4話
*
「そしたら、勇樹。おまえはなんで親父……義父じゃったか、に協力するんじゃ」
「母さんが、入院している。お腹に子どももいるんだ」
「ほう?」
「こんな村八分みたいな、住み心地の悪い状態で迎えるわけにはいかない」
「なるほど、それで親父にええ立場になってもらいたいんか」
「違う」
「なに?」
「晃一は、この村でなにかを企んでいる。晃一は目的のためなら、手段を選ばない。どんなことでもする」
「……へえ。おまえの考えが読めたぞ。おまえは親父がなにかしでかすと思っとる。そしておまえはそれを、早めようと思っとる」
「……仁くん、あなたはなにがしたいんです?」
「くかか、おまえと似たようなもんじゃ。神谷家を、表舞台に引きずり出す」
*
暖かくてどこか懐かしい。それでいて、もどかしさも感じさせる春の匂いだ。
季節の匂いとは何なんだろうと、いままで勇樹は思っていた。この村に来て、それが土の匂いだと確信した。
土の中の微生物が、一定の気温を超えると一斉に働き始める。そうして有機物を小さく分解して、作り変えて、それが春の匂いになるのだろう。
朝もやのなか、庭で土を掘り返しながら、勇樹はそんなことを考えていた。
小鹿の死体が埋められている箇所の土を、シャベルで掘って土をいったん除け、また埋めるのだ。
発酵して熱を帯びているのか、土を掘り返すたびに、もわっと湯気がでる。
想像以上に重労働だ。
勇樹は吹き出る汗を袖で拭った。
肉はだいぶ細かく切り刻まれたらしい。土と混じってぐずぐずになっているため原型はとどめていないが、時折、尖った歯や長い毛がそのまま見えた。
やけにツンとした、酸っぱい臭いが鼻を突く。どうやら土に発酵を早める何かを混ぜているようだ。
ドロドロに溶けかけたピンク色の内臓が顔を出し、勇樹は吐き気をこらえながら急いで土をかぶせた。
これぐらいだろうか。勇樹がシャベルを止めたのを見計らったかのように、背後から晃一の声が届いた。
「勇樹、そろそろ出るぞ。準備しなさい」
「……はい」
神谷仁の口づてで、山村という家が入っている催合に加えてもらうことになった。
それでようやく、祭りの準備に参加できるようになった。準備はひと月ほどかけて行われ、祭りは田んぼに水を入れる時に行われるらしい。
祭りの準備は、集落側にある山中で行われていた。
そこは知らなければ絶対にたどりつけないような場所だった。獣道のような山道を入っていくと、急に開けた場所に出る。
なかなかの広さで、いくつも作業スペースが分かれているようだ。普段から神社などが祭られているわけではなく、何もないところに、いちから作っている。毎年そうしているのだろう。
以前集会所で行われた会合よりも、ずっと人が多かった。
どこにこれほどいたのだろうと思うほどの人数で、そこかしこで噂話に花を咲かせていた。
「これじゃけぇ、いっぺん都会に出たやつはダメなんじゃ」
「結局就職できずに、親のすねかじっとるんじゃろ」
「三郎んとこの長男は相変わらずじゃな」
「パチンコで作った借金、また親父が肩代わりしたらしいで」
「そういや、サトウんとこの婆さん、猫が居なくなったって騒いどったわ」
「なんじゃ、逃げたんか?」
「なに、増やされても困るけぇ。そのへんで車にでも轢かれて死んどったほうがええわな」
「ホンマじゃ。裏の山にでもポイと捨ててくりゃええのにな」
「ギャハハハハッ」
「キヨシの家、また新しい車買うとったで」
「あんな甲斐性なしが、どうせまた親の金じゃろ」
「見栄張るばっかりで、中身はからっぽじゃ」
「ヤマムラは何をしとるんじゃ? ヨソモンが一番に働きゃええのに」
