大晦日 夜中 潜考
問題は既定路線効果をどう出し抜くか?
その点に尽きる。
・少女は路地で凍死する
これが既定路線なら何をどうやってもこのイベントが発生する事になる。であれば、既に詰んでいる。
いや、待って!
マッチ売りの少女は魂の救済の物語。
創造主は単に少女が凍死する話が書きたかったのではない。少女が神の御元に召され、永遠の安楽を手に入れた話が書きたかった。
ならば、路地に横たわる少女の死因は主客が逆転していると考えるべき。即ち、凍死したから魂が救済されたのではなく、魂が救済されたから凍死した。
であれば、既定路線は
・少女は神に召され、凍死する
となるはず。
駄目だ。
仮にそうだとしても、結局、詰んでる状況は変わらない。
順番がどちらなっても少女が死ぬことには変わりはない。
回避する方法を考えなければ根本的な解決にはならない。
正直、手詰まり……ん?!
手詰まり。
そうか手詰まりにすれば良いのか。
いわゆるフラグが立っていない状態にすればイベントも発生しなくなる。
では『少女は神に召されて、凍死する』のフラグは何だろう?
マッチを擦ってお祖母さんの幻を出すこと?
多分、お祖母さんを出して、かつ、持っているマッチを全部使い果たすのが条件な気がする。
それで最後のイベントのフラグが立ち、次のイベントが発生する。
即ち、少女(=私)が死ぬ。
逆の言い方をすれば、マッチを使いきらなければ少女は死なない。
……本当にそうか?
私は寒さにブルリと体を震わせる。
この寒さで外にいて本当に凍死しないだろうか。結構、疑わしい。
マッチ売りの少女の物語に、少女が何の救いも無く、だだ凍死するだけのバッドエンドが無いと言い切れるのか?
正直、自信はなかった。確認する方法も思いつかない。
リスク回避のために屋内に避難しておくのが良いと思うけど、避難する場所の当てがない。
少女の家に帰るのは駄目だろう。
何処かの教会に助けてもらう……
教会は不味いなぁ、ルーベンスの絵とか有ったら別の物語になってしまう。
となると親切な人の屋敷に潜り込ませてもらうぐらいだけれど、そんな都合の良いものがホイホイ見つかるとも思えない。
探している間に雪ダルマになってる自信がある。
非力な自分に与えられているのは、マッチだけ。
私は改めてマッチを見つめる。
このマッチの効果を考えてみる。
マッチをすると少女が想像したものが現れる。でも、それはマッチの火が点いている間だけだ。マッチは、私の時代の物より太くて長いけれど一本のマッチが燃えている時間は10秒程度。
10秒チャージ!のキャッチコピーでお馴染みのゼリー飲料が思い出された。
いや、駄目だ。
のど越しは楽しめても火が消えればお腹のなかで消えてしまう、栄養補給にはならないだろう。
そこら辺の石をマッチでだした暖炉で暖めるのはどうだろう?
石は現実の物だから暖炉が消えても熱くなった石が残るかもしれない。
上手くいくのかな?
軽く試算をしてみる。
先ずはマッチの本数。
さっき数えたら、12本を一束にしたものが前掛けのポケットに19束あった。手に一束握っているので全部で20束、合計240本。
全部使うとすると240×10=2400秒。
10分位加熱した石を抱いて寒さを凌ぐとしても暖が取れるのは1時間くらい。手もとのマッチを全部使えば4回位加熱できる。トータル5時間粘るの計算か。一晩凌ぐのは厳しそう。そもそも、マッチを全部使ったら死亡フラグが立つじゃないですか。
私はブルブルと首を振る。何か他の手を考えなくては。
でも、10秒程度で効果が出て、しかも、幻が消えても効果が持続するような物なんてあるのだろうか?
……
……
あっ、あった!
私はマッチを一本取り出すと手近の壁に擦り付けた。
- - - - - - - - - - - - -
しゅっ!
マッチは小さな音をたてると勢い良く燃え上がりました。
マッチの暖かな火に照された壁はキラキラと輝き、やがて何かを映し出します。
町を空から眺めた景色です。
視界がぐっーと降下してました。真ん中の赤い屋根の立派なお屋敷目掛けて、どんどん降りていきます。
ああ、ぶつかる!
と思った瞬間、するんと屋根を通り抜け、気がつくと暖炉の前に居ました。
赤々と燃える暖炉の前で大きな犬が気持ち良さそうにうたた寝をしています。
ああ、なんと暖かいのでしょう。
少女は思わず暖炉に手をかざして暖まろうとします。
暖炉の横には大きなテーブルがあり、可愛らしい男の子が座っています。
そこへお母さんが夕食を持って現れました。
こんがりと焼けた大きなガチョウです。
手を伸ばせば取ることが出来そうでした。
突然、目の前のガチョウも暖炉も消えてしまいました。
後にはマッチの燃えさしを持った少女が残されるばかりでした。
しかし、少女はがっかりするような素振りを見せませんでした。
それどころか満足そうな笑みを浮かべると雪の降りしきる夜の町へ歩き出しました。
2018/01/13 初稿