#18 決戦前
放送終了後、キャラクターチェンジの為にログアウトして現実世界に戻ってきた。するとまあ、タイミングよくスマホが鳴っているじゃないですか。
スマホを手に取り、誰からなのか確認するとそれはアリサからだった。無視しようかとも思ったけど一応出てやる。
『ちょっとスカイ、生放送見たけどこれはどういうこと!? 約束が違うじゃない!』
電話に出るなりキンキン声でアリサに叫ばれる。うるさくて思わずスマホを耳から離してしまったよ。
「おいおい、約束っていうのは俺のアカウントをBANさせたことに対して告訴しないってことだろう? 生放送はヤミキンが勝手にやったことだ。俺は何も約束を破っていないぜ。その約束を忘れているようなら、その時の会話もアップロードしてやろうか?」
『や、やめて……! 私が言いたいのはあんな会話する必要なかったっていうことよ! あの会話が生放送で流されて……これじゃあ学校退学になってしまうじゃない! そして親にもバレて……いやあ!』
鼻をすすりながら涙ぐんだ声でアリサはギャーギャーと喚いている。哀れなことこの上ない。
「おっと、一応言っておくけど、俺は2人の行いについて何も喋っていないぜ? あれはフィロソフィが勝手に喋り出したんじゃないか。そしてその会話がたまたまヤミキンに撮られていただけだ。責めるべきはフィロソフィだと思うな」
『そ、それはスカイが誘導するように言ったからでしょう!』
「知らないな。そもそもお前たちがそんなことをしなければ良かっただけじゃないのか?」
俺がそう問いかけるのだけど、アリサは心ここに在らずと言ったところか、おいおいと泣き始めて俺の言葉は全く届いていないようだった。
『……ああ、もう私はどうしたらいいの! ねえ、スカイ助けてよ!』
「助けを求める相手が違うな。お前の恋人はフィロソフィさんだろう? ゆっくり話し合えばいいじゃないか。これからの底辺生活の仕方についてさ」
そう嗤ってやると、アリサは壊れたように助けて、助けて……と繰り返すだけの機械になってしまった。会話もままならないので電話を切る。
その後も着信は続いたが、俺は無視することにした。こういうときだけ連絡を寄こすなんて本当に自分勝手なやつだと思う。
≪シエルの家≫
「生放送見たよ。フィロソフィって本当にサイテーなやつだったんだな!」
俺の家のソファに座り、まるで自分のことのように怒るもちこ。ハロルドの件もあってか、もちこのフィロソフィに対する憎しみは人一倍だ。
「アリサさんがあんなことに巻き込まれていたなんて……」
ユリアが心配そうに呟く。そういえばユリアもアリサとフレンドだったね。巻き込まれていたというよりは、自分から突っ込んでいったというのが正しい表現なんだけど、訂正を入れられないのが歯がゆいな。
一方モフモフはこの件については大した興味が無いのか、俺の出したお菓子を一人で平らげている。元々現実世界のことに関心が無く、「なんか面白いイベントが発生した」程度に考えているんだろう。
「俺は明日、なんとしてもフィロソフィを打ち倒したい。力を貸してくれ、ユリア、もちこ、モフモフ」
「もちろんです。私はシエルさんに付いていくと決めましたから」
「当たり前よ!」
「モグモグ……わかったー!」
3人の意思を再び確認し、俺たちは明日に備える。
◆
8月1日 ギルド戦当日。
セレスティアスとギルド戦を行うために、俺は都合のつくギルドメンバー80人と共に集合場所である帝都アルケディアの広場に訪れていた。この前の生放送に加え、昨日の生放送で盛り上げたこともあってか多くのギャラリーが集まっている。宣伝効果はバッチリっていうわけだ。
「フィロソフィ、来るのかな?」
俺の隣でもちこが呟く。俺は「さあな」とだけ言っておいた。
正直、俺としてはギルド戦が行われようが行われまいがどっちでも良かった。フィロソフィが来ないなら来ないで「アハハ、フィロソフィは逃げ出したんだ、無様なやつ!」って大声で笑ってやればいいし、来たら来たで思い切り叩き潰してやればいい。でもどっちかつうと来てくれた方が面白いし盛り上がると思うな。ラスボスと戦わずして勝つっていうのはちょっと消化不良な気がするしね。例えばほら、学校を卒業するのだってわざわざ卒業式に出なくてもいいみたいだけど、卒業式に出席した方が卒業したって感じがするじゃない。これはいわゆる様式美ってやつなんだ。その為に今までフィロソフィを通報しないであげたんだから、これには感謝するべきだと思うな。
そして今日、お待ちかねの証拠の入った郵便物が奥さん宛でフィロソフィの家に届けられる。フィロソフィがゲームをしている間に奥さんがその郵便物を開けちゃったりして「これは何……? この写真に写っているのはまさかパパ!? 嘘よ、そんな……」ってな感じで泣き崩れるんだ。家庭崩壊と人生の終わりを告げる破滅の音が近づいてきているんだけど、フィロソフィはそれに気付いているのかしらん。
「……おい、来たらしいぞ……」
「うわー、犯罪者の登場かよ!」
そんなことを考えていたら突然ギャラリーが盛り上がり出した。一体なんだなんだと、つま先立ちでざわめきの起こっている方を見てみると、フィロソフィが罵声を浴びせられながらこちらに歩いてきているところだった。あれだけ讃えられていた人物が、生放送以降すっかりフィロソフィ=悪の図式が成り立っているのをみると、インターネッツって怖いなあって思う。
俺はフィロソフィの元に歩み寄り、満面の笑みを作って手を差し出す。けれど、フィロソフィは手を伸ばすことなく不機嫌な表情を見せているだけだった。連れてきたギルドメンバーも俺のギルドメンバーの半分ほどで、大した戦力にはならないだろう。でも油断はしないよ。ここで負けたらカッコ悪いからね。
「白黒ハッキリつけようや」
フィロソフィの言葉はそれだけだった。言葉だけ見れば何とも男らしい。
「白黒って、あんたの行いは黒ってはっきり出ているじゃないか。こんなところに顔出してる暇はあるのかよ?」
「やかましい!! テメエの苦痛に歪む顔を見ねえと気が収まらないんや!!」
フィロソフィは煽りに対応する余裕も無いのか、感情的にそう叫ぶだけだった。勝てないと思っていてもせめてひと噛みくらいしてやりたい。その気持ちは分からないでもないよ。
「シエルー! あんなネカマ野郎倒しちゃってくれー!」
「フィロソフィをメッタメタにしてやってくれよ!」
「犯罪者を許すな!」
周囲からそんな声が飛んでくる。俺たちはエンターテイナーとしてその期待に応えなければならない。
「ギャラリーも楽しみにしていることだろうし、早速始めようか」
「始めるんやない、終わらせるんや」
「お前はもう終わっているけどな、ププ」
「この野郎、調子乗りやがって……」
そんな会話を交わしながら俺たちはギルド戦専用マップへと転送されていく。