「十年おっても、あいつはまだお客さん気分じゃけぇ」
「二十年たってもまだしゃっきりせんじゃろうな」
「ヤマムラの持ってきた酒みたか? 安物のしょうもないやつじゃったわ」
「ホンマに気が利かんのう、あそこの家は」
「ミチコんとこ、ゴミの分別もまともにできとらんわ」
「ええ歳して常識もないんかいねぇ、あそこの嫁は」
「ふふふふ、ねえ、もう」
「タナカのやつ、提灯の飾りつけが面倒じゃってずっと愚痴っとるわ」
「毎年毎年、なんでワシがせにゃならんのじゃってな」
「タナカんとこ、嫁が逃げて暇じゃろうに、文句ばっかりじゃ」
「去年の提灯、破れとったのボンドで貼っただけじゃ。手抜きじゃのう」
「ヨシダの婆さん、最近顔見せんけど、とうとうボケたんか」
「嫁が厄介払いして施設に放り込んだっちゅう話じゃ」
「薄情な嫁をもろうて、ヨシダの婆さんも可哀想になぁ」
「シゲコの娘、やけに腹が膨れとったよ、あれ誰の子なんじゃろ」
「あらそうなの? 誰、誰よ」
「あれね、役場のタカハシとデキとるらしいで」
「ホンマ? タカハシには嫁と子供がおるじゃろ」
「嫁も知っとるけど、タカハシの親父が金持ちじゃけぇ黙っとるんじゃと」
「ヨウコんとこのケンタはまだ熱出しちょるんか」
「最近の子どもは体が弱あてしゃあない。甘やかしすぎじゃ」
「消防団の集まり、マサオのやつまたサボったらしいで」
「草刈りもやらんし、村の恩恵だけ受けとってホンマに図々しいやつじゃ」
「そういや、新しく来たアサイってヨソモン、生意気そうなツラしとったな」
「挨拶にも来んし、なんの仕事しとるんかわからんわ」
「ヨソモンのガキ、早速クラスで浮いとるらしいで」
「気取った感じじゃけぇ、このへんじゃ馴染めんわな」
「カミヤんとこのジンが、また町で喧嘩して警察沙汰じゃと」
「あそこの血筋は手がつけられんけぇ、誰も注意できんわな」
「前の駐在、急に精神病んで辞めたらしいな」
「ワシらのこと嗅ぎ回るけぇ、バチが当たったんじゃろ」
「あんまり余計なこと知らんほうが、長生きできるっちゅうのにな」
「ギャハハハハッ」
「ハハハハハハハハハッ」
すれ違う村人、離れていく村人、入れ替わる村人。
歩いても歩いても、終わらない噂話の洪水に、勇樹は吐き気を覚えた。
そんなことまでと思うような情報が、異常な密度でやりとりされている。どこを切っても同じような悪意と粘着質な好奇心が渦巻いていた。
まるでアリや蜂などの集合体生物の巣を歩かされているようだった。
「祭りの準備に加わらせてもらうことになりました! よろしくお願いします!」
晃一がはきはきと言った。良く通る声だ。
奇異な目で見られるのを、まるで意に介していないようだ。
「なんじゃ、ホンマに来たんか」
声を聞いて振り返ったのは権藤だ。集会にいたリーダー格の男。
腕まくりをした太い腕には、長年の農作業で焼き付けられた濃い日焼けと、隆起した筋肉が張り付いている。深く刻まれたシワの奥から、値踏みするような鋭い眼光が晃一を睨みつけていた。
「山村が、どうしても言うけぇ呼んでやったが……オイ、ヨソモン。どこで催合のことを聞いたんじゃ」
「ええ、神谷家の仁くんという子です。うちの息子が聞いたんですよ。どうも仲良くしているみたいで」
勇樹は仁と仲良くしている、などとは一言も言っていなかった。権藤を牽制する駆け引きのつもりだろう。
「……! フン、神谷サンのとこのはみ出しモンか。言うこと聞く義理はねぇが、山村じゃあ断り切れんかったんじゃろ」
はみ出し者という言葉に、勇樹は意外さを感じなかった。仁はどこか神谷家にも一歩引いている印象があったからだ。それでも屈強な権藤を黙らせるのには、十分な役者らしい。
