第33話「出来不出来」
最初の発信先は、相談記録の中で最も処理が丁寧で、受理日が近かった設楽警察署。
記録の書き方には、担当者の性格が出る。
特に真面目な者、几帳面な者や、心配性な者、情に厚い者は、情報量が増え、記録もきちんと残す傾向にある。
耳に押し付けた受話器からコール音が数回鳴り、繋がる。
『お待たせしました。設楽署刑事課、捜査係です。』
「お忙しいところ失礼します。捜査第二課の佐藤と申します。」
電話の向こうで一瞬、間が空いた。
『……えっ、捜査第二課に男!?』
「はい。相談記録の再精査で一点確認がありまして。」
決して声色は変えず、あくまで事務的に淡々とを心掛ける。
『……あ!少々驚きまして!失礼しました!少々お待ちください!係長に替わります!』
保留音が数秒鳴り、別の声に変わる。
『代わりました、係長の金田です。』
「捜査第二課の佐藤と申します。以前そちらで受理された相談事案で確認があり、ご連絡しました。お時間よろしいでしょうか。」
俺は、なるべく丁寧に話すことを心がけた。
『……はい。で、どの件でしょう。』
「高齢者の金銭授受事案です。特別養護老人ホームの職員関与の準詐欺事案のものです。現在、類似相談の横断的整理を行っておりまして、その一環での確認です。」
あえて罪名を明確に告げることで、結了した案件という認識から、事件だという認識に引き上げる。
『ああ……あれですか。』
金田の反応は早く、記憶に残っている案件である証拠だ。
「一点確認ですが、当該職員、任意で呼び出しはされていますか。」
『……してますよ。話は聞いてますし、警察から注意をしてほしいというホーム側の意向もありましたので。』
「その際、本人の写真撮影、スマートフォン等の端末確認はされていますか?」
一瞬、沈黙が流れたが、思い出している様子であり、隠す様子はなかった。
『……職員の写真は撮ってます。スマホも、一応簡易的な抽出をして、中身を見せてもらってます。』
丁寧な記録を残す係長だけあって、十分得られる情報があることが分かる。
「ありがとうございます。大変参考になりました。失礼いたします。」
そう言って俺は通話を切る。
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2件目、別の署に対して同様に架電する。
『あい、西枇杷島署、知能、木村。』
「捜査第二課の佐藤です。」
また同じような反応が返ってくる。
『……え?二課だよね?……男?』
俺は「はい。」と短く返すと、しばらく沈黙が生まれる。
流れる空気で警戒ではなく、興味だということが分かる。
『……そんな配置あり得るの?』
「ええ、そのようです。で、早速ですが確認事項がありまして。そちらで受理している準詐欺事案が2件あると思うのですが…」
そこからは話が早く、同様の事案、同様の確認。
『ああ、その女ね。』と、核心に触れる反応があった。
「把握されていますか。」
『調べたのは班長』
「写真は。」
『あるよ。呼び出した時に撮ってる。』
「端末は。」
『見てるし、データも少し抜いてるよ。』
条件は揃ったことがわかり、少し安堵した。
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3件、4件と電話を重ねると、反応は徐々に似通ってくる。
最初は業務連絡として受けるが、途中から必ず一度引っかかる。
「男?」というその違和感が、会話の扉を開く。
本来なら開かない情報が、自然に出てくる。
「……国家資源は使い方次第…か。」
受話器を置き、俺は小さく呟いた。
一頻りかけ終わり、芽吹きを待ち始めた頃、林の声がする。
「……佐藤さん。」
顔を上げると、少し困ったような表情をしている。
「さっき……ずっと電話、してなかった?」
「はい。相談記録の確認で。」
「……どこに?」
「各署の刑事課です。」
俺の言葉を受けて林が一瞬、言葉を失う。
「……あのね。」と言い始めた声は柔らかいが、少しだけ緊張が混じる。
「勝手に指導や進捗確認みたいなことは、あまりやらない方がいいかな。こちら側の都合で署に直当たりするのって、警部補以上の了解を取るものだからね。」
俺にとっては予想通りの反応だ。
「あくまで、ちょっと気になったという形の確認レベルです。資料が欲しい、証拠品データが欲しい、なんてことは一切言ってません。」
「それでも……ね…… 署との間で齟齬が出ると、正式に揉めることもあるから。」
