180 『虹の乙女』アナイスの断罪 4
ヘル伯爵が発したのは、明らかに王妃を貶める言葉だったため、玉座の間はしんと静まり返った。
そんな中、ヘル伯爵が切々と訴える。
「私は敬虔な虹の女神の信徒です。そのため、女神が加護を与えてくださったこの国のためになることしか致しません! 国のためを思って申し上げますが、再びこの国を豊かな大地に戻したければ、『虹の乙女』であるアナイス嬢とご結婚されるべきです!! そうすれば、虹の女神は祝福とともに、再び大地を豊かにしてくださることでしょう!!」
フェリクス様は無言で伯爵の話を聞いていたけれど、わざとらしくアナイスの髪を見つめた。
その視線に何かを期待したようで、ヘル伯爵とアナイス、その場に集まった全員が顔を輝かせる。
けれど、フェリクス様は皮肉気に唇を歪めると、誰も予想もしていなかった言葉を発した。
「ふっ、たかだか3色の虹色髪だというのに傲慢なことだな」
「なっ! に、虹色髪を尊重しないとは、女神に対して何と無礼な……」
今度こそ自分の提案を受け入れてもらえると思っていた伯爵が、わなわなと震え出す。
しかし、フェリクス様はそんな伯爵を一瞥すると、冷たく言い放った。
「王妃を尊重しないお前に、そのようなことを言う資格はない! 我が国が誇るレストレア山脈の積雪と同じ色をしている王妃は、我が国にとって得難き者だ。それだけでなく、王妃はこの国の王である私を、致死の毒から救ってくれた。その間、お前ご自慢の『虹の乙女』は何をしていた? 王妃の隣で突っ立っていただけだ! それなのに、一体どんな加護を期待しろというのだ!?」
「そ、それは……」
痛いところを衝かれた伯爵は、途端に弱気になると、助けを求めるように周りを見回したけれど、アナイスを始め、彼の取り巻きたちは伯爵と視線を合わせようとはしなかった。
そんな伯爵に対し、フェリクス様は追い打ちをかける。
「私が救われたからこそ、この国はゴニアとネリィレドを併合して大国になったのだ! 私以外の者が王になったとして、同じことができるとは思えない。間違いなくこの国は2国の連合軍に蹂躙され、女神に与えられた大地も荒らされただろう!!」
フェリクス様の言葉はその通りだったので、反論できずに黙り込むヘル伯爵に、フェリクス様は蔑むような眼差しを向けた。
「我が国は私の妃に救われたのだ! 『虹の乙女』より何倍も価値がある妃に対する無礼さ、とても見逃せるものではない!!」
フェリクス様は激しい調子でそう言うと、玉座の肘掛け部分を拳で打ち付けたため、居並ぶ者たちは首をすくめた。
フェリクス様は時々、ものすごく苛烈になる。
そして、それは毎回、私が関係する場合に限っている。
だから、今回もヘル伯爵に対して滅多に見せない怒りを露わにしたけれど、伯爵は突然体を震わせると、その場に這いつくばって床に頭をつけた。
「も、……申し訳ありません! 勢いで無礼なことを申し上げました! 王妃陛下、誠に申し訳ありませんでした! 私の発言には王妃陛下を馬鹿にする意図はありませんでした。私はただ、『虹の乙女』は素晴らしいと申し上げたかっただけなのです!!」
床に額を擦り付ける伯爵を見て、そのあまりの変わりように驚いたけれど、ギルベルト宰相が近くに寄ってきて小声で説明してくれた。
「ヘル伯爵は6年前の王宮舞踏会で、王妃陛下の悪口を言い、王から抜き身の剣を向けられた過去があります。多分、その時の恐怖を思い出したのでしょう」
「えっ?」
まあ、フェリクス様ったら何をやっているのかしら。
そして、ヘル伯爵はそんな目に遭っていたのに、フェリクス様に私の文句を言うなんてすごい強心臓ね。
突然与えられた情報に目をぱちくりしていると、フェリクス様が馬鹿にしたような声を出した。
「ヘル伯爵、しばらくの間、王宮の地下で反省していろ! お前のために特別にスペースを空けてやる」
「はっ、えっ、そ、それは……」
王宮の地下にあるのは罪人を閉じ込める牢だ。しかも、貴族用のものではなく、一般の者を閉じ込める牢のため、環境はよくない。
フェリクス様が仄めかしていることを悟り、顔色を悪くする伯爵に対し、ギルベルト宰相が説明を補足した。
「ヘル伯爵、あなたには王妃陛下に対する侮辱罪のほか、多くの嫌疑が掛けられています。しかしながら、拙速に処理して冤罪を生むことがないよう、時間をかけて丁寧に調べることをお約束します。ですから、その間は王宮の地下牢にてゆっくりお待ちください」
フェリクス様は私を傷付けた人に対して、容赦ないところがある。
だから、ヘル伯爵が今現在、自由にしているということは、これまで裁くべき罪が見当たらなかったのだろう。
そして、私に対する悪口を言ったとはいえ、あの程度のものであれば注意をして放免するのが妥当だろう。
そのくらいのこと、賢いギルベルト宰相であれば十分分かっているはずだ。
つまり、宰相は分かっていながらこの機会を最大限利用し、劣悪な環境の地下牢に長期間留め置くと、伯爵を脅しているのだ。
それはやり過ぎじゃないかしらと思ったけれど、真っ青な顔色になった伯爵に向かって、宰相はさらに言葉を付け足した。
「国王陛下は伯爵のために地下牢のスペースを準備するとおっしゃられましたが、もしかしたら専用のものを準備するのは難しいかもしれません。その場合、伯爵が普段相手にする方々とは異なる、少々荒っぽい方々もご一緒になるでしょう。どうか事故には十分ご注意ください」
「ひっ!」
伯爵が恐怖の声を漏らしたけれど、ギルベルト宰相は普段通りの表情で見返しただけだった。
一方のフェリクス様は馬鹿にしたように伯爵を一瞥すると、アナイスに顔を向け、重々しい声を出した。
「アナイス、そなたに対して、私は裁き忘れていた罪があった」






