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#20 復讐者シエル

 月の明かりに照らされた教会の前に佇む2つの影。


 そのうち一つが俺で、もう一つはフィロソフィだ。


 大人数で行うギルド戦だっていうのに、周囲は馬鹿みたいに静まり返っている。


 だけど、その静寂が俺にはとても心地よかった。誰も俺たちを邪魔する者は居ない。ここに居るのは俺とフィロソフィだけ。復讐には最適な場所だとは思わないかい?


 思い返せば、アンタには散々な目に遭わされてきたものだよ。恋人であるアリサを寝取られ、ギルドから追放されたと思ったら冤罪BANまでされた。そのせいで高価なVRヘッドギアが使い物にならなくなっちまったし、俺のコツコツ貯めてきた小遣いもパァだ。そういや悔しくて泣いた夜もあったなあ。


 これまでの思い出を振り返りながら俺は剣を構える。刃が月の光を反射していい感じにきらめく。


「そういやアリサの姿が見当たらないな。あれだけお前にベッタリだったというのに一体どうしたんだ?」


「……黙れ」


「こんなところで現実逃避していていいのかよ? これから忙しくなるぜ?」


「……黙れと……言うとるやろがぁッ!!」


 同じようにフィロソフィも攻撃の構えに入った。


「【三龍刃】!」


 先ほどの攻撃を放ってくるフィロソフィ。今度は3つの龍の残像が俺一人に向かってくる。タイミングよく3回【パリィ】を発動させて受け流す。


「まだまだや! 【シャイニングウェイブ】!」


 今度は光の波が何度も勢いよく押し寄せてくる。範囲も広く、これは躱しきれない。比較的波の少ない場所に移動して、ダメージを最小限に抑える。


「【エリアルペイン】!」


 今度はフィロソフィの放った竜巻状の衝撃波が俺を追尾しながらやってくる。逃げても逃げても追ってくるし、【パリィ】で返そうとしても物理技じゃないのでもろに食らっちまう。


 怒涛の奥義技。これだけで既に満身創痍、息も乱れてるしもう限界です。フラフラになりながらも剣を杖にして何とか保っている状態。


「シエル。俺はなぁ、初めて会った時からお前のことが気に入らなかったんや!」


 そう叫ぶと同時にフィロソフィは息をつかせる間もなく勢いよく斬りかかってきた。


 ガキィィン!


 フィロソフィの重い一撃をどうにか剣で受け止める。ギルド単位での戦力で言えばこちらが上だが、個人戦となると話は別だ。この勝負どうなるかは分からない。受け止めた後もフィロソフィは力を緩めることなく、そのまま剣と剣での押し合いが始まる。


「……それは光栄だな。おっさんに好かれたいと思ったことも無いね! 【フラッシュボム】!」


 壮絶な押し合いの中、俺が素早く魔法を唱えると、フィロソフィの目の前に小爆発が起こる。大したダメージは与えられないかもしれないが、目くらましには十分だ。


「……ぐおおッ!? 目がぁ!」


 一瞬怯んだその隙に俺は教会の中に逃げ込む。教会の中はステンドグラスを通したカラフルな光が床に映し出され、幻想的な雰囲気を醸し出していた。決戦中でなければ思わず立ち止まり、魅入っていたことだろう。


 教会にある細長い木の椅子の影に隠れ、今の内に息を整える。


「ハァハァ……やっぱつええな、フィロソフィは……」


 ヒタ、ヒタ、ヒタ……。


 視力が回復したのだろう。フィロソフィがこちらにやってくる足音が聞こえる。


「なあシエル、出て来いよ。俺の負けや、ここで握手して仲直りでもしようや。ラブアンドピースっていうやろ? おーい!」


 そうやって俺を油断させておびき寄せようとしているつもりなのかもしれないけど、その手には乗らないぜ。フィロソフィは少しの間出てくるのを待っていたようだが、やがて痺れを切らしたのか、不機嫌そうに舌打ちをした。


「ちっ、出てこないつもりか……どうせ椅子の影にでも隠れているんやろう? ならその椅子ごとぶち壊したるわ」


 なんともフィロソフィらしい発想で笑ってしまう。しかしこのままじゃマズいね。ここで待っているだけではやられてしまう。


「……あまり使いたくはなかったけど、やるしかねえな」


 俺はHPを半減することで使える【影潜り】のスキルを発動させる。“影のある場所なら姿を消して水の中のように動きまわることが出来る”というものだ。


 なかなか習得することが出来ないレアなスキルではあるのだが、どうにかギルド戦までに習得することが出来て良かった。前に手に入れた閃きリングのお陰かな。


 椅子の影から、教会の壁の影に飛び移り、そのままフィロソフィの背後まで移動する。フィロソフィは今まさに椅子もろとも破壊するために遠距離攻撃の構えを取っているところだった。