そう言って林は小さく息を吐く。
俺が「承知しました。」と素直に言うと、林は少しだけ俺を見て、それ以上は何も言わなかった。
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翌日になると、フロアの入口付近が、少しざわついた。
「……すみません、本部の捜二ってここで合ってます?」
聞き慣れない声に視線を向けると、スーツ姿の女性が立っている。
手には、証拠品用紙袋と書類ケースを持っている。
林が「はい、そうですけど……」と、応対に出る。
「設楽署ですが…昨日、電話頂いて。」
そう言って、女性が軽く頭を下げた。
「……電話?」と言いながら林の動きが止まると同時に、女性の視線が、こちらに向いた。
「ああ、あの!」と言いながら一歩、近づいてくる。
「佐藤さんですよね!本当に捜二勤務の男性がいるんですね!」
フロアの空気が、わずかに揺れる。
「昨日の電話の後、こちらでも改めて見直したら、ちょっと気になる点が出てきて……類似事案の整理中とのことでしたし……」
林の視線が、ゆっくりとこちらに移る。
「……佐藤さん。」
その声には、明らかに先ほどまでとは違い不快の色が混じっていた。
俺は椅子から立ち上がり、女性の前に出る。
「捜査第二課の佐藤です!ご足労いただき、ありがとうございます!助かります!」
「いえいえ!こちらこそ、急にすみません!」
女性はそう言いながら、笑顔で持っていた紙袋と書類ケースを軽く持ち上げた。
「一応、関係書類の写しと、還付前だった証拠品の一部等、持参しました。」
林が「……全部、持ってきたのか。」と、こめかみに手を当て、小さく呟く。
その声には、驚きと、わずかな苛立ちが混じっていた。
「はい。うちの署の課長に相談したら、本部でまとめて見てもらった方がいいと言っていて、私もそう思いましたので。」
女性はそう言って笑うが、その視線は明らかに俺に向いている。
「拝見します。林さん、応接スペース使わせていただきますね。」
俺は入り口付近の簡単な応接スペースをただ案内する。
林がため息を吐きながら「私も同席します。」と、空いていた椅子に腰掛けた。
女性も座ると書類を広げ、紙の擦れる音が静かなフロアにわずかに響いた。
周囲の視線が、自然とこちらに集まり始める。
「改めまして、設楽署で捜査の係長しております金田です。まずは概要の説明をした方がよいでしょうか?」
女性は金田と名乗り、俺に様子をうかがってきた。
「不要です、写真から見せてください。」
林がそこに割り込み、金田はそれに頷いた。
「……ではまず、被疑者写真ですが、これですね。」
そういって差し出された写真には、30代前後の外国人風の女が写っていた。
どこにでもいそうだが、特徴が薄い分、印象操作しやすい顔立ちでもある。
俺は数秒だけ視線を留め、すぐに金田に向き直った。
「……ありがとうございます。では、本題ですが、気になることというのは?」
俺の質問に金田がスマホの解析結果を示した。
「昨日電話を受けてから、被疑者の任意呼び出しの際、やたらとトイレにいきたがったことを思い出して、その時の通話履歴だけ追加で確認したんです。……ここから、ここまでが調べの時間ですね。」
そう言って示された1時間の範囲には、発信が5件。
架電先はいずれも<ノマド国際法律事務所>と特定されていた。
「短時間の調べで、これだけ弁護士連絡しているのは異常ね。」
林の言葉に金田が頷く。
「そうなんです、それで、佐藤さんが同種事案があると仰ってましたので、相談システムに載っていない資料も必要だと思いました。」
「ありがとうございます。…ちなみにスマホの抽出は、どこまで見てますか。」
「えっと……昨日は扱いがちょっとあったので、この通話履歴と、SMSとSNSのメッセージアプリ2つくらいです。」
「ブラウザ履歴はまだということですね。ついでに今見てみましょう。」
俺は林のデスクから解析用PCを借り、抽出されたデータを繋いで、ブラウザ履歴を表示させた。
そこには<注意事项>や<Lưu ý>等、の文字が踊る中国語とベトナム語の注意書きページだ。
URLから、銀行口座開設や本人確認に関するものに見える。
「単純なログイン履歴だけじゃないですね。口座開設や認証手続きの案内ページが含まれています。」
俺は画面をさらにスクロールさせると、地図の検索履歴の一覧も出てきた。
