2-2 血の秘密
ジックはオノデラの胸ぐらを勢いよく掴んだ。
「おい!血といったか!?」
思わず声を荒らげたジックを、ぼくは見たことがなかった。
次の瞬間、背後で床板がきしんだ。
振り返る間もなかった。
気づいたときには、ジックの身体は床に押さえつけられていた。
見上げると、そこには先ほどまで通販番組を見ていた太った職員の顔があった。
「んふう。いけない子どもだねえ。エイリアンの餌になりたいのかあい?」
口元だけが歪んでいる。
「やめなさい、タカハシさん。元キャッチャーのあなたが本気を出したら、子ども相手では大怪我をさせてしまいますよ。」
オノデラが言った。
すると、タカハシはジックを片手で軽々と引き起こした。
「ジック大丈夫か?」
「ああ、このデブ、動きが速い…」
「エイリアンを従わせる血とはなんだ?」
ジックは改めてオノデラに尋ねた。
オノデラは答えた。
「人間の血液には、エイリアンに特殊な作用を及ぼすものがある」
「特殊な作用?」
「詳しくは知らないが、興奮させるものもあれば、酩酊させるものもある。中には、死に至らしめるものまであるらしい」
「俺だけじゃなかったのか…!」
ジックの表情に、驚きと戸惑いが浮かんでいた。
先ほど押さえつけられた膝の傷口から一筋の血が流れた。
ジックは手で膝を押さえる。
タカハシは鼻をピクピクさせる。
——この血は、もしかして…天然ものか?何か違うねえ。匂いで分かるねえ。
青いエイリアンは、ジックの血に反応し、うなり声をあげている。
ジックは無言のままだった。
おそらくオノデラは、現場ですでにジックの血に気づいていたのだろう。
オノデラはジックの方をじっと見つめて、話しかけた。
「ジックくんの血について、もっと知りたければ、先ほど話した女キャッチャーに会うといい。」
「従わせる血…」
ジックは聞こえるか聞こえないかわからない声で呟いた。
「そうだ。彼女には、登録番号のない青いエイリアンの話をするといい。強い関心を示すはずだ。青いエイリアンも当面、処分しない」
「その女キャッチャーはどこにいるんだ?」
ぼくは聞いた。
「キャッチャーの民間養成施設にいるはずさ。ここから、少し遠いが明日にでも乗り合いバスを使えばいい。まぁ行くなら気をつけていけよ」
ぼくは、オノデラの優しさに違和感を覚えた。
ぼくたちは、保健所の外に出た。
外に出ると、既に夕方だった。
夕日が老朽化した保健所を真っ赤に染めている。
至る所にひび割れたアスファルトの道路も、同じように赤く染まっていた。
エイリアンが地球に溢れても、夕日だけは変わらず同じ色だ。
夕日に照らされたぼくたちは、剥がれたアスファルトの破片を蹴りながら歩き出した。
「ジック、どうする?」
ぼくは尋ねた。
「行きたい。どうして自分の血にエイリアンを眠らせる効果があるのか、知りたいんだ。」
「ああ、分かった。」
ぼくは、ジックならそう言うだろうと思った。
「俺は、自分の血に眠らせる特性があるって気づいてから、身体を流れる血が自分の血じゃない感覚があるんだ。」
「まさか、それが自分以外にもいたとは思わなかった。どういうことなんだ…」
「ああ、調べてみよう。きっとうまくいく。」
ぼくには何の根拠もなかった。それでも、そう言った。
ジックは少しだけ、ほっとした表情を浮かべた。
「今回もミウラのおじいさんを誘拐したエイリアンじゃなくて残念だったね」
ジックは言った。
「ああ。なんとなく分かっていたさ。これは勘だが、じじいを誘拐したあのエイリアンはもう地球にいない」
ジックとぼくは、部屋は別だが、同じ木造二階建てのアパートに住んでいる。
ジックとぼくは小学生の頃からの付き合いだ。その後、エイリアンが地球に溢れて10年近くなる。
ぼくもジックも17歳だが、誰も学校に行かないことをとやかく言わない。
きっとみんなが自分たちの生活を守ることで精一杯なのだ。
アパートに着くと、すっかり暗くなり、アパートの古びた電灯が点滅している。
ぼくは自分の部屋に着くと、薄い布団に倒れ込んだ。
——じじいを誘拐したエイリアンも、もしかして誰かに命令されたのか?
——女キャッチャーか。一体どういうやつなんだ。
ぼくは眠れなかった。
じじいのこと。ジックの血のこと。女キャッチャーのこと。
考えれば考えるほど、頭の中がまとまらなくなる。
それでも、なぜか明日が待ち遠しかった。