 まさかこの俺が背後にいるとは思うまい。


「【スマッシュ・スラッシュ】!!」


 俺は影から飛び出したその勢いで、フィロソフィの背中に手首のスナップを利かせた強力な一撃を与える。バドミントンの要領だ。


「ぐああああッ!?」


 パァン! というこの技特有の爽快な破裂音と共に、フィロソフィは教会のステンドグラスまで吹っ飛び、大きな音を立てて激突する。そしてそのまま教会の床に叩きつけられたのだった。


『スキル【火事場の馬鹿力】が発動しました』


「【魔力倍増】」


 フィロソフィがぐったりと倒れている今の内に、俺は瀕死状態になったことで使えるスキル火事場の馬鹿力、そして魔力倍増を発動させながら教会の外まで急いで移動する。ここでもいいかなーと思ったけど、念には念を、そこから更に離れた場所に移動して、右手を上げながら叫ぶ。


「……【オートミサイル】発動ッ!」


 その声と共に、俺の仕掛けたいくつもの魔法陣が光り出す。四方から教会に向かって何発もの魔法弾が勢いよく飛んできては激しい音を立てていく。2つのスキルを発動させたおかげで魔力は999とカンスト寸前。その魔法弾は月の光に負けないくらい眩しい輝きを放ち、まるで流星群が降ってきているかのような光景だった。


「はは、すげえや……」


 離れているにも関わらず、振動がここまで伝わってくる。さっきの場所だったら俺も無事では済まなかったかもしれない。


 1分程してオートミサイルの効果が切れる。煙が立ち込めてここからでは様子は見えないけど、フィロソフィが生き埋めになっているといいな。思っているだけでは不安だったので実際に口にしてみる。世の中には言霊っていうのがあるみたいだしね。


 近づいてみると集中砲火を浴びた教会は原型を失い、ただの瓦礫の山と化していた。人々を感動させるあれだけ美しかったステンドグラスも崩れ去り、今では人を傷つける鋭利な凶器に成り下がっていた。現実世界に魔法があったらこんなことが頻発するのかしらとか思いながら、踏まないように気をつけて瓦礫の上を進む。


 足場の悪い瓦礫の上を歩いていると、どこからかうめき声が聞こえてきた。声のした方を見やると、フィロソフィは言霊のお陰なのか知らないけど、俺の願望通り生き埋めになっていたのだ。


 見るも無残な光景だ。瓦礫の僅かな隙間から顔を見せるフィロソフィは自力で抜け出す体力も残っていないのか、その場でジッとしているだけだった。俺がずっと倒すと誓ってきた相手がこんな醜態をさらしているのを見ると、なんだかすべての物事が滑稽に思えてしまう。まさに大逆転ってやつだね。


 俺はフィロソフィを見下ろす形でしゃがみ込む。まるで和式便所に向かって話しかけているような形になる。


「あさださん、這い蹲るのはそっちの方でしたね。今の気持ちはどんな感じですか?」


「へっ、最高の気分やな……俺がアリサと、未成年の少女と関係を結んでいたことが生放送で流され、ネットでも拡散させられた。そのお陰でギルドメンバーやフレンドにも見放されるし、今まで築いてきた人間関係も一気に崩れ去ったわ。その上、一発でも噛み付いてやろうとした相手に何も出来ずにこのまま終わってしまうんやからな。お前さんにはホンマに散々な目に遭わせられたもんやな……」


「ふうん、それは大変でしたね。大体悪いことしたのはそっちの方だし、因果応報ってやつですよ。それなのに被害者面しているのが気にくわないなぁ。散々な目に遭わされたのはこっちの方だっていうのに」


「な、なんやと……?」


「……ああ、言っても分からないか。じゃあヒントだ。シエルはフランス語で空。空を英語で言うと何になる?」


 フィロソフィはポカンとした表情でこちらを見つめてくる。分からない、というよりはまだ現実が呑み込めていないのかもしれない。俺は立ち上がり、フィロソフィに向かって力強く言い放つ。


「フィロソフィ、お前はアカウントを凍結させたことですっかり勝った気でいたかもしれないが俺は地獄から這い上がり、ついにここまでやって来た! お前を打ち倒すためにな!」


 口調を変えて一気に捲し立てる。流石のフィロソフィもこの展開は予想していなかったようで、目を白黒とさせている。ようやく気付いたようだ。


「……っ! んなアホな……お前が、お前がスカイだって言うんか!」


「ご名答」


 俺は拍手の代わりに剣を取り出してフィロソフィの喉元に突き付けてやる。


「……な、なるほどな、なんか似ていると思ったらそういうことだったんか……」


 まるで本当に殺されてしまうかのような、最高の絶望の表情を見せてくれるのだからこちらとしてもやりがいを感じてしまうってもんですよ。


「今日はギルド戦に来てくれて本当にありがとうございました。現実世界では今ごろ援助交際の証拠詰め合わせパックが奥さん宛で届けられているんじゃないかな。ギルドでもお世話になったしね、俺からのプレゼントですよ」