「複数の国内銀行のページを見つつ、地図検索と最寄り駅検索が、毎回違う場所で出てます。」
金田と林が身を乗り出して確認をする。
「これ、公私の生活の中に別のタスクがある人間の履歴に見えるね。若しくは生活拠点が定まっていないか……。」
さらにスクロールすると検索履歴の一部が出てきた。
『老人ホーム 求人 お試し期間』
『老人 金持ち 見分け方』
『老人 ハイブランド 人気』
そこで林の視線が止まったのが分かる。
「……事前に調べてる。」
「はい。確実に場当たりじゃないですね。」
次にメッセージアプリの一覧を眺めていると、匿名系の通信アプリを見つけた。
それを開こうとすると暗号化がかかり開けなかった。
「このメッセージアプリデータ、容量はありますけど暗号化で見れないですね。……実機はありますか?」
「スマホはその場で抜いてすぐに還付してしまいました。…すみません。」
「……いえ、謝らないでください。他の部分から分かることを整理しましょう。」
俺はそう言って再びデータを眺め始めると、予想していたより、少ないデータ量ということに気付いた。
「これ、普段使いにしてはデータ量少ないですね。画像も連絡帳もほぼないです。」
俺の意見を受け、金田が小さく息を呑む。
「……確かに、普通の人のスマホじゃないですね。」
金田の言葉に、俺は小さく頷く。
「はい。これまでを少し整理しましょう。ブラウザ履歴からは、複数の銀行口座の開設を目論んでいることが分かります。口座を用意する側の動きに見えますね。何らかしらの受け口座の準備役なのか、金庫番なのか分かりませんが。」
俺はそこで一拍置く。
「……画像はほぼ空で数枚のスクショのみですね。日常写真、人物写真、食事、風景、そういったものが一切無いのは不自然です。」
林が「……サブ端末だな。」と小さく呟く。
「その可能性が高いです。連絡先も登録件数が僅か12件。それに、表示される名前は、ほとんどがアルファベット一文字か数字列。」
金田が小さく息を吐く。
「ほんとですね……A、K、3……実名一切無しって、最初確認した時は、そこまで違和感なかったのに……」
「スマホ内のデータを横並びにすると、生活から切り離された業務端末……そのように見えませんか。」
俺は視線を上げ、静かに言い切る。
沈黙が走り、林が腕を組む。
「……つまり、スマホ内で確認できた状況、取調べ状況、そして類似事案の相談が複数あることから、設楽署で扱った当該職員は『単独で判断して動いている人間ではない』と、言いたいってことだね。」
「そうです。……組織犯罪の臭いがします。準詐欺だけど本人同士納得したので事件化無しちゃんちゃん、で終わらせるレベルではないと思います。」
一瞬の静寂後、林の視線が完全に変わる。
「……佐藤さん。これは一旦補佐にちゃんと話を上げる。」
低く、はっきりした声に金田も即座に反応する。
「ではうちはその他の参考事項の精査や、基礎捜査をしておきます。」
「お願いします。」
俺が短く返すその時、東課長補佐の卓上の内線が鳴り、東が受話器を取った。
「……はい東です。……ええ、今ちょうど……」
短く応答した後、相手の言葉を聞きながら、表情がわずかに引き締まっていく。
そこで東の視線が、俺と林と金田の間を静かに往復した。
「……分かりました。すぐに伺います。」
受話器を置く音は、思ったよりも小さかったが、その静けさが逆に重かった。
「……林、佐藤、設楽署の話すぐまとめろ。……課長にレク行くぞ。」
東はそう言いながら、軽く息を整える。
責めるでもなく、かといって完全に受け入れているわけでもない、その中間の温度。
「えっ?どうして課長に?」
林が驚いたように質問を投げた。
「林が私に佐藤の作った一覧表転送しただろ。一応目を通したら、筋が通ってたんでね。設楽署の刑事課長は機動隊時代の後輩だから、連絡して軽く内容聞いていたんだよ。」
東はそう言いながら、立ち上がった。
「で、さっきのスマホ内容の話が聞こえてたから、それを課長にメールで飛ばしておいた。……そしたら、すぐレクに入れってさ。」
「でも、先程の結果は、まだメモにおこせていません。」
俺が東に向かって言うと、東は初めて笑みを見せた。
「……いいんだよ。刑事の仕事の出来不出来はぺら紙一枚で判断されるもんじゃないから。……あ、ついでに金田係長も一緒に行こう。」
俺たち3人は、そういう東に連れられ課長室へと進んでいった。




