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男女比1:96の世界で、女性だらけの警察大学校に男一人で入学しました(1/96前日譚)  作者: Pyayume
四年目「前古未曽有」

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第32話「日常茶飯事」

庁内の空気は相変わらず乾き、紙の擦れる音と、キーボードの打鍵音、それ以外はほとんど聞こえない。


俺は画面に表示された文書を最後まで読み返し、カーソルを一番下に移動させた。


<心神耗弱者を対象とした準詐欺事件横断分析>


作成日時、参照元一覧、各事案の要約、共通点の抽出、構成要件該当性、そして最後に、取締りを行う意義をまとめた。


<

本件は単発的な準詐欺ではなく、判断能力の低下した者を対象とした組織的犯行の可能性が高い。


同一人物又は特定のグループによる関与が疑われるため、横断的再精査及び、捜査の必要性があると思料された。

>


そこまで書いて、指を止める。


提出先は「気になったらレポートでも」と言っていた林だと決まっている。


その言葉通りに作ったが、これが業務として扱われるとは思っていない。


それでも、出さない理由は無かった。


俺は資料を庁内メールに添付して、送信ボタンを押した。


林の席をすぐに確認すると、画面に向いながら目を見開き、声は聞こえないが「……えっ!?」と声を発したように見えた。


数分後に、「……あ、佐藤さん。」と林の声がした。


顔を上げると、こちらを見て手招きしている。


俺が林の自席に付くと、「今、送ってくれたやつ……見たよ。」と思ったより早い回答が返ってきた。


「ありがとうございます。」


「うん……あのね、ちょっといい?」


林はそう言いながら手元の端末を軽く叩くと、画面には、俺のレポートが開かれていた。


スクロールバーは、まだ上の方にあり全部は読んでいないことが分かる。


「これ……全部、自分で拾ったの?」


「はい。相談履歴から選定・抽出しました。」


「そっか……」と林は一度、言葉を切った。


視線は画面に落ちたままだが、思考しているのが分かる。


「……この短時間でよく見てるね。」


その一言は、率直な評価だったが、それ以上は続かない。


「ただ、あなたは相談扱ったことないから重要だと思ったかもしれないけど、この手の相談って結構あるの。」


林は静かに言う。


「被害者が納得しちゃってるとか、お金が戻ってるとかで……事件化までいかないやつ。」


「はい。」


「で、結果的に……そのまま終わらせることが多い。」


終わるではなく、終わらせるというニュアンスは、言葉に出ていないが明確だった。


「もちろん、気になるっていう視点はすごく大事なんだけど……これをそのまま事件として動かすのは、ちょっと難しいかな。」


林は少しだけこちらを見た。


俺にとっては想定通りの回答だ。


「理由をお聞きしてもよろしいですか。」


俺の質問に、林は、少しだけ困ったように笑った。


「うーん……簡単に言うとね、立証がきついのと、被害者側の処罰感情が弱いこと。」


端末の画面を軽く指でなぞる。


「準詐欺って、そもそも立証が難しいでしょ。しかもこれって現金手交型で客観資料に乏しくなるし。」


「はい。」


「しかも今回のは、お金を渡したことも返されたことも供述のみしかない。……被害者家族も相当協力をしてもらわないといけないけど、処罰感情が無いから協力が得られにくい。……そうなると、警察としては優先順位がどうしても下がるの。」


林がしたのは合理的な説明だった。


「あとね、仮にこれを全部繋げたとしても、『組織的な犯罪です』って証明するのは難しいかな。……名前の共通性だけってだけだと弱いね。偶然でも説明できちゃうし、弁解も通る。……だから、現時点だと可能性どまり…かな……」


そこまで言ってから、林は少しだけ柔らかく言葉を戻した。


「でもね。こういう引っかかりを持てるのは、すごくいいと思う。」


林の視線が、初めて真っ直ぐ俺を向いた。


「知能犯って、最初はこういうところからだから。」


俺への評価や否定が無く、『駒としても使う気はない』というラインは崩れていない。


「ありがとうございます。」


俺がそう言うと、林は小さく頷いた。


「一応ね、このレポート……残しておくね。」


「はい。」


「すぐどうこうは出来ないけど、もし似た相談がまた増えたら……見方が変わるかもしれないし。」


「分かりました。」


「うん……あ、あと。」


林は少しだけ言いにくそうに付け加える。


「あんまり根詰めすぎないでね。こういうの、追いすぎるとしんどくなるから。」


林のその言葉には、微量の気遣いと『そこまでやらなくていい』という明確な線引きが多量に含まれていた。


「承知しました。」と俺は短く答えた。


「じゃあ……一旦そんな感じで。……引き続きよろしくね。」


視線で念を押した林はそう言って、再び画面に視線を戻し、会話が終わった。


俺は自席に戻り椅子に腰を下ろすと、周囲の音はさっきと何も変わらない。


誰も、この話に興味を持っていない。


誰も、この情報を繋げていない。


そして、誰も、繋げる必要を感じていない。


「……当然か。」と俺は心の声が口から飛び出た。


警察は万能ではなく、限られたリソースで、優先順位をつけて動く組織だ。


立件できない可能性が高く、被害者の意思も弱い案件に、割く時間は一切ないというのは正しい。


俺は画面に表示された一覧に、もう一度視線を落とす。


犯罪の核となる点は、既に十分にあるが、足りないのはその点を繋ぐ線を証明する材料だ。


「……材料が無いなら、集めるしかない。」


俺は先ほどまとめた資料を再度読み返し、新たなアプローチで動かざるを得ない状況まで、積み上げが可能か考える。


キーボードを叩く手を止め、腕を組んで画面をひたすら眺めている。


「……同一犯の特定材料。」


対象の選定基準、名前の揺れ、手口の一致、状況証拠としても不十分であるのは理解しているが、庁外活動が制限されている身では、直接防犯カメラ映像を取りに行ったりは出来ない。


「……なら、各署に直接当たるしか無いか。」


本部ココで拾えない情報はあくまで相談のメモレベルであり、直接相談者と会話した各署には更なる情報が残っている。


どうやって署から情報を引き出すか、それが問題だ。


突然蒸し返される結了案件に対応させるなら、警察署側にメリットがあったり、興味を持たせる餌がいる。


単純な本部の威光だけじゃうまく行かないだろう。


一つの考えに至った俺は、受話器にそっと手を伸ばした。


「……使えるものは、全部使う。」


そう呟いて、受話器を持ち上げた。

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