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第二十三話 兆し

 爽やかな風が吹き抜け、新緑を揺らす。

 穏やかな日差しが照らす昼下がり、停留所に馬車がリリーさん達を乗せてやってきた。

 一台では乗り切らないので往復させる予定だったのだが、ヒザヤ閣下のご厚意により一回で済んだのは幸いだった。


「よろしくお願いします」

「「「「「「「「「「よろしくお願いします!!」」」」」」」」」」


 彼らはこれからダンジョン運営の手伝いをしながら学習し、成長後は正式にダンジョンに就職する予定だ。

 行く行くは彼らの中から各地のダンジョンの管理人を選抜する予定となっている。

 その事を知らされているおかげか、彼らの瞳に不安の色はなく、むしろ希望に輝いているように見えた。

 うう、なんか眩しいなぁ。


「ん、よろしゅーな。うちがレオの婚約者のベル・フォン・モブキャラクターや。気軽にベルって呼んでな?」

「ミルフィー・フォン・ミューゼルですわ。お兄様の妹です」

「シンディーです! レオ様の幼馴染です! よろしくです!」


 各々が自己紹介をしていく。

 ……、何やら悪寒が走ったが気のせいだろう。

 アルと竜牙さんの紹介を終えるとシンディーが一歩前に出る。


「それでは案内するので付いて来て下さいです」

「はい、ありがとうございます」


 リリーさんたちは案内され孤児院へと向かっていった。

 孤児院と行っても宿泊施設の他に教室を設けただけのものだ。

 彼らは午前中は勉強、午後からはダンジョンの手伝いをしながら日々を過ごしていくことになる。


 ある程度成長したらどのようにダンジョンに関わっていくか面談する予定だ。

 ダンジョンに就職すると一言に言ってもやることは多岐にわたる。

 個人の特性に合わして配置しないと効率が悪いのだ。


「ふむ……あれは……」

「竜牙さん?」

「いえ、なんでもありませんよ」


 リリーさん達の後ろ姿を見ながら竜牙さんが何か呟いた気がしたが聞き取れなかった。

 まぁ大したことではないのだろう。

 さってと、仕事仕事っと。


◆◆◆

◆◆


 その日の夜、竜牙さんと久しぶりに飲み交わした。

 ダンジョンのボスルームの片隅にあるテーブルに差し入れの料理を広げる。

 そしてお酒も少々。

 彼の持つゴブレットで飲むと不思議とお酒が美味しく感じるんだよな。


「そう言ってもらえるとうれしいですね。この杯、それなりに希少なものなんですよ」

「お酒が美味しくなる魔法でもかかっているんですか?」

「まぁ似たようなものですよ」

「ほー、それだと料理が美味しくなる様な皿もあったりするんですかね?」

「さて、どうでしょうか? この杯にご飯を入れてみますか?」

「いえ、流石にそれはやめておきますよ」

「面白そうなんですけどねぇ」


 ご飯にも器にも失礼な気がするからなぁ。

 食事関係のことには俺は十分な敬意を払いたい。


「ところで、DPは溜まっていますか?」

「んー、あー、そうですねぇ……」


 言われてみて思い出した。

 最近忙しすぎて全く見てなかったんだよな。

 メニューを開き、DP残高を確認する。


「おお……」


そこにはかつて無いほどの大金ならぬ大DPが表示されていた。


「いちじゅうひゃく……、億、八億五千万……」


 確かゲートのDPは十億だったよな?

 後一億五千万DPで帰れる、帰れるんだ!!


