一方その頃
「ただいま戻りました」
「うむ、ご苦労だった」
派手なだけの悪趣味な装飾がなされた部屋。
正面には、醜く太った王が鎮座している。
「で、どうだった?」
「はい、やはりデモニオの群れはすでに移動した後らしく、ほとんど———」
「いや、そういうことを聞いているわけではない。ゆっくりと一人旅を楽しめたか、と聞いているのだよ」
いやらしく笑う顔に吐き気がする。
外見と性格は相関しないというが、この男に関しては顔面通りに受け取っていいだろう。
「そう険しい顔をするな。全く、貴様はいつまでも私に反抗的だな」
「王が心を入れ替えてくださるのなら、何も言うことはありません」
「なに?」
その発言がひどく可笑しかったのか、顔を歪める王。
「くくっ、なせ入れ替える必要がある。私は人間らしい、まさしく人間そのものの王であるというのに」
「だからこそ、その人間という種から解放されるべきだと、言っているのです」
「ああ、そうか。貴様にはまだ話していなかったな。私は人間というものをわきまえ、好き好んで人間に甘んじているのだ」
そんなことは知っている。苦悩することもなく、欲のままに生きる姿は何よりの証拠だ。
「ふむ、貴様にも少しだけ話してやろう。私がどうして、ここにいるのかを」
聞くつもりは全くないのに、ご高説が始める。
彼の醜い声を耳に入れ続けるのは酷なので、できるだけただの情報として認識する。
「人間は外から見れば存在価値のない生き物だ。ただ生きて死んでいく動物に過ぎない」
だが、中途半端に知性を持ったがためにそれを否定し、幸福という幻想を追い求めている。
幸福は奴隷の数、支配地の大きさ、物質的豊かさなど時代によって形を変えてきた。
私はその中でも特に、金に幸福を求めた。
人間とは素晴らしい生き物でな、先の見えない道にある平等なスタートラインを誰よりも先に進めば、
烏合の衆のようについてくる習性がある。
追い越そうとする者もいたが、たかが数人、殺してしまえば問題ない。
そしていつの間にか、私は王になっていた。
次に考えるのは、金を儲ける方法だ。
戦争を起こしてもいいが、いかんせん持続性に欠ける。
そこでだ、人間が繁殖し続ける限りは半永久的に金が手に入る仕組みを作った。
無意味に繁殖する人間に価値を与える代わりに金を得る、謂わば社会というものだ。
こちらから生きる価値というものをちらつかせれば、こぞってそこに集まり競争し、勝手に金を生み出してくれる。
そしてその金を様々な名目で奪い取る。
本質的なものを見ることができない、他の動物より劣った人間には最適だ。
「どうだ、素晴らしいだろう。これが人間をやめることのできない理由だ」
聞きたくもない長話が終わる。
別にこの話を聞いたからといって、この男に侮蔑を抱くわけでもない。
最初から、こういう生き物だとは知っていたからだ。
「ああ。その素晴らしさを国民らにも教えるといい」
「ん、んん。まぁ、それは困るな。あいつらは自分の騙された馬鹿さ加減を見ずに攻撃してくるからな」
おどけたような態度をとっているが、それが表に出ることはまずないだろう。
狡賢さだけには全幅の信頼を置けるほどだ。
「まぁ、貴様もこちらに片足を突っ込んでいるんだ。いずれ分かる時が来るだろうさ。
安全が保障されたこの檻が、人間の精一杯なのだと」
「私はお前たちみたいにはならない」
もうこれ以上はなすことはない。
踵を返し、部屋を後にする。
「はぁ、本格的に鬱陶しくなってきたな。……あの事業ともおさらばか」
******
とある部屋の前に立ち、ゆっくりとノックをする。
そして一言、私だ、と告げ、扉を開ける。
これはあの子を驚かさないようにする、いつもの決まりだ。
扉を開けると、豪華な部屋の真ん中にポツンと座る少女がいる。
その子は私の姿を認めた瞬間、嬉しそうに抱きついてくる。
「悪い。待たせてしまったな、トルテ」
「———っ!!」
何を言っているのかはわからない。が、その喜びようははっきりと伝わる。
青い髪に長い耳、そして宝石のような大きく薄い緑のかかった瞳。
そのどれもが、醜いものを見た後の癒しとなる。
何も言わずに眺めていると、彼女はしびれを切らしたように私の腕を引っ張り出す。
「ああ、そうだな。いつものやつだ」
鍵盤型の楽器の前に座る。
弾き始めたのはトルテと出会ってからなのであまり上手くはない。
それでも、辻褄の合わない旋律に、彼女は嬉しそうに声をのせていく。
———ああ、美しい。
いや、美しいだけではない、どこか悲哀を含んだその声に、私の胸は締め付けられる。
フォニム族唯一の生き残りである悲しき少女。
この国に私を繋ぎ止めているもの。
いつか、この檻から出ることは叶うのだろうか。




