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男女比1:96の世界で、女性だらけの警察大学校に男一人で入学しました(1/96前日譚)  作者: Pyayume
三年目「隔靴掻痒」

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第26話「紙上談兵」

関から指示された通り、時間ぴったりに教官室の扉をノックをすると「入れ。」と端的に返事が返ってきた。


「入ります。」と言いながら押す教官室の扉は、いつもより重く感じた。


中に入ると、関は既に一枚の書類を机の上に置いていた。


「……そこに座れ。」


関の指示通り、指さした方向の椅子に座ると、書類がこちらへ差し出された。


「実務修習の補修実施要領だ。」


俺は書類に視線を落とす。


<

実務修習先

警察大学校 (幹部養成課程 特別補修)

>


数秒の間に、3度文字を目で追った。


「……私は、署への派遣は無し、ということですか。」


「そうだ。……警察庁上層部、人事院、および国家生殖資源庁の判断だ。」


即答する関は、そう言いながらも目を逸らさない。


「男性学生を、一般市民と直接接触する地域課業務に就かせることは、国家資源毀損リスクが高いと判断された。」


淡々とした説明だが、その声の奥には、抑え込まれた何かがあるのが分かる。


「……私は、同期と同様の実務経験を希望いたします。」


俺は自分の気持ちを言葉にするが、なるべく感情は乗せずに提示した。


「わかっている。……だが、これは命令だ。」


関の声が、わずかに強くなる。


「お前は優秀すぎる。……通常であれば歌舞伎町交番での実務修習だ。それはあまりにも危険すぎる。」


「贅沢は言いません。扱いが無い過疎地でも構いま…」


俺の言葉は関が机を叩く音で遮られた。


それは短く、乾いた音だった。


「分かってくれ!……当番で寝る場所、更衣室、トイレ、すべての生活環境に手を入れなければ、警察署では受け入れ態勢が取れない!一般市民だけじゃなく相勤員だってお前を襲うかもしれない!」


それは、否定でも評価でもなく、ただの判断だということは俺も分かっていた。


「お前は消耗させる人材ではない。能力を育て、組織を維持するための人材だ。」


関の言葉が重さを持って落ちる。


「卒業後の進路も、既に想定されている。警察庁刑事局刑事企画課。法改正や判例を踏まえた最新捜査手法の検討等を行う部署だ。全国現場の刑事が判断に迷った時、捜査に行き詰った時、法的・技術的支援・指導を行う立場だ。」


関は俺の目を見たまま、顔をそらさず続けた。


「……いわば、全国の刑事を俯瞰的に見る刑事。学生という現場経験が無い身分ながら、これまでの演習で見せたリアルな捜査指揮・手続き・現場への理解は全教官が買っている。」


「私は……男性が刑事の仕事をするためには、プログラム受講を拒否し、警察大学校に入校し、警視に上がるまでの間を狙うしかないと思っていました。」


言葉にした瞬間、自分でもそれがどれだけ歪な発想か理解していた。


だが、それ以外に道がないことも、理解している。


関は、俺の言葉を受けてわずかに目を細めた。


「……だからここに来たんだろう、お前は。」


肯定でも否定でもない事実確認の声に、俺は「はい。」と短く答えた。


「だがな、佐藤……その隙間は、もう塞がれた。」


関は一度視線を落とし、机上の書類を指で叩いた。


俺はその一言で、すべてが終わったと分かった。


「制度は更新される。例外は潰される。……特に、お前のような前例になり得る存在はな。……警視になるまでの時間を稼ぎ、その間に現場に出る?……そんな抜け道を上が見逃すと思うか?」


俺の逃げ道が、一つずつ消えていく。


「……思いません。」


俺は答えながら、喉の奥がわずかに乾くのを感じた。


「なら理解しろ。これは排除じゃなく役割の固定化だ。お前はもう、現場に出る人材として扱われていない。」


低く揺れない関の声が、妙に重く残る。


一拍、言葉を選ぶがそれでも、飲み込めなかった。


「現場を知らずに、ですか。」


俺の口から自然について出た言葉には、ほんのわずかな棘が混じっていた。


関は、それを受け止めた上で、静かに返す。


「だからこそ、だ。……お前が現場に出れば、例外になる。そうなったら、本当は現場をやってみたいと思っている男性警察職員が訴えるかもしれない。そうすれば、国家資源毀損リスクが高い組織として糾弾され、警察の弱体化を図る組織に狙われる。」