「……な、なに言うとんねん、俺んちの住所が分かるはずないやろうが!」


「嘘かどうかはログアウトしたら分かると思いますよ。それにしても残された家族の人が可哀想だよなあ。息子さんなんて一生“未成年に手を出した犯罪者の子供”という肩書きを背負わされるだろうし、奥さんだって近所の人に後ろ指差されながら生きていくことになるんだ。そのうち気が変になってしまうんじゃないか? そうなったら全部お前のせいだけどな、ケンゾウ! お前は一生恨まれながら糞みたいな余生を過ごすことになるんだ!」


「わ、分かった……俺が悪かったからもう止めてくれ……」


「俺が言うのをやめたって、現実はお前をどこまでも追ってくるぜ? DOMの世界では運営からRMTの調査が入り、フィロソフィというアカウントはスカイと同じように永久凍結される。それだけじゃない、現実世界では未成年の少女を買春したことでお前はそのまま逮捕されるだろう。お前が逃げられる場所はもう無いんだ」


「……あ、あぁ、あああぁぁぁぁぁ……ッ!!!」

 

 フィロソフィはいい大人だっていうのに、大声で泣き始めた。大きな赤ん坊という表現がしっくりくると思う。ようやく自分のやってきたことの重大さに気が付いたようだ。落ち着いた頃を見計らって俺はこう尋ねる。


「これがお前と話す最後の機会になるだろう。何か言いたいことはあるか?」


 処刑前の死刑囚ではないけれど一応聞いてみた。

 散々泣き叫んだ後のフィロソフィは全てを諦めたような表情で、それはまるで棺の中から見せる死人の顔にもよく似ていた。


「最後の言葉か……。俺はな、誰かに認められたくてこのゲームを始めたんや。誰もが憧れるファンタジー世界で俺はトップにまで上り詰めた。そうして自分でギルドも作った。セレスティアスは俺の王国やったわ。みんなからチヤホヤされて、そんなの初めての経験で最高に楽しい毎日やったなあ」


 そう一人で語り出すフィロソフィは今までに見たことも無いほど安らかな口調で、どす黒いものが全て抜けきったようにも感じられた。だがそれも一瞬。その表情は再びどす黒いものに染まっていく。その口から出てきたのは憎悪の言葉だった。


「なあ、スカイ。俺はお前が憎かったんや。突然俺のギルドに入隊してきた屈指のトッププレイヤーで、可愛い恋人も居て、入隊してすぐだっていうのにギルドメンバーとも上手くやっていた。おまけにまだ高校生や。漫画やゲームやったらコイツが主人公なんやろなあって思ったわ。おっさんの俺からしたら若いお前は完全に上位互換の存在で、俺の勝るところなんかこれっぽっちもない。案の定、俺を慕っていたギルドメンバーが次第にお前の方に流れていったしな。それを見ている俺の気持ちが分かるか? この世界が唯一の安らぎの場やったのにそれが崩壊していくんや。この世界だけが生きていると感じられる場所やったのにそれが崩れていく。俺は悔しかった。お前が憎かった。だからお前にとって大切な存在であるアリサを寝取ってやったんや。お前の絶望する顔が見るためにな! そうそう、お前が追放されたときの声ホンマに最高やったで! 最高過ぎてアリサとセックスしているとき以上の快感やったわ! アリサは純愛とかアホみたいなこと抜かしよったけど、アリサなんかお前を絶望させるためのただの道具に過ぎん。それにアホやから簡単に切り捨てることも出来るしな。スカイも居なくなって、これでまた幸せな日常が戻ってくると思っていた。俺の王国に戻すことが出来たと思っていた。……なのに、なのに、お前は戻ってきた! 俺の日常を、人生をまた滅茶苦茶に壊して戻ってきた! もう何もかもが滅茶苦茶や! なあ、教えてくれよ、俺の人生ってなんだったんや? 俺は幸せにはなれないっていうんか!?」


 それは俺に対して言っているのではなく、まるでこの世界を恨んでいるような言い方だった。いい歳したおっさんがこんな事を言っているなんてあまりにも馬鹿馬鹿しくて笑う気にもなれなかった。


「……それが、アリサを寝取って俺を消した理由か。くだらないな。上位互換なんかじゃなくても、お前にはかけがえのない家族が居たはずだろう?」


「せやな、こうして口にするとアホみたいな話や。やけど俺にはそうすることしか出来なかったんや……」


 フィロソフィは自分で言いながら本当に悔しそうな顔をする。しかしどんなに悔もうとももう遅い。進んだ時間を巻き戻すことは出来ないんだ。


「フィロソフィ、これで終わりだ。……恨むなら俺じゃなく、自分の行いを恨んで生きていくんだな」


 迷いは無い。俺はフィロソフィの首に剣を突き刺して、この戦いを、この復讐を、全てを終わらせる。


 …………。


 音のしない、静かな一撃だった。


 フィロソフィの持っていたフラッグが俺の手に移り、それと同時にタイムアップのホイッスルが鳴る。


 結果は俺たちの勝利だった。

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