百合子嬢、舞台に立つ
大変お待たせ致しました‼
新章開始です。
『愛憎の華』は、“愛憎渦巻くラブロマンス”と銘打って少女漫画雑誌で連載されていた。
ストーリーには、様々な人間の思惑や陰謀が交錯している描写があるのだが、いかんせん作者がアレなものだから、そう言った伏線っぽい描写するだけして、最終回を迎えてみれば、伏線全無視して、主人公である百合子嬢がイケメン達に溺愛されるラブイチャコメディがメインだった。
……愛憎渦巻くは何処行った。
そのイケメン達とのラブイチャの舞台となるのが、此処聖樫学園である。
……正確には高等部であるけど。
何故、改めてこんな話をしてるかと言うと。
遂に、百合子嬢が舞台に立ったからだ。
聖樫は基本的には幼稚舎からの持ち上がりばかりなので、編入生はとても珍しい。
しかも、その編入生が花園伯爵溺愛の末娘なのだから、学園内はその話題で持ちきりになるのは仕方ないだろう。
編入前から騒がれていたのだが、百合子嬢が初めて学園に登校してきた日はそりゃもう大変だった。
馬車から降り立った姿は女神が降臨したかのように神々しく、擦れ違う生徒たちに微笑み掛ける姿は、天使のように愛らしい……by 百合子嬢の信者と化した生徒たち。
原作でもこのシーンはかなり力を入れていたみたいで、ネットカフェで読んだだけの私の記憶にも残るくらいだった。
気合い入れまくっていつもより可愛く描いた百合子嬢の背景には、キラキラトーン&絢爛豪華な花がこれでもかと言うくらいワッサワッサと描かれていて、あまりのクドさに『うわぁ……』とドン引きしたのを思い出した。
それだけ気合いの入ったシーンなのだから、生徒たちの中で瞬く間に話題になるのは当たり前で、百合子嬢見たさに休憩時間に他のクラスや学年から、態々見に来る生徒がいるくらいの時の人となった。
変わり映えのしない毎日の所為で退屈していた生徒たちは、突如沸いた新鮮な話題に飛び付くのは……まぁ、解らないでもない。いくら良家の子女だと言っても、小学生だしね。
……だからと言って、その話題に私を巻き込まないでくれ‼
「いや、どう考えても無理だろう」
「冷静なツッコミありがとうございます。フーキさん」
今日も私は平民街へ足を運ぶ。その際、用心棒としてフーキさんが一緒にいるのだ。
百合子嬢編入から一月経ち、当初の熱の上げようがいくらか落ち着いてきたのだが、また新たな話題が学園を賑わせているのだ。
それが、私の悩みの原因である、『花園姉妹の不仲説』である。
……ぶっちゃけ間違いではないのだけど、まことしやかに囁かれている噂は、私の想像の斜め上を突っ切って行った。
何でも『百合子嬢と同じ空気吸いたくないから、百合子嬢の前では息を止めてる』とか『わざと醜聞を作る為に、高位貴族の子息と近付けている』とか……くだらない上に小さい嫌がらせの数々が流れているのだ。第一、高位貴族の奴らは勝手に百合子嬢にホイホイされてるだけだろうが。
こんなくだらない噂なので、大抵は話のタネにして面白可笑しく話題にしてる生徒が大半なのだが、信じちゃってるバカ……ゲフンゲフン‼純粋な子もいるようで、百合子嬢に好意的な生徒たちは、私を見ると聞こえよがしに嫌味を言ったり睨んだりして、否定的な生徒たちは、私を百合子嬢を非難する筆頭にして、百合子嬢やその取り巻きに絡んだりしているらしい。
「私の全く関知しない所で、私が率先して異母妹虐めてるようになってるんだけど……」
その内容が偶然なのか予定調和なのか、原作で梅子が百合子嬢に対してやっていた小者らしい虐めの数々で、原作の強制力か何かが働いてるとしか思えない。
……その事に不安にならない方がおかしいだろう。
だからこうして原作の強制力から逃れるようにして、原作の舞台にない平民街へ来て、原作キャラじゃないフーキさん達と会話をしているのだ。
「確かに仲良くはないけど、極力関わらないようにしてるだけで、虐めなんかしたいとは思ってないんだけどなぁ」
時代劇に出てくるお茶屋のように、店の外に並べられた長椅子に座り、暖かい抹茶を飲んで溜め息をひとつ。
その百合子嬢の初登校から一月経った今、私は完全に『美しい異母妹を虐げる醜い異母姉』となってしまっている。何故だ……全く接触してないのに。
ポカポカとは言い難い、ジリジリとした暑さを伴って来た日差しに、また溜め息をひとつ。
「そりゃ解りやすいくらいの『虎の威を借る狐』だな」
長椅子に並んで座るフーキさんも、呆れたように吐き捨てる。本当解りやす過ぎて呆れてしまう。
前にも語ったが、私は学園内でそこそこ地位はあるのだ。
上位貴族に守られている百合子嬢が気に食わない下位貴族の子女たちが嫌がらせをするのに、『仲の悪い異母姉』の存在は使い勝手のよい身代わりなのだ。
どんな酷い事をしたって『梅子様に言われたから』と言えば、全て私の悪事となる。
……なんてこったい。何にもしなくても原作通りのルートを爆進しちゃってるじゃないか。
「どーすんだ?『異母妹に優しくするオネーチャン』になるのか?」
私の答えを知ってる癖に、意地悪く聞いてくるフーキさん。顔がイタズラに成功した悪ガキのような笑顔になってますよ。
「……それだけは絶対、嫌。私、あの子の事好きじゃないもの」
原作通りの獄中死エンドを回避するには、原作とは真逆の事―――百合子嬢に優しくして仲良くなるのが、一番確率が高いとは思う。
だけど私の中の“梅子”が、あの清廉で傲慢な主人公を父親や兄のように慈しみ愛でるなんて事を許さないと思うし、私も彼女の人生を彩る駒の一つになんかなりたくない。
私は私の為に生きたい。誰かの人生のキャラクターで在りたくはないのだ。
わしゃわしゃ、と音が付きそうなくらい乱暴に頭を撫でられる。俯き加減だった顔を上げれば相変わらず小汚ない風体の大人の男。
だけど今は一番の理解者である、私の用心棒。
「そんじゃ一丁、皆が期待している『悪役令嬢』ってヤツになってみましょうか、オジョーサマ?」