と比べ物にならないぐらい大きいでしょう」
「そうだな」
俺は船頭の言葉に空返事で答える。本来この舟はちょっとした荷物を運んだりする小さな船なのだが、今では沖の護衛艦のすぐ近くまで行ってその大きさを体感するという観光特需の恩恵を一身に受けている者たちである。
そして俺もそんな観光客と思って乗せている船頭は舟を沖にいる護衛艦へと漕ぎ進めていく。ついこの間まで商人や漁民が周りにいたはずが、今では舟に乗った観光客ばかりであり、彼らは舟で護衛艦を見るだけであることから近づきすぎさえしなければ騎士たちも気にも留めない。
・・・さて、俺は今でも護衛艦を囲む多くの舟の中に埋もれる一つの舟だ。だが、護衛艦では王国の騎士に任せるだけでなく自衛官たちも周囲の舟に気を配っており、俺は双眼鏡でこちらを見る自衛官へと大きくゆっくりと手を振る。向こうも半分仕方なく振り返してくるが、俺はその自衛官へと向かってある旗を掲げる。
―――――――――
S O S
―――――――――
「おーい」
大声とともに掲げたその旗にはたった三文字だが、まだこの世界では知る者がいないであろう言葉が書かれている。そしてその旗は、旗が見える範囲にいる自衛官たちの注目を一気に集めることとなる。
「やっぱり、あれだけ多い船だと大勢のってるんでしょうね」
船頭は甲板に集まる自衛官を見ながらそう言う。
自衛官たちだけでなく警備の騎士たちの注目も集めることになるが、ただ旗を持って大声を出しているだけでは止める理由もないだろう。船頭も自分の舟が巨大な船の乗組員から注目を集めているのが満更でもないようで護衛艦までさらに近づいてくれる。
さて、ここから俺が日本に帰るにはここで大きな賭けをしなくてはならない。幸いにして俺と自衛官以外に俺がこれから大それたことをするとは露にも思っていない様子である。
「ここまででいい、ありがとう」
「は?え!?」
ザブン!
そして俺は船頭にも理解する間を与えないうちにいきなり海へと飛び込んで護衛艦へと向かって泳いでいく。
「こら!馬鹿!戻れ!」
騎士の乗る舟からはそう声をかけられるが、こちらには帰るつもりなどないのである。騎士たちは舟の上から俺に怒声を浴びせてくるだけで彼らがわざわざ海に飛び込んでまで追ってきたりはしないだろう。
「浮き輪投げろ!」
「引き上げるぞ!」
一方で護衛艦に乗る自衛官たちの動きは速かった。仲間に怒号といえるほどの大声を出して指示を出し、投げられた浮き輪へと俺は掴まる。
「あとは我々海上自衛隊が引き受ける!」
そして俺を捕まえようとする騎士たちへそう声をかけ、俺はようやく十数人の自衛官たちの手によって護衛艦へと引き上げられたのである。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
「とりあえず、名前と生年月日を聞かせてください」
こうしてずぶ濡れになりながらも俺は保護され、この異世界での五年にもわたる中世レベルの生活をようやく脱出して日本へと帰ることができたのである。しかし、この出来事がのちに日本人保護の第一号などと呼ばれるようになるとは、このとき誰も知る由もなかったのである。