「おほっ!」

「その感じですとかなり溜まっているようですね?」

「ええ、はいっ!!」

「それで、帰るのですか?」

「そりゃもち……ろん……」


 帰る、帰る、か……。


「……」

「それでしたら、準備が必要でしょうね」

「準備、ですか?」

「ええ、君がここまで広げた大風呂敷です。畳むのは君の義務でしょう」


 そして責任、だな。

 ダンジョンの運営、それは俺が要となっている。

 俺が居ないと成立しない。

 いや、俺のギフトなしには成立しないのだ。


「ああ、安心して下さい。君のお陰で私もかなり力を回復できました。君が居なくなったとしても、ダンジョンとゲートは維持して差し上げますよ」

「……、ありがとうございます」

「いえいえ、むしろ私が感謝しなければいけないでしょう。全盛期には程遠いですが、まさかこんな短時間でここまで力を回復できるとは思っても見ませんでした」


 なら、俺が居なくても、ベル達や冒険者が路頭に迷うこともない、か。

 残り一億五千万DP、今のペースだと貯まるまで後一ヶ月と行ったところか?

 それまでに全てを綺麗に片付ける必要があるわけか。

 ダンジョン絡みの不安がないのなら、今ならまだ決定的な(しがらみ)はまだ無い。


「少し、考えさせて下さい」

「惰性で物事を決めてはいけませんよ。自分の頭で考え、自らの意思で選ぶのです。それが人の……、いえ、これ以上は蛇足ですね」

「いえ、ありがとうございます」


 俺が居なくなったら皆悲しむかな……。

 この世界に来て十五年以上、積み重ねたものは元の世界に迫る。

 ダンジョンを始めたのは元の世界に戻るためだったが、今ではどうなのだろう。

 戻りたいか戻りたくないかで言えば当然戻りたい。

 しかし家族を、仲間を捨てて戻るのかと言われれば即答しかねる。

 元の世界の家族や仲間は本物だが、こちらの世界の家族が偽物というわけではないのだ。


「どうすれば……」

「まぁ時間はあります。今日のところは飲みましょう」


 竜牙さんに促されるままに杯を呷る(あおる)