関は背もたれに寄りかかり、天井を一瞬だけ見た。


「……ただ、私は現場を知らない人間が机上で指示を出すことは、嫌われることだと知っている。本音を言えば、佐藤を現場で活躍させたいと思っている。……でも、これが警察と言う組織だと理解してほしい。」


矛盾しているが、それが現実だ。


「……ありがとうございます。関教官の仰っていることの意図が、論理的に正しいことも理解しています。……指示に従います。ですが、私はこれからも諦めるつもりはありません。」


俺の表情を見た関は、少し口角を上げた。


「結構。……納得しろとは言わん。……では、あとはこの書類の通りに。」


関はそう言って机に置かれた資料を指さした。


「……失礼します。」


俺は書類を手に取り、一礼して教官室を出る。



廊下はすっかり静まっていたが、少し先に見知った影があった。


「……佐藤。」


横峯は、小さな声で俺に話しかけると、先程受け取っていた資料を強く握りしめていた。


「横峯、おめでとう。大阪の戎橋なんて凄いな。大変だろうけど……得るものは多いだろう。お前ならやれる。」


俺が努めて平然と、いつものトーンで声をかけると、横峯は唇を噛んだ。


「……佐藤は、佐藤は何をするの?」


「何をするって……」


「佐藤が誰より現場に焦がれてるって私は知ってる。……私たちが現場に立って、佐藤が立てないなんて……それは間違ってる。」


横峯の瞳には僅かな同情と、明確な憤りがあった。


その事実だけで、納得しきれなかった心がわずかに解けるのを感じた。


「……間違ってるかどうかは、俺が決めることじゃない。」


自分でも驚くほど平坦な声が出た。


横峯の表情がわずかに揺れる。


「組織がそう判断した。それだけの話だ。」


「でもっ!」


「横峯。」


言葉を重ねようとした彼女を、短く制した。


強く言ったつもりはないが、それ以上踏み込ませない程度には、硬い響きになっていた。


数秒の沈黙が落ちる、廊下の奥で、誰かの足音が遠ざかっていくのが聞こえた。


「……佐藤…悪かったね。」と言いながら横峯が、視線を落とした。


「いや。お前が謝る必要はない」


俺は一歩だけ彼女に近づき、その手に握られた資料へ視線を落とした。


<大阪府警察 南警察署 地域課 戎橋交番>


繁華街、観光客、酔客、外国人、現場の密度が高い治安の最前線だ。


「…いい配置だな。……横峯に向いてる。」


「……そういう言い方、やめて」


静かに言った俺に対して即座に返ってきた言葉は、思っていたより強かった。


「……現場、見れるところは全部見てこい。……その上で、持ち帰ったものを教えてくれ。」


俺は視線を外したまま言う。


横峯はしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。


「……分かった。」


その返事だけを残して、彼女は踵を返す。


「佐藤。」


数歩進んで振り返らないまま、横峯の言葉だけが届く。


「……私、……全部持って帰るから。……だから、置いていかれたなんて思わないで。」


それだけ言って、横峯は去った。


足音が、廊下の奥へ消えていき、静寂が戻る。


俺はその場に一人残され、『置いていかれていない。』という言葉を、頭の中で反芻する。


否定する材料はいくらでも思いつくが、肯定する根拠もは何もない。


「……置いていかれているのは、事実だ。」


俺は、誰に聞かせるでもなく呟き、そのまま壁に背を預け、ゆっくりと息を吐いた。


胸の奥で渦巻いているのは、怒りでも諦めでもなく、もっと粘度の高い何かだ。


「現場に出られない刑事、か。」


言葉にしてみると、ひどく歪だ。


与えられた場所、制限された役割、それらを前提にした上で、どう使うか。


「刑事企画課……現場経験の無いヘルプデスク、ね……笑わせる。」


窓の外は、すでに夕焼けから夜へ移り変わり始めていた。


前世の記憶に問いかける。


現場に出られないなら、ここを続ける意味はあるのだろうか。


その結論は出ないが一つだけ、確かなことがある。



このまま終わるつもりはない。

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