第二十二話 置いてきぼり
夕暮れ時、虫と鳥がなく声が遠く聞こえる。
朱に染まった絨毯に一つ、影が伸びる。
虫と鳥の声にまじり、嗚咽が風にのって流れてきた。
「ひっく……、も……よ……。誰か……、助け……」
夕闇に消えようとした助けを求める声が指の間からすり抜けそうになり。
しかし俺はつかむことに成功した。
「あ、あのー……」
「はっ、はいっ!!」
慌てて目元を拭いこちらを向いた彼女の目は、真っ赤になっていた。
夕日が差していることもあり、なんだか蠱惑的な……、いやいや。
「えーっと、大丈夫ですか……?」
「いえ、その……」
ラーダス男爵が自領に帰った直後、停留所にはリリーさんが残されていたのだ。
「一体何があったかお伺いしても?」
「すんっ……、その……、主人の危機に助けにこない様な、女は要らないと、すんっ、置いて行かれて、すんっ……」
Oh……。
いや、むしろ彼女だけ助けに行こうとしていたんだけどなぁ。
他の兵士や騎士が諦めた中、彼女だけは私物を売って入場料を作ろうとしていたのに。
まぁ、彼女の私物で値段が付くようなものはなかったのでどうしようもなかったわけだが。
それにしても……。
「ぐすっ……、私が、私が悪いのです……」
「いや、そんなことは。というか、普通にもう逃げても問題ないのでは?」
「そういうわけには、行かないのです……」
とりあえず停留所の椅子に座り、彼女の話を聞きながら慰めること一時間。
中々にきつい話を聞かされたぜ……。
なんでも彼女は孤児院の面倒を見ていたのだが、実家の騎士爵家が事業に失敗しお金に困っていたそうだ。
そんな中、豚、もといラーダス男爵から救いの蹄が伸ばされたらしい。
「その代わり、私はあの方のところに嫁ぐことになりまして……」
よくある話といえばよくある話なのだが、騎士爵家とはいえ貴族は貴族。
それも長女を売るような話になるだろうか。
「事業出できた借金も、ラーダス男爵家から借りたもので……。あの方は私に執心されておりましたから……。私だけが我慢すればそれで皆が幸せになれると……」
なるほどね、それで自分から嫁ぐと言ったわけか。
そうなると両親も断りきれないわな。
それにしても金貨百枚借りて半年後に金貨二千枚以上返せとは。
とんでもない暴利だなぁ。
「それに私が嫁がないと、孤児院の子供達を奴隷にすると……」
……、豚、マジで豚だわ。
「これから、私はどうすれば……」
「……」
俺は立ち上がると少し考える。
義を見てせざるは勇なきなり、だよなぁ。
人手も足りないし、信頼できるスタッフは欲しい。
小さいうちから面倒を見てれば裏切られる心配もないだろうし。
うん、言い訳終了。
「嫌じゃなければですけど、俺のところに来ますか?」
「はい……?」
「孤児院ごと、面倒見ますよ」
「で、ですが……」
「なに、これでもそれなりに甲斐性はあるつもりです」
「よろしいのですか……? その、ベル様にも許可がいるのでは……?」
なんでベルがそこで出てくるんだ?
ああ、家計も関係してくるからか。
まぁ、後で怒られるかもしれないが収入は十分すぎるくらいだし問題ないだろう。
「大丈夫ですよ。俺に任せてもらえませんか?」
そう言って俺は彼女に向かって手を差し伸べた。
頬を伝う涙に込められた思いは、安堵のものか。
「え、えっと、その……。不束者ですがこれからよろしくお願いしますね……?」
あれ? なんか意味合いが違うような?
