181 『虹の乙女』アナイスの断罪 5
不穏な言葉を聞いて、アナイスがびくりと体を強張らせたけれど、フェリクス様は気にすることなく、淡々と説明を始めた。
「そなたは以前、私の妃に虚偽を述べた。そなたが私の側妃になることが、妃選定会議で決定されと妃に告げたことだ。王族に対して虚偽を述べることは、侮辱することよりもはるかに重罪だ。そのため、あの場で罰を与えてもよかったが、そなたは長年『虹の乙女』としてこの国に仕えた実績があった。そのため、問答無用で処すのは止めて、名誉挽回の機会を与えることにしたのだ」
フェリクス様が語る話は、アナイスへの思いやりに満ちているように聞こえたけど、実際とは異なるように思われた。
当時のアナイスは『虹の乙女』として絶大な人気があったため、そのまま処罰したならば、国民から大きな反発が生じただろう。
あまりに反発が大きければ、民意に従って、アナイスを無罪放免にしなければならなかったかもしれない。
だからこそ、フェリクス様は機会を与えるフリをしてアナイスを辺境に送り、人気が落ちるよう仕向けたのではないだろうか。
フェリクス様は王として、各地の土地が痩せていることを知っていたし、アナイスに加護を与える力がないことも知っていたから、敢えてその選択をしたに違いない。
不思議なことだけど、虹の女神を信奉する国の国王であるフェリクス様が一番、『虹の乙女』の力を信じていないのだ。
私の思考を邪魔するように、フェリクス様の厳しい声が響く。
「しかし、結果はどうだ!? 土地の状態を改善させるどころか、悪化させただけだ!」
「フェ、フェリクス王、私は十分加護を与えました。だからこそ……」
アナイスが早口で説明を始めたけれど、フェリクス様は激しい口調で彼女の言葉を遮った。
「土地の状態が悪化した! と私は言った。聞こえなかったのか?」
アナイスがひゅっと喉を鳴らす。
同時に、有無を言わせないフェリクス様の態度を見て、その場に集まった全員が顔色を悪くした。
―――私が眠っている間に、この国の王権は強くなった。
白とも黒とも判断できるものについて、王が一言「黒だ」と言えば、黒と定まってしまうほどに。
それから、以前のフェリクス様は周りの者たちに配慮し、できるだけ相手を傷付けまいとする優しさを見せていたけれど、今は容赦のない態度を示している。
フェリクス様は優しい人だから、もしかしたら心の中では冷酷な処罰を下すことに心を痛めているかもしれないけれど、その素振りも見せずに冷たい声を出す。
「私が与えたのは、そなたには荷が重い大役だったようだな。だから、ほら、途中で投げ出して逃げ帰ってきた」
「け、決してそんなつもりは……」
アナイスが必死に言葉を紡いだけれど、フェリクス様には聞く気がないようで、厳しい声で宣言した。
「アナイス、そなたを『虹の乙女』の役割から外すこととする! 今日この時より、そなたは『虹の乙女』ではなくなる。このことは一般にも広く公布するから、今後一切、その呼称を使用しないように」
「フェリクス王! それはあまりにご無体なお言葉です!!」
「アナイス嬢は3色の虹色髪をお持ちなのですよ!」
「これまでの献身をお考えになれば……」
フェリクス様の言葉にアナイスは叫ぶような声を上げ、彼女の周りからも次々に待ったがかけられたけれど、フェリクス様は冷めた表情のまま一同を見回した。
それから、今度は玉座の間にいる全員に向かって宣言する。
「お前たちにも沙汰を言い渡す! 私は王妃を悪しく言う者、傷付ける者を身近に置く気はない。この場にいる者は今後2度と、私がいる場に呼ぶつもりはないので心得ておけ」
それは、完全なる貴族社会からの追放だった。
フェリクス様は今後、いついかなる場でも彼らと同席する気はないと、きっぱり言い切ったのだから。
私は黙って成り行きを見守っていたけれど、皆の絶望したような顔を見て、耐え切れなくなって視線を床に落とす。
……分かっているわ。フェリクス様は私のために、アナイスやテオ、ヘル伯爵を貴族社会から追放することにしたのだ。
優しい人だから、きっと心が痛んでいるに違いない。
けれど、フェリクス様は「これでいいか?」と、私に決して尋ねはしないのだ。
尋ねてしまったら、私にこの罰の責任の一端を担わせることになってしまうから。
私がこれっぽっちも心を痛めることがないよう、彼はいつだって一人で責任を抱え込むのだわ。
