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男女比1:96の世界で、女性だらけの警察大学校に男一人で入学しました(1/96前日譚)  作者: Pyayume
閑話

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23/27

「古賀海未:変化」

「で、古賀部長が担当していたタイミングにおいて、関教場の佐藤巡査が試験問題を事前に知り得た事実はない、という認識で間違いありませんね。」


佐藤のSPとなり、まもなく一年が経とうとしていたある日、私はいきなり人事第一課に呼び出された。


私の目の前に座る首席監察官の声は、感情はなく淡々としており、ほぼ詰問のような圧があった。


私は姿勢を正したまま、「ありません。」と、短く答えた。


その返事に間を置かず、次の言葉が重ねられる。


「断定できますか。」


「はい。日々の出来事は詳細に漏れなく報告書に記載し、全て決裁済みとなります。その内容に偽りはありません。」


首席監察官は、手元の記録から視線を上げないまま言った。


「……あなたは佐藤巡査に近すぎる位置にいた。判断に情が混入している可能性は否定できますか。」


「否定できます。」


自分でも驚くほど迷いなく即答した。


数秒の沈黙があり、紙をめくる音だけが、やけに大きく響く。


「では、別の角度から確認します。」


ようやく、監察官の視線がこちらに向いた。


「プログラム受講拒否者である国家資源が、同試験において上位成績を収めた理由を、どう説明しますか。」


上層部は繁殖プラン適応プログラムを拒否する国家資源が、まともであるはずがないとレッテルを貼っているのは間違いない。


予想していた来るべき問いに、私は一瞬だけ呼吸を整えた。


「……佐藤巡査の実力によるものです。」


わずかな間があり、部屋の空気が変わる。


「実力?…と聞こえましたが?」


初めて、監察官の声に僅かな色が乗った。


「はい。講義への理解、判例等を基にした応用力、現場想定における思考速度と判断力、全てにおいて突出した実力を持っています。」


「つまり、あなたは……」


監察官はそこで言葉を切り、ゆっくりと続けた。


「入校試験で厳しく選別され、1年間厳しい規律で研鑽した学生より、国の指針から逸脱した国家資源モノの方が優れていると言いたいのですか?」


それは、問いでも確認でも無く、踏み絵のように私は感じた。


「私見では無く、事実を申し上げただけです。事実をありのまま報告をすることが、この仕事に対する私の誇りと使命感です。」


今度は長い沈黙が続き、監察官は椅子にもたれ、小さく息を吐いた。


「……現場は、時に錯覚を起こす。特に男絡みの現場は、先入観が少しズレただけで過剰に反応してしまう。それにより、常識や制度というものからの整合性を見失う。」


独り言のような口調だったため、私は何も言わなかった。


反論は求められていないのは分かっていたからだ。


これは説明ではなく、圧力だ。


「……以上で聴取は一旦終了します。……もし、虚偽報告が発覚した際は、然るべき処分が下ることを覚えておいてください。……言い残したことはありますか?」


私が首を横に振ると、監察官は視線を落とし、書類に何かを書き込んだ。


「あぁ、それと……古賀部長は次年度以降は派遣解除の可能性があります。すぐに動けるように荷物をまとめておくように。」


---


あの聞き取りから約10日後、佐藤は無事に主席として掲示されていた。


「結局、異動の内示無かったね。」


私が執務室内で報告書を作っていると、相勤員が声をかけてきた。


「普段の佐藤君見てれば適正な結果だと誰でも分かるからね。先に教官達に聞き取りすれば良かったのに。」


「うちの係長以下、全員が先に監察に呼ばれた理由は、SP側の聴取で事実固めて、教官達の調べやる腹積りだったかららしいよ。教官が抱き込まれたって筋読みしてたんだってさ。」