一瞬困惑した俺に彼女はおずおずと手を伸ばし、そして俺の掌に熱が伝わる。
「あの……?」
不安に染まった瞳が俺を見つめる。
「え、あっ、はい、任せてください」
とりあえず今はいいや、とにかく孤児院の引っ越しと彼女の実家の支援をしなければ。
それがあの豚野郎への意趣返しにもなるだろうしね。
◆◆◆
◆◆
◆
夜中の事務所はとても静かだ。
なにせもうダンジョンの営業時間は終了しているのだから。
リリーさんの両親宛の手紙を認め一息つく。
彼女はとりあえず宿屋に宿泊してもらい、明日送り出す予定だ。
その後は孤児院の子供達の宿泊施設とかを作らないとな。
今の事務所に併設されている宿泊所だけではとても収容しきれないし。
竜牙さんに相談したところ、全力で協力してくれるとのことだったので建設は十分間に合うだろう。
子供達の移動にしても手持ちの馬車を往復させれば良いわけだし。
費用にしてもダンジョン運営の手伝いをしてもらえれば問題ないはずだ。
現状猫の手も借りたい状態だからね。
そんなことを考えているとランプが二つの影を作り出していることに気がついた。
一つは俺、そしてもう一つは……。
「ほ~ん」
事務所の床に何故か正座させられている俺。
そして椅子に座り机を指で叩きながら俺を見下ろしているベル。
どうしてこうなったのか。
「あ、ああ。孤児院の子たちをスタッフとして雇うおうと思ってさ」
真実である。
「それで?」
「信頼できるスタッフが欲しかったところでもあるし……」
他意はない。
「それだけ?」
「……、ああ、それだけだ」
いや、本当にね?
「そないか」
「分かってもらえたかな?」
「そやなー」
良かった、人と人は理解し合えるんだ。
言葉と言葉を交わすことで。
お互いの気持を、思いを伝えあうことで。
「このあほんだらああああああ!!!」
肉体言語も言葉といえるのだろうか?
そんなことを天地逆さまの世界で考えた。
はてさて、これは夢か?
いや違う、頬の熱がここが現実世界であることを教えてくれる。
そして天地逆さまの世界は横に倒れ、俺の意識は暗転した。
◆◆◆
◆◆
◆
ん……。
朝、か?
見覚えのある天井、そして床。
……、床?
それにしても今朝は随分と騒がしい気がする。
そしてなんだか首が痛い。
寝違えたのだろうか?
「いい加減、そこ退いて欲しいです」
「ん、ああ……?」
「お兄様、聞こえていますか?」
「お、おぅ……」
体の痛みを抑えながら立ち上がり辺りを見回す。
既に事務所には冒険者が溢れ、俺に訝しげな視線を送ってはダンジョンへと進んでいく。
「一体何が……」
「あ、レオ、起きたんだ?」
「アルか。おはよう?」
「うん、おはよう。早く仕事に入ってくれないかな?」
「そうだな……」
はっきりしない頭のまま机について書類に手にする。
そして珈琲に手を伸ばすが手が空を切る。
「あれ?」
最近は俺が席につくと同時に珈琲が用意されていたのだが。
「えーっと?」
周囲を見渡すも皆忙しそうにしている。
まぁ、いいか。
自分で珈琲を淹れるのも悪くない。
「ふぅ……」
しかし、なんで事務所で寝ていたのだろうか。
いっつ……、思い出そうとすると頭が痛くなるな……。
風邪引いたかなぁ。
どすんっ。
頭に手をやる俺の前に書類が山と積まれた。
「これ、今日の昼までに頼むで」
「おぅ。って、結構量があるな。お昼って後どれくらいだ?」
漸くはっきりしてきた頭を振り、何故かひりつく頬に手を当てながらベルに問いかける。
「んー、あと一時間ってとこやな」
「一時間でこれを?」
「今まで寝てたんやからしゃーないやろ?」
有無を言わせぬ笑顔とはこのことか。
なぜかは分からないが不機嫌みたいだし、大人しく言うことを聞いておいたほうが良さそうだ。
その日、当然の事ながら俺は昼飯抜きとなるのだった。
「……」
「……」
「……」
「……」
夕方、営業終了後のミーティングの席は沈黙に支配されていた。