 そして夜は更けていった。


◆◆◆

◆◆


「いっつつ……」


 ん、ここは……。

 そうか、昨日は竜牙さんと飲んでてそのまま……。

 起き上がり、かけられていた毛布を畳むと珈琲の香りが鼻腔を刺激した。


「お目覚めですか?」

「あ、はい。お邪魔しました……うっぷ……」


 湯気の上がるカップを手に竜牙さんがやってくる。


「おや、二日酔いですか?」

「竜牙さん、情けないのですが……」


 せっかく珈琲を持ってきてもらったが、ちょっと飲める気がしない。


「はは、仕方がありませんね。どうぞ」

「これは?」


 竜牙さんは珈琲をテーブルに置くとどこからともなくゴブレットを取り出し、これまたどこからともなく取り出した水差しでゴブレットへ透明な液体を注ぐ。


「はい、レオ君。騙されたと思って飲んでみてくださいな」

「はぁ……?」


 ゴブレットになみなみと注がれた透明な液体を一気に呷る。


「ごくっ、ごくっごくっ……ぷはぁっ……」

「どうです?」

「美味い……」


 爽やかさと心地よさが体中を駆け巡り、溜まった澱を押し流す。

 頭にかかっていた靄も晴れ、意識が完全に覚醒する。


「それは良かった」

「これ水、ですよね?」

「ええ、昨日使った物と同じ杯ですよ。ただの水でもとても美味しくなるんです」

「それに二日酔いも楽になったような気がします」

「少しですが体調を整える効果もあるんですよ」


 その後朝食もご馳走になり事務所に戻ると何やら妙な雰囲気が漂っていた。


「どうしたんだ?」

「あ、レオ、何処行ってたん?」

「昨日は竜牙さんところで飲んでたんだ。朝食もご馳走になったから大丈夫」

「そっか。これ、見てや」

「ん……?」


 ベルから手渡されたのは封筒だった。

 そして封蝋には、王家の印が。


「……、読まずに捨てちゃダメかな」

「死にたいん?」

「死にたくはないなぁ……」


 しかしどう考えても面倒事の臭いしかしない。

 途中で紛失したとかに出来ないものか。


「ちなみに、ついさっき王家の使者の方からうちが直接受け取ったから何も言い訳できへんで」

「おおぅ……」


 仕方ない、諦めて目を通すか。


「んじゃベル、一緒に見ようか」

「だめやでー、宛先、レオだけになっとるし」

「むぅ」


 誰かこの不幸を共有したかったのだが。

 所詮自分を助けるのは自分だけということなのだろうか。


「それじゃ見てくるわ……」


 色んな意味で重い封筒を手に、俺は自室へと向かった。



「あー、王都へ来いってことかな」


 封筒の中に収められていた手紙を要約するとそういうことらしい。

 迂遠な書き方であるものの、ラーダス男爵からの抗議があったことも記されていた。


「王都、ねぇ」


 王都に行ったところで直接陛下に面談するわけでもないからなぁ。

 観光がてら行ってくるのもありかな。

 幸いヒノキノボウの近くのダンジョンまではゲートが開通してるから普通の馬車でも片道十日程度だろうし。


◆◆◆

◆◆


「そんなふうに思っていた時もありました」


 ヒノキノボウから街道を抜けて王都へ向かう道中。

 昨日から続く雨で足元が緩んでおり、視界も悪い中のことだった。

 モブキャラクター家の領地内ということもあり若干油断していたのが悪かったのだろうか。


「レオ! 呆けてる暇があったら頭下げて!!」


 ひゅんっ!


 俺の頭上を矢が掠める。


「うおっと!?」


 はい。俺達は今、襲撃を受けています。

 チンピラ? 盗賊?

 いいえ、違います。

 街道の前後に整然と立ちふさがる彼ら。

 立派な鎧にキレイな剣。

 そして掲揚されるはラーダス家の家紋。

 ……、まてやこら。


「完全に戦争じゃねーか」

「包囲されていますね」


 馬車を倒して簡易の陣地として籠城戦をするも援軍の宛もなし。

 街道を逸れて森に逃げ込もうにもそちらにも兵が配置されているようだった。

 恐らく弓兵だろう。


 くそ、何かいい手は……。

 俺だけならともかく、アル達はどうにか逃さないと……。


「レオ、僕達が血路を開く。君だけでもどうにか逃げるんだ」

「は? 何を言ってるんだ?」

「良いかい、彼らの勝利条件は君を殺すことだ」

「……」

「そして僕らの勝利条件は君を生きて逃がすこと。君さえ生きていればどうにでもなる」

「お前達はどうなるよ……」

「しっかりしろよ! レオポルト・フォン・ミューゼル!!」


 今まで見たこと無い形相でアルが俺の胸ぐらをつかみ叫ぶ。


「!?」

「レオは生きなきゃいけないんだよ! 何が何でも! レオは! レオは僕達の希望なんだ! だから! 頼むから! 生きてくれ!!」

「でも、でも……」

「僕達だって死にたくない。君が逃げてくれれば彼らは僕達を殺す理由もない。 それなら生き残れる可能性がある」


 そんなはずはない。

 俺だけ逃げたところで口止めに殺されるはずだ。

 そんなこと、わかっているだろうに。


「頼むから……」


 アルは手を下ろすと力なく呟いた。

 俯き震えるアル。


「くそっ……」


 何か、何か無いのか?

 メニューを開き、漁る。

 ダンジョンは……、ダメだ。離れすぎていて繋げられない。

 アイテムは回復ポーションとかはあるが現状を打開出来るようなものはない。

 どうする、どうすればいい!?


「レオ!! 危ない!!」

「なっ!?」


 走馬灯とでも言うのだろうか。

 メニュー越しに矢がバリケードの隙間からゆっくりと俺に向かってまっすぐ向かってくるのが見える。

 アルが間に入り込もうと動き出すがもう間に合わない。

 ここで、終わりか。

 皆、ごめん……。

 俺は目を閉じるとその時を待った。

お読みいただきありがとうございます。

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