権藤は振り返って、忌々しそうに叫んだ。
「オイ──オイッ!! 山村!!」
「あっ、はい! なんでしょうか!」
ひょろっとした男性が、びくっと体を震わせてから、こちらにとことこと歩いてきた。
権藤は目もくれず舌打ちをする。
「なんでしょうか、じゃねぇわい。あんたが引き込んだんじゃけぇ、あんたが面倒みぃ」
「えっ、アッ、はい。あの、浅井さんですね。こんにちは、山村です」
山村はいかにも気が弱そうな男性だった。肌の色が白く、首に下げたタオルでせっせと汗を拭いている。勇樹からみても、村に馴染めていないのがよくわかる。
聞けば山村は、十年前にここに越してきたらしい。いまだにこの調子でよそ者扱いされ、顎で使われていることに勇樹はぞっとする。
「ええ、こんにちは。浅井です。こちらは息子の勇樹」
作り笑いを浮かべて答える晃一。雑な作り笑いだ。勇樹はそう思った。
愛想に割くリソースを削減したのだろう、どうせこの男にはばれないと思ったに違いない。
「はい、あ、よろしくお願いします、浅井さん。じゃあ私と来てください」
勇樹は晃一と、山村の案内で山の上のほうに上っていった。喧騒から遠ざかるようだ。
10分ほど登ると、開けた平らな場所に出た。開けたといっても草はぼうぼうだ。
片側は斜面になっていて、ずっと下の方に沢が流れているのが見えた。
とてもなにかに使われる場所には見えない。
勇樹がそう思っていると、山村がそれに気づいたのか言い訳をするように手を振った。
「あ、草すごいでしょう、こっちはあまり人通りがないんです。古いご神体を飾るスペースになってましてね」
「古い、ご神体?」晃一がそう尋ねた。
「ええ、はい、ご神体は五年で新しいのにするんですが、古いほうも一応まつっとこうってなってましてね。こうして並べていってるんです」
山村が、ほら、と言って指さした方には、ボロボロの木箱の上に、ボロボロの木像が二体並んでいた。
「少し上のほうに置いておく場所があって、そこからこっちに下ろして、並べてくんですよ。順番が違うと怒られちゃうんで。二十体くらいあるんで、頑張りましょう。まだ、二体しか置けてないので……」
「これは全部山村さんの役目なんですか?」
「ええ、いっしょにやってくれる人ができて、嬉しいです。オヤドリサマは重くって」
「オヤドリサマ?」
聞き慣れない言葉に、勇樹は声を漏らした。
山村はああ、と言って振り向いた。
「この木像のことですよ。ほら、お腹が丸くなってるでしょう。ここに福が宿るっていうんで、御宿様ですって。このお祭りで祀られる、神様なんですかね?」
私も詳しくは知らないんです、と頭をかく山村さん。
十年も村にいるのに、何も知らないままやらされているのか、この人は。
勇樹は呆れながら、置かれた二体の像を眺めた。
置かれた二体の像はぼろぼろだった。
七福神の布袋様にも似ているが、顔はふっくらしておらず、笑ってもいない。ぽっかりと開いた虚ろな目で、どこか苦痛に耐えているような歪な表情で固まっていた。
神様というには、不気味な造形だ。勇樹はそう思った。
明らかに大事にもされていない。
「山村さん、ここは私たちにお任せください」
晃一がこともなげにそう言った。
「えっ、そんなわけにはいきませんよ。運ぶ順番もありますし、私に任された仕事ですし……」
「だからこそですよ」
晃一は、いかにも申し訳なさそうな、誠実なトーンを作って首を振った。
「私たちのような新参者は、こういった体力のいる下働きから村のルールを学ぶべきなんです。ベテランである山村さんには、もっと大事な仕事があるはずです」