「で、こっちの話と教官達の話聞いて、佐藤君が本当に実力が有ると認めざるを得なかったってことね。」


私は手を止めずに答えた。


「そういうこと。で、来年度も私たちはペアらしいから、引き続きよろしく。」


「よろしくね。……これで報告書仕上がるし、明日休みだから、飲みにでも行こうか。」


そう言って私は報告書の最後の行を打ち込み、端末を閉じた。


相勤員は納得したように頷き、近くにあった鞄を掴んだ。


私は片付けながら、その背中を目で追い、一瞬だけ思考を止めた。


監察は引き、処分も無く、評価も覆らないと、形式上は、何一つ問題は無かったはずだ。


だが、あの聴取の空気は、あれで終わる類のものではないと直感が告げている。


納得ではなく保留、判断した訳ではなく先送りにした、そういった種類の終わり方だった。


「どうしたの?」


振り返った相勤員に声をかけられ、私は小さく首を振る。


「いや、なんでもない。」


立ち上がり椅子を戻しながらも、私の思考の底に残る違和感は消えなかった。


そして、それ以上は何も考えないようにした。


---


二年に入ってからも、佐藤の状態は安定していた。


護衛対象としての難易度は、当初想定よりもさらに低下し、目を離しても問題ないのではないかと思うほどだ。


特に、盗難事件の際には精神的にダメージを受けることが予想されたが、佐藤は何事も無かったかのように過ごしている。


護衛対象が身体的にも精神的にも無事であることこそがSPの成果だが、今回のそれは、私達の成果ではない。


私はそのことに忸怩たる思いがあった。


だからこそ、必要以上に接触することを禁じられているにも関わらず、佐藤に助言をしてしまった。


「……ここなら、カメラ等の記録に残りませんし、人も来ません。」


あの踊り場は、本来、使用を想定されていない場所だった。


寮棟の非常階段、監視カメラの死角、風が強く、声が拡散する。


管理が届きにくいため、本来なら国家資源を立ち入らせていい場所ではない。


それを私は、あえて教えた。


最初にそう言った時、佐藤は一瞬だけ私を見た。


「……SPがそれ言っていいのですか?」


「本来は駄目です。」と、私は即答した。


「ただし、ここでの軽微な逸脱を許容する方が、全体の安定性は高まると判断しました。」


私の答えは建前ではなく、ただ佐藤に逃げ場を与えたかったという思いがあった。


「……合理的ですね。ありがとうございます。」


佐藤はそれだけ言って、煙草に火をつけた。


人生で初めて吸うはずなのに、それがあまりに様になっていて、護衛対象だと分かっていながら目が離せなかった。


横峯との一連の接触も、当然、全て把握していた。


深夜の話、成績の急落、精神状態の不安定化、そして、旧講堂での補習。


それらは報告書上は、こう記載して決裁を受けた。


<佐藤悠真は、一時的に成績低下をしていた横峯奈美の補習を自主的に実施。心身共に健全であり、一定の距離を保った指導をしている。幹部として育成指導をした際にも心身不調に結びつかないと思料された。>


