一
「アキラ、人の道を外れるな」
「私達の子供だもの、アキラは心配ないわ」
「アキラ、元気でな。辛くなったり寂しくなったらデレクを頼れ」
「いつでもそばにいますからね、アキラ……」
一際ゴツい体に黒のタンクトップと黒の綿パンの男と白いワンピースに細くしなやかな体躯で穏やかに微笑む女がうっすら消えていく。
「待ってくれよ、親父、母さーん!」
……
「……ラ、……キラ、……アキラ!」
青年は自分を呼ぶ声に目を覚ます。
「アキラ大丈夫?」
「またあの夢?」
黒光りする奴隷首輪をつけた桃色ブロンドの白いネグリジェを着た少女と何故か人語が話せる黒猫が青年を気遣う。
「ああ、久々に見たな……あの夢……」
アキラと呼ばれる青年が少女から手渡されたタオルで顔の汗を拭い、一度溜息をつく。
「あれからもう十年経つのか……」
十年前、アキラの両親は二人である品物の運搬中に、アロウ星系第三惑星ボーロ第二惑星パークレット星王国を巻き込んだバーレイ海賊事件に巻き込まれ、船ごと宇宙に散った。
「今何時だ?」
「朝の五時よ」
アキラの問いに少女、ミレーヌが答える。
「今日は午後二時にデレクさんのところに行くから、それまでもう少し寝たら?」
「いや、せっかくだし親父と母さんの墓参りに行ってくる」
「そう……」
アキラの返答にミレーヌは少し悲しそうに頷いた。
ミレーヌもあのバーレイ海賊事件の孤児でもあるのだ。彼女は元バークレット王国の第四王女だった。あの事件で母と姉達はミレーヌの目の前でクーデターを起こしたレークド将軍以下の慰み物にされ、まだ六歳と幼かったミレーヌは奴隷として売られた経緯がある。そんなミレーヌをたまたま奴隷オークションに来ていたアキラに買われたのである。その日が奇しくも二年前の今日であり、アキラが独立してちょうど一年経った日であったのである。
軽く身支度を整えたアキラは、その無精髭はそのままに「行ってくる」と家を出た。
アキラの住まいは小高い丘に一軒だけポツンとある。その家はまだ両親健在時から住んでいた家。少し古くはなってきてはいるもののその家を離れる気はサラサラないアキラだった。女々しいといえばそれまでだが、まだ十六歳だった彼にとってその家はかけがえのない場所でもあった。
両親のお墓までは歩いて十数分。眼下にはダリアの首都デパスの近未来都市が広がっている。
ここは渦巻き銀貨の中、太陽系からはるか五百三光年の彼方にあるパウロ星系第四惑星の惑星国家ダリア。共和制を敷くこの国には上下両院で四百五十名の国会議員と十三の省庁からなりたっている。その首都デパスはこの惑星でも科学の発展した町並みが広がっていて、少し郊外に行くと超広大な農業都市が広がりを見せ、また鉱物資源の鉱山も多く広がっていたりもする。そして国家の食料自給率はなんと三百パーセントを超えていたりもする超農業大国でもある。そのため、農業製品と鉱物資源、そして鉱物加工品が主な輸出品目にあがっていたりする。
首都を望む斜面にあるアキラの両親の墓で、道すがら一輪ずつ摘んできた花をそれぞれの墓石に供えるアキラ。
「親父、俺はいま親父の跡を継いでタチバナ星間運輸を再開させたぜ。そして母さん、そっちでも親父とバカップルぶりを発揮してんのか?あれだけバカップルをしておきながら子供が俺一人ってのもなんだかなぁと思うよ。でも安心してくれ。今俺にはまだ奴隷だけど頼りになるミレーヌや猫のくせに何故か人間語を話すクロがいるからな」
そう言ってアキラは両親の墓石に微笑みかける。
「さて、じゃまた来るわ。それまであの世でもラブラブていてくれ。俺はそんな二人が大好きなんだからよ」
と、立ち上がり後を振り返ると、そこにはごつい大きな体で目をウルウルさせているデレク・マカヴォイが立っていた。
デレク・マカヴォイ、彼はアキラの師匠でもあり友人でもあり後見人でもあった男だ。図体の割に涙脆いが、怒るとめっちゃ怖い。アキラが一度悪戯をしてデレクを怒らせたことがあったが、その時は半殺しにあっていたりする。しかしその後のフォローが行き届いているのがデレクの良いところであり、そういうところがデレクが多くの人から信頼を得、多くの社員を抱える大規模運輸業をやれている証でもある。
しかしこの巨体で目をウルウルさせている様は、ハッキリ言って気持ち悪い。
「デレク、何泣いてんだよ」
「いや、アキラ……お前強くなったなぁ」
とデレクがアキラを思い切りハグして大泣きしはじめた。アキラの体からメキメキというような音が聞こえてきそうだ。
「デレク痛いって!でもって気色悪い!」
「でもよぉ、お前が不憫でなぁ……」
「いや、だから俺はもう二十六だっての!」
アキラは言い返すが、逆にそれがデレクの涙のツボだったらしい。
「あれからもう十年だったんだなぁ」
大泣きしながらアキラを更に抱きしめるデレク。
「うぉぉおおおん!」
「だから痛いっての!」
そんな二人を木陰から除き見る日傘を差すブロンドの女性がいた。
「シルディアさん、デレク何とかしてくれ!」
アキラがシルディアと呼ぶその女性はデレクの奥さんでとにかく美人。その二人の様から付いた渾名が『美女と野獣』。まさに言葉通りの二人である。
「あらバレちゃった」
と可愛らしい仕草で木陰から出てくるシルディア。薄いピンクのワンピースがよく似合う。因みにデレクは五十六歳。対するシルディアは三十二歳という年の差夫婦。シルディアは見た目二十歳といっても誰も疑わない程に可愛らしく若く、女性として主張する箇所は程よく出ていて引っ込むところはしっかり引っ込んでいるメリハリボディの持ち主でもある。しかし決して若作りしているわけではなく、特別なにかエクササイズしているわけでもないらしい。世の女性から羨望眼差しと男共の劣情を向けられる人である。そして男共はそんなシルディアを娶ったデレクが羨ましくて仕方がなかったりもする。
「あなた、アキラちゃんが苦しがってるわよ」
おっとりしたその口調でデレクをたしなめると、デレクはハッとしてアキラを放した。
「こりゃスマンかった、怪我はないか?」
「やっと自由に……って、シルディアさん、『アキラちゃん』ってのいい加減にやめてくれよ。これでも俺はもう二十六歳なんだから」
ようやくフリーになったアキラがシルディアに苦言を呈すが、当のシルディアはというと、
「アキラちゃんはいつまでたってもアキラちゃんよ」
と、コロコロ笑ってそう答える。アキラの苦情がまるで伝わっていない――というか、これがシルディアなのであるからして、アキラの勝ち目はゼロなのである。