誰も俺と目を合わせようとせず、他所を向いている。
ベルに至っては昨夜と同じく机を指で叩きながら時折ため息を付いていた。
「そろそろ機嫌を直していただけないでしょうか……」
「別に怒っとらんでー?」
「ですー」
「ですわー」
いや、だったら目を合わせてもらいたいのですが……。
「まぁまぁ、レオも反省してるみたいだし、そろそろ許してあげたら?」
「許すも何もなぁ」
「ベル……」
「……、あーもー。わかった、わかったっちゅーに」
アルの執り成しになんとかベルも矛を収めてくれた。
それに倣ってシンディーとミルフィーからの刺々しい視線が収まる。
「うん。レオもあまり軽はずみな言動は控えてよ?」
「すまん、つい」
「見捨てておけなかったんやろしなー」
「レオの良いところでもあるからね。でも本当に気をつけてよ?」
「ああ。わかってる」
今回の件で完全にラーダス家とは対立してしまっただろうし。
ヒザヤ閣下にも迷惑をかける事になるかもしれない。
軽はずみと言われても仕方がないことだったと思う。
「……、あかんな、理解しとらんわこれ」
「え?」
「まぁええわ。それも含めて許したる」
「あ、ありがとう?」
「はぁ……」
ベルは溜息をつくと諦めたように首を振った。
「よかったんです?」
「しゃーないわ。レオはこういう奴ってのはわかってることやし」
「お兄様ですものね……」
釈然としないが、許してもらえたなら良しとしよう。
「それで、リリーさんだっけ?」
「ああ。ベルから聞いてると思うけど、どうもラーダス男爵に嵌められたみたいでさ」
「それに孤児院ね……」
アルが少し視線を落とす。
現状、孤児院に人員を裂けるほどの余裕がない事を気にしているのだろう。
だが安心して欲しい。
「リリーさんが責任を持って管理してくれるらしいから手間はかからないと思うよ」
「彼女もこっちにくるわけだ」
「当然そうなるな」
俺としても定住者が増えることは歓迎だしね。
安定したDP収入を増やすのは必須だから。
「レオ、そのうち刺されるよ?」
「注意しとくよ」
婚約者に逃げられ顔を潰されたラーダス男爵がこのまま黙って引き下がるとは思えないしね。
ダンジョン間を繋げるゲートが出来たせいでラーダス男爵家の収入も落ち込んでると聞くし。
その後、孤児院の建設は今週中に終わらせて引っ越しは再来週を目処に行うこととし、リリーさんの実家への支援はヒザヤ閣下と相談してからとなった。
◆◆◆
◆◆
◆
「そういうわけでラーダス男爵家と完全に対立することとなってしまいました。申し訳ありません」
「謝ることなんてありませんよ。むしろよくやってくれましたね」
ヒザヤ閣下もリリーさんの実家の窮状は知っていたが、立場上動けなかったらしい。
それを俺が解決し、さらにラーダス男爵の顔を蹴っ飛ばしたのは痛快だったようだ。
リリーさんの実家の借金はとりあえず俺が肩代わりすることで決着がついた。
金貨二千五百枚は小さくはないが、ゲートのお陰で潤っている俺に出せない額ではない。
後に引きずるのも嫌だから一括で払ってやったよ。
「これでレオ君、君の評価もぐっと上がったと思いますよ」
「そうですか?」
「ええ。こういう時、気前よくお金を使うのも貴族の嗜みですしね」
見方によっては対立している相手をも助ける器の広い貴族だと思われるらしい。
ゲートが出来たことでラーダス家が困窮しているのは噂になってたみたいだし。
「それにしても、一括とは中々豪快ですね?」
「ええ、まぁ」
お金を持ってても使う当てがあまり無いから死蔵してたということもある。
道路の整備もモンスターの手を借りて行ったのでほとんどお金はかかってないんだ。
こういうのって経済的にも良くないみたいだし、これからは少し意識してお金を使っていったほうが良いかもしれない。
お読みいただきありがとうございます。
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