横峯の感情の揺らぎも、佐藤が介入した動機も、何も書いていない。


私は、それは書くべきではないと判断した。


---


「……古賀。」


隣に立つ相勤員が、小さく声をかけてきた。


「これ、報告に上げる?どうする?」


そう言った相勤員の視線の先には、踊り場で並んで煙草を吸う距離の近い二人が居た。


もはや規律上では、黒よりのグレーだ。


私は数秒だけ考え、そして答えた。


「……上げないどこう。」


「いいの?」


「健康状態、外部接触。いずれも規定範囲内でしょ。身体に対する危険が迫っているわけじゃない。……それに、……あれは、管理すべき対象じゃない。」


自分でも、驚くほど自然に言葉が出た。


相勤員が、わずかに眉を動かす。


「監察にバレたら問題でしょ。今度は罰俸だよ。」


「その時は、私が泥を被るから。」


私は視線を外さずに答えた。


踊り場で、二つの火が明滅している。


これまで見てきて、佐藤は男性の中では最も安定しているはずの存在だと分かる。


しかし、それと同時に最も壊れやすい位置にいることは事実だ。


そして横峯は、その破損を修復できる存在だと私は思っていた。


「……まあ、私も積極的に報告したくないのは同じ。……何より面倒だしね。」


そう言って相勤員は少しだけ笑った。


国家資源に女学生が与える影響を知りながら、意図的に見逃した。


その判断は、後にどんな意味を持つのだろうか。


---


本日の予定は術科訓練であり、私は訓練場の隅に配置されていた。


佐藤はいつも通り、隅で型の練習をし、組手をする他の生徒の見学のはずだった。


昨日配布された予定表にも、佐藤と女子学生との実戦形式は含まれていなかった。


まして最上との組手など、教官判断によるものだとしても、明らかに逸脱した資源毀損行為だ。


国家資源に対する接触距離、衝撃、転倒、いずれも管理・制圧対象だ。


何かあってからでは遅いため、どこで介入するのが適切なのだろうか。


「……始め!」


開始の号令と同時に、私は思考を止め、佐藤と最上の動きに全神経を集中させる。


最上の踏み込み速度は良く、軌道は直線であるものの、感情による抑制が効いていないことが明らかで、危険だ。


介入距離凡そ3歩、間に合う。


そう判断した瞬間に、佐藤がわずか斜め前に一歩動いた。


その入り身は、訓練で習得したレベルではなく、予備動作の段階で佐藤の無事が確定していた。


「……っ」


佐藤の見せた素晴らしい動きに、声は上げなかったものの、呼吸がわずかに乱れた。


最上の体が宙を舞い、床に倒れたところで、「まて!」という教官の声がする。


佐藤はそのまま躊躇なしに教本の様な美しさで制圧した。


その判断速度は異常で合理的、まるで止めるという選択肢が最初から存在していない動きだった。


私は初めて明確に、この対象は守るべき対象ではないと意識した。


「……何、あれ。教本通りを実戦で使えるなんて……学生レベルじゃない。」という相勤員の小さな呟き。


「……ええ。」


視線を外さずに答える私の頭の中でも、同じことが思い浮かんだ。


現場での実戦を複数回経験した者の動きに間違いない。


後半では、短刀を持った佐藤が構えを放った瞬間、空気が変わる。


周囲の学生が、本能的に一歩引いたのが分かる。


SPとしても警察官としても、人間としても、『あれは危険だ』と理解する。


そんなことはお構いなしに、最上が突っ込むも結果は同じだった。


無駄がない合理的な一本。


「……古賀、これ。……報告、どうする?」


相勤員が、今度はわずかに声を低くする。


報告すべき事項は揃っているとは思った私は、数秒だけ考えた。


教官による逸脱した訓練、佐藤の制圧の見事さ、暴力性・凶暴性無し。


「……事実だけ淡々と。組手を実施、身体接触による怪我等は無し。以上って感じかな。」


私はそう答えたが自分で言って、違和感があった。


「……おっけ。右に倣えするね。」


相勤員は、それ以上は何も言わなかった。


---


二年が経過した。


佐藤の状態は安定し、今年度も主席の評価を叩きだしていた。


そして私たちの任務評価も問題なく高水準を維持している。


それでも、私は一つの傾向を認識している。


私は、彼に視認された際、わずかに呼吸が緩む傾向がある。


これは私の反射に近い反応で、その変化を確認すると、同様にわずかな安堵を覚えている。


私はこの理由を敢えて特定しないことを選んだ。


ただのSPには、それは必要もないことだと理解しているから。


だが、自分の意識可能な事実として、確かに存在している。


私は警護計画書を確認し、<護衛対象>と記載のある個所を二重線で消し、赤ペンで加筆した。


本来であれば修正する必要が無い箇所であることは理解している。


それでも、私は一瞬だけ手を止め、なるべく丁寧な文字で<佐藤悠真>と記載した。


その表記に、実務上の意味はないが、私には無意味とも言い切れなかった。

これで閑話は終わります。


次回からは三年生編がスタートする予定です。

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