「いや、でも……私なんて」
「ご謙遜を。ああ、そうだ」
晃一は、さも今思い出したかのようにポンと手を打った。
「先ほど下で、提灯の飾り付けをしている方が、『手が足りない』『山村さんがいたらなあ』と、熱心に探しておられましたよ」
「えっ……? あ、田中さんかな。私に手伝って欲しいって、言ってたんですか?」
「ええ、山吹色のシャツを着た方です。とてもお困りの様子でした。ここは私と息子で必ずやり遂げますから、どうか彼を助けてあげてください」
山村の顔に、喜びの色がパッと浮かんだ。
十年ものあいだ冷遇されてきた彼にとって、「村の人間から名指しで必要とされる」ことは、何よりの麻薬なのだ。
「そうですか……そこまで言われているなら、行かないと申し訳ないですね。ここは……本当に、お願いしてもいいんですか?」
「ええ、ご安心を」
また息を吐くように嘘をついている。
相手の弱みや欲求を正確に見抜き、一番欲しい言葉を餌にして操っているのだ。
「じゃあ……木像の順番はお伝えした通りですから、お願いしますね!」
足取り軽く去っていく山村さんを見送りながら、勇樹は気が滅入っていた。
あんな不気味で重そうな像を、たった二人で二十体も運ぶのか。
「よし、いっちょやるか! 勇樹、そっちを持ちなさい」
晃一が、すでに並べられている像の一つの片側に立つ。勇樹も慌てて反対側に回った。
疑問がわく。上の保管場所から下ろしてくるのではないのか? これはすでにここに運ばれているものだ。
「あの、父さん。これはもうここでいいんじゃ……」
「ほら、もっと上げなさい。いいぞ」
勇樹の言葉を無視し、晃一は像を木箱から下ろし、斜面のそばで立ち止まる。シャツ越しでもわかるほど、肩の筋肉が盛り上がっていた。
「さあ、一緒に振って──それ!」
「──え?」
一瞬、宙を舞った御宿様が、崖の斜面にどんと当たる。
そのままゴロゴロと鈍い音を立て、黒ずんだ木像が崖下へ転がり落ちていった。
「は、え? なんで? 運ぶのは……」
勇樹は混乱し、崖下へ消えていく像を指さしたまま晃一を見る。
「要らないだろう、こんなゴミ」晃一は、こともなげに言った。
「いや、で、でも、頼ま、お祭りは……」
「説明しないとわからないか?」
はあ、と晃一がわざとらしくため息をつく。
「見ただろう、あの虫の食った不気味なガラクタを。ちっとも綺麗にされていない、誰にも大事にされていない。それを任されていた、ええと……」
「……山村さん?」
「そうだ、山村さん。彼の扱いも見ただろう? 誰にも相手にされていない、村の底辺だ。そんな彼に、本当に大事な物を任せるわけがない。つまり、村の連中も本音では『どうでもいい』と思っているんだよ」
「いや、だからって、勝手に捨てていいことには……!」
「わがままはよしなさい。父さんがうまくやるから。さあ、全部片付けるぞ。上にあるものも、全部だ」
いいのだろうか。良いはずがない。
しかし、勇樹は言われるがまま二体目の像に手をかけていた。
あんな気味の悪い重い像を、山道を行き来して何十回も運ぶ徒労に比べれば、ただ崖から放り投げるほうが圧倒的に「楽」だった。
楽なほうに体は動く。頭も動く。言われるがままに像を運び、崖から投げ落としていくうちに、罪悪感は少しずつ麻痺していった。
ごろごろと像が転がり落ちるたびに、奇妙な達成感が湧き上がる。最後は何も考えず、ただの作業として木像を捨て続けた。
すべての像が崖の下で重なり合い、ただの不気味な木端の山に変わったとき。
ふと我に返った勇樹の頭の中に、取り返しのつかないことをしてしまったという不安が、むくむくと膨れ上がってきた。
