港町の男2 <届かぬ声>
哨戒機が港町上空を飛んでから数日。町は派遣されてきた騎士団や町に広がる不安を聞きつけてやってきた傭兵たちによって賑わっていた。
騎士や傭兵の中にはその大きな鳥がまたやってきたら矢で射抜いてやると豪語するものもいるが、もし、あの哨戒機に帰る場所があったのなら、次に来るのは巨大な船である。
・・・まあ、本当に船が来るかはわからない「日本へ帰りたい」そう願う俺にとって、船が来るという考えを消すことはできず、海上自衛隊が来るのか、それとも海上保安庁が来るのか、俺はあの日から船へ荷物を運びこむ荷役の仕事をしながら毎日水平線を眺めているのである。
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哨戒機の一件から一か月ほど経ち、港町の誰もがあの日の出来事を忘れかけていたころ、ついにそれはやってきた。巨大な灰色の船、海上自衛隊の護衛艦である。
与野党で足の引っ張り合いでもあったのか、法律の問題点でも話し合っていたのか、あの日からあまりにも時間がかかりすぎである。だが、その遅さこそになぜか日本らしさを感じて安心してしまう自分がいる。
「何なんだあの馬鹿デカい船は」
「鉄でできてるって本当か?」
「鉄が海に浮くわけがないだろう」
港の沖に停泊している護衛艦を前にしながら港では様々な話が交わされる。いま護衛艦は騎士を乗せた貿易船に横付けされていて、港には馬鹿でかい船、彼らから見れば異世界の船を一目見ようと大勢の人が港へと集まり、人の波に押されて海に落ちる者もいるほどである。
それにしても、この人出は俺にとって邪魔にしかならない。まあ、俺一人しかいなかったとしても俺の声が護衛艦に届くわけもないが、いくら護衛艦に向かって手を振ろうと大声を出そうと、向こうから見れば俺は大勢の中にいる一人にしか見えないだろう。
少なくとも、こっちの世界に来た時に着ていた服でもあればもう少し様になっただろうが、そんなものはだいぶ前に捨ててしまった。こうなれば外交官が上陸する日、その時を待つしかない。
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日本の外交官が上陸する日。その日は港だけでなく町全体があの巨大な船に乗る者の姿を一目見ようと町の通りは人でごった返していた。
「下がれ!下がらんか!」
喧騒の中、騎士の怒号がそこら中で聞こえ、とても身動きが取れる状況ではない。馬車が来たら田中正造よろしく飛び出して自分が日本人だと伝えるつもりであったが、もはや馬車通りに出れるというレベルですらないのだ。
どうにかできないものかと俺は頭を巡らせるが、どうにかできるものでもない。迫る時間に俺は心臓をバクバクさせながら焦るが、それはこの人の海の中で誰かが言った一言で消え去っていった。
「仕方ないな。国交が結ばれれば二ホンの商人も来るだろう。その時に二ホンの奴はどんな奴らなのか見ればいいさ」
それもそうである。何もこの瞬間を過ぎれば永遠に帰るチャンスを失うというわけではない。なぜ今まで気が付かなかったのか、国交が結ばれればそれこそ大使館だってできるし企業の技術者や観光客だって来るかもしれない。
この群衆の中でもみくちゃにされるよりは実に安全な待ち方である。その後、俺は人込みを離れ目の前を通る馬車に歓声を上げる野次馬たちの声を聞きながらその場を後にした。