でも、……私は彼の妃なのだから、彼が持つものを半分抱えるべきじゃないかしら。
そう思ったから、私は膝の上で両手をぎゅっと握り締めると、フェリクス様の言葉を肯定すべくアナイスの罪を言葉にした。
「アナイス、私からも一言言わせてちょうだい。フェリクス陛下の言葉は間違っていないわ。あなたは10年前、私に嘘を言ったわ。だから、そこにどんな理由があったにせよ、裁かれなければいけないの」
私がそのような発言をしたことは、この場の全員にとって予想外だったようだ。
そのため、誰もが驚いた顔で私を見てきた。
フェリクス様やギルベルト宰相まで呆けた顔をしていたので、私はいたたまれなくなる。
そんな中、アナイスがいち早く自分を取り戻すと、顔を真っ赤にし、かっとしたように大きな声を出した。
「王妃陛下は非常に短期的に、物事を見ていらっしゃるのではないでしょうか! あの後、国王陛下が毒蜘蛛に噛まれるような事態に陥らなければ、私と国王陛下は結ばれていました! そして、陛下の側妃になっていました! その場合、私の言葉は嘘ではなく、勇気ある言葉として持ち上げられたはずです!!」
アナイスは堂々と胸を張った。
「私こそが、フェリクス王の妃として相応しかったのです!!」
アナイスは自分の言葉を信じているようだったけれど、私は心の中で『そうは思わないわ』と言い返す。
そして、そんな自分にびっくりした。
……まあ、私はアナイスにきちんと反対意見を抱くことができるのだわ。
だとしたら、きちんと私自身が言葉にして、言い返さなければいけないわ。
そう思ったから、私は頭に浮かんだ思いをそのまま言葉にした。
「私はそうは思わないわ。私は相手を陥れようとしたり、嘘をついたりしないもの。それは人として、それから、王妃として必要な資質だと思うの。私の全てがあなたに勝っているとは思わないけれど、私の方が優れている部分もきっとあるはずよ」
「嘘をつかないくらいのことで……」
アナイスが反論してきたので、聞かないわと黙るように申し付ける。
「黙ってちょうだい。この国の王妃が話をしているのよ。『虹の乙女』の立場を失った子爵令嬢に、私の言葉を遮る権限はないわ」
まさか私がそんなことを言うとは思わなかったのだろう。
アナイスは驚いたように目を見開いた後、悔し気に顔を歪めた。
そんなアナイスに向かって、私はきっぱり言う。
「あなたが痩せた土地を元に戻せないというのなら、私たちがやるわ。この国を治める王と王妃として、国民の生活を守るのは私たちの仕事だから」
それはフェリクス様一人に責任を負わせないという私の決意表明だったけれど、私の言葉を聞いたフェリクス様はなぜか両手で顔を押さえると真っ赤になった。
「ル、ルピアがカッコいい……」
一方のギルベルト宰相は、突然激しい眩暈に襲われたかのようにふらりとよろけると、王の玉座に寄り掛かって感激したような声を出す。
「な、何と素晴らしい王妃陛下だ……」
2人の言葉は玉座の間に響いたため、私は恥ずかしくなって俯く。
けれど、すぐにフェリクス様が立ち上がると、私の後ろに立ち、椅子ごと私を抱きしめてきた。
「えっ?」
状況が把握できず、ぱちぱちと瞬きをしていると、フェリクス様が勝ち誇った様子で集まった人々を見回した。
「こんな王妃を見てしまった以上、先ほど私に他の妃を勧めた者たちは、心の底から恥じ入るしかないな! どうだ、この世にルピア以上の妃などいないと理解できたか!!」
フェリクス様は心の底から自分の発言を信じているようだったけれど、話題が唐突過ぎたため、集まった人々は戸惑ったように無言で視線を彷徨わせた。
唯一の例外はギルベルト宰相で、彼は一人でぱちぱちと拍手をすると、全力で同意を示してきた。
けれど、なぜかフェリクス様は嫌そうに顔をしかめただけで、宰相の相手をしなかった。
宰相の拍手の音が響く中、フェリクス様はその場の全員に向かって重々しく述べる。
「私の妃はルピア一人だ! それから、私は妃を侮辱する者を決して許しはしない。そなたたちでは痩せた土地を豊かにできないというのであれば、私と妃が引き受けよう」
フェリクス様は顔を引きつらせる人々に向かって、話は終わったとばかりに片手を振ると、退出を命じた。
「フェ、フェリクス王」
最後にフェリクス王の友人だったテオが、訴えるように名前を呼んだけれど、フェリクス様は冷たい声で返しただけだった。
「テオ、君と会うことは二度とないだろう」