ザッ、ザッ、と草を踏み分ける足音と声がする。権藤の声だ。
「オイオイオイ!! なんじゃ、ちっともできとらんじゃねぇか!!」
二体の木像が飾ってあったスペースを見てから登ってきたのだろう。すでに怒り心頭だ。
「だ、だから、ち、違うんです! 私は浅井さんにお任せしてて……」
「なに言っとるんじゃ!! あんたの仕事じゃ。あんたに責任があるんじゃろが!?」
山村が言い訳しては、大声で黙らされている。
「あ、あ、浅井さん! どういうことですかこれ!」
山村が権藤から逃げるように、こちらに小走りしてくる。その後ろから、権藤と数人の村人が顔を出した。
「ん、んん? おうおうおう! 古い御宿様はどこやったんじゃ!! 飾るんわ下と決まっとろうが!! 間違うたんか!!」
「やあ、権藤さん、みなさん、山村さん」
晃一はいけしゃあしゃあと笑顔で迎えた。
「どういうことか説明してもらおうか」
立ち並ぶ村人を前に晃一は平然とした様子で立っている。
勇樹はその様子を窺う。
晃一は一歩前に出ると、バッ頭を下げた。
「大っ変、申し訳ありません!! 目を離したすきに、息子が崖下に捨ててしまったようです!!」
「な、なにっ!!」
「えええっ!」
「──は?」
権藤が目を見開き、山村さんが首を権藤と晃一交互に素早く振った。最後に間抜けな言葉を漏らしたのは勇樹だ。
勇樹は混乱した頭で、晃一の言葉を反芻した。とにかく何か言おうと、口を開こうとする。
「な、な、な、なんつーことしてくれとんじゃ!!」
権藤がとんでもない剣幕で唾を飛ばしながら叫ぶ。
「し、新参の分際で!! お、おまえら、御宿様をなんじゃと思っとるんじゃ!!」
あまりの剣幕に後ろの村人も縮こまっている。
勇樹は権藤が叫ぶ合間を見計らって、なんとか口を開こうとした。
「権藤さん、申し訳ありません。すべて私の責任です」
そう言って、晃一がスッと前に出た。
村人から見ればそれは息子をかばったように見えるだろうが、勇樹からすればその行為は、口を塞がれたというに過ぎない。
「都会育ちの愚息には、分からなかったのでしょう。あの古い像が、皆さんの信仰の証であり……どれほど『重み』のあるものだったかということが」
「当たり前じゃ! なにをしゃあしゃあと抜かしよる!!」
「ええ、本当に、申し訳ありません──山村さん」
晃一の視線が、権藤を滑るようにして、中途半端な位置に向いた。
「これほど重要な、二十体もの歴史ある御神体を、手厚く管理していたんですね、山村さんは」
晃一は恭しく頭を下げ、それから大げさに感嘆の息を吐いた。当の山村さんはアワアワしている。
「皆さんはそれほどに大事なものを、山村さんに『一任』しておられた。それほどの重要人物である山村さんに直接お世話にしていただいたのに、本当に顔向けできません」
深々と頭を下げられ、山村さんは少し引きつったように笑う。
それを見た村人たちの間に、ある空気が広がるのが勇樹にもわかった。
──いや、そこまで大事じゃあない。
そんな空気だ。十年経っても「お客さん」扱いの山村が、村の重要人物であるかのように褒め称えられているのが、彼らには面白くないのだ。
「……な、なぁ、権藤さん? ええんじゃねぇか? もう。虫も食っとったしよ、いつ処分するかって程度のモンじゃったろ? なぁ、みんな?」
すかさず口を挟んだのは、山吹色の服を着た男だった。提灯の準備をしていた田中という人物に違いない。
田中が後ろの村人を見回すと、うんうんと頷く者がいる。
「まあ、そんな大事かっつうとなあ」
「ガキのやったことじゃしのぉ」
「毎年あんな数運ぶのも危ねえし」
賛同の声を聞き、田中は顔に喜色を浮かべた。
