play back ―― am 8:45
レジで時間を費やしてしまった。コンビニ袋を手に、私は急いで会社に帰った。出勤してきた社員達がドッと列をなしていて、2台あるエレベーターはフル稼働している。電車が動き出したのかもしれない。
何度も腕時計を確認しつつ、空きエレベーターを待つ。やっと降りてきた途端、雪崩のように押し込まれる。
――チーン
企画室のフロアのドアが開くと、上着を脱ぐ間も惜しみ、全速力で駆け込んだ。
「課長っ!」
「――えっ?!」
私の勢いに、デスクトップの向こうで、もはや崖っぷちになった被りものが、ピョコッと浮き上がった。
「か、課長っ。これっ――ネクタイ、これで、よろしいでしょうかっ?」
焦りと緊張も加わり、息が切れる。
「あ、ありがとう、美原さん。急がせちゃって、ごめんね」
「いいんですっ。それより、課長!」
私は、コンビニ袋の中から、ネクタイと一緒にレシートを掴むと、彼の面前に突き出した。その有り様は、戦場の殿に早文を届けた飛脚のようであったという――。
「これっ! ネクタイの後っ、必ず、たってみてくださいっ!」
「あ、ああ……」
課長は戸惑いながらも、ネクタイとレシートを手に、トイレへと消えた。
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■ーソン
〇〇〇ビル店
2020年●月▲日(水) 8:38
レジ#1 53109 責;千賀
【 領 収 書 】
ネクタイ 1,980
カ ボチャプリン 280
ミ カンゼリー 250
ズ ンダ餅 300
レ モンパイ 250
テ ィラミス 300
マ ンゴープリン 280
ス イカゼリー 250
合 計 ¥ 3,890
(内消費税等 ¥389)
点数 8点
上記正に領収いたしました
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【了】
拙作をご高覧いただき、ありがとうございます。
まず最初に……
この話は、もちろんフィクションです。
ですが、もし拙作で気分を害された方がいらっしゃったら、すみません。
以下、あとがきにつきましても、ご不快に思われる恐れのある方は、すみませんがご遠慮いただければと思います。
頭髪問題は、とても微妙な……悩む当人に取っては、大変深刻な事柄です。
だからこそ、「知られたくない」「隠したい」という心理が働きます。そして、その一方で、当人の意に反してバレてしまった時――そこに感情の動きが生まれます。
この話は、当人がバレないように誤魔化そうと奮闘する話ではありません。バレてしまったことを、如何に当人を傷付けないように伝えるか、という話です。
コンプレックスは笑いになり得ますが、差別的な嘲笑の話にしたくありませんでしたので、「言いたい(言わなきゃいけない)」のに「言えない」、しかもなかなか「伝わらない」という可笑しさに焦点を当てました。
主人公「美原さん」は、同僚達が不運な事故で足止めを食っている間、孤軍奮闘します。
一応、LINEで協力らしきものはもらいますが……基本、物語は「鶴見課長」と彼女の2人で進行します。
美原さんには、もっとドタバタしてもらいたかったのですが――会議までの限られた時間の中で出来ることを考えると、こんな感じに収まりました。
創作の裏話になりますが、この話は、他サイトの応募のため、締切前の4日間で無理矢理捻じ込みました。
なので、作り込みの甘さは否めません。
因みに、箱根駅伝の中継を観ながらの創作でもありまして、登場人物達のネーミングに地名(の一部)が反映しています。
ま……この辺りはお遊びということで。
最後の種明かしのコンビニスイーツですが、最近のコンビニは、本当にクオリティの高いスイーツがありますよね。
何とか「ズ」で始まる商品が必要でしたので、「ご当地スイーツフェア」を開催しました(ズは、宮城県でお馴染みのズンダ餅)。
2020年最初に作る話が、のほほんと笑える話で良かったです。
読者の方にも、楽しんでいただければ、幸甚です。
あとがきまでお付き合いいただき、ありがとうございます。
また、別のお話でご縁がありましたら、よろしくお願いします。
2020.1.5.(2.25.加筆修正)
砂たこ 拝