「ほ、ほら。みんなもこう言うとるがな。山村も、他のことやらせんなら、オレが面倒見るけぇ。この新人らも、他んとこ回ってくれんなら楽じゃしよ」
味方を得て調子に乗って喋る田中。田中は自分の仕事が楽になったに違いない。そして山村はただ仕事を押し付けられても黙っているような男だ。
一人、また一人と、村人たちが同調し始める。
彼らは『山村を貶めたい』という差別意識と、『自分たちの都合』を優先するあまり、自らの口で信仰の対象を「ゴミ」だと断定してしまったのだ。
「なるほど、そういうことでしたか」
晃一は、安心したように微笑んだ。
「息子が捨ててしまったのは、捨てる予定だったもので、重要なものではない……ならば、何も問題はありませんね」
彼らは結局、自分のことしか考えていない。
晃一がしたのは、彼らの自尊心をほんの少し突いただけ。村人たちは自分の損得と悪意だけで動き、自ら晃一の都合の良い結論へと転がり落ちていったのだ。
山村自身も、最初は唖然としていたが「これからは他のこと頼むぞ、山村さん」と口々に言われ、顔を紅潮させている。彼もまた、自分が必要とされているのだと錯覚しているのだ。
田中のところに山村を送り込んだのは晃一だ。
晃一はこの流れを、初めから見越していたのだろうか。
話がまとまろうとしているが、ただ一人、気に食わないという顔をしている男がいた。
「おい! なにを勝手なこと抜かしとる! こんなことして、簡単に許されるわけ――」
権藤がなおも食い下がろうとした瞬間、晃一の目がスッと細められた。
「許す? ……ああ、神谷家のことが気にかかりますか?」
「なっ……」
「神様を大事にしないと、カミに怒られてしまいますか? それならご安心を。私が直接、神谷家へ謝罪に伺いましょう」
挑発だった。この祭りは神谷家には関係のないものだと言っていたのは、権藤だ。
青筋を浮かべ、権藤が口を開いたところへ、晃一がさえぎるように言う。
「それとも、神谷家が怖いから、御宿様に守られなくなるのが怖いのですか?」
付け足すように言った晃一の言葉は、勇樹には意味がわからなかった。
しかし、権藤の瞳の中で、何かが弾けた。
「ヨソモンが知った口きくんじゃねえ!!」
権藤は顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。
「こん祭りはヒラのもんじゃ!! 神谷サンは関係なか! わしらの采配でやっとんじゃ、カミの顔色なんか窺っとらんわ!!」
「……それは、失礼いたしました。では、像の件は」
「もうええ!! この話は終いじゃ、みんなとっとと自分の仕事に戻れえ!」
晃一は、悪魔のように優雅に微笑んで頭を下げた。
完全に、晃一の盤上だった。像を壊した罪は消え去り、山村の恩を売り、村人たちの怠慢を肯定し、権藤のプライドを操って事態を収拾してしまったのだ。
勇樹は息を飲み込んだ。
晃一は、これをきっかけにして神谷家に近づくつもりなのだろうか。自らトラブルの火種を撒き散らしながら、カミとシモの間に亀裂を入れ、その隙間から村の奥深くへと入り込もうとしている。
晃一と村人を会わせるたびに、何かが進んでいくだろう。
晃一が何かをしでかすのを「早める」という、勇樹自身の思惑通りだ。しかし、義父の手段は想像以上に手際が良く、そしてあまりにも邪悪だった。
息の詰まるような、祭りの準備は、不気味なほどあっさりと終わった。
これからひと月をかけて、本番に向けての準備をしていく。次の集まりは、次の週の日曜日だ。
しかし、思ったよりも早く、違う形で村人が集合することになった。
権藤の葬儀が開かれた。




