大晦日 夜 残滓
外はすっかり暗くなっていました。
どこの家の窓からも蝋燭のオレンジ色の光が漏れています。
なんと暖かそうな光でしょう。
少女は窓の一つを覗いてみました。
部屋の真ん中に置かれたテーブルには鳥の丸焼きや柔らかそうな白パン、そして、湯気立てているスープ!
少女は思わず手を伸ばします。
指が窓ガラスに当たり、コツンと冷たい音を立てました。
少女は項垂れ、足を引き摺り路地へと戻るのでした。
暫く歩くと家が二軒、並んで建っている所に出ました。家と家の間に小さな隙間か空いています。
少女はその隙間に体を入れてうずくまりました。
足が冷たくてもう立っていられないのです。
少女は座り込むと両の手で一生懸命足を暖めようとしましたが、余り効果はありませんでした。何故なら少女の両手も氷の様に冷たかったからです。
少女は諦めようにため息をつくと体を丸めてます。
そして、そのまま動かなくなりました。
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「どういう事ですか!」
私は立ち上がると手に持った小冊子をテーブルに叩きつけた。
だが、目の前の黒メガネの男は何も言わず、だだ肩をすくめるだけだ。
「これは私の研究のパクリじゃないですか!」
「また、何を言い出すかと思えばとんだいいがかりだ」
「言いがかり?
ここに書かれている『滑らかでない』解のナビエ・ストークスの解法のアプローチの仕方、これは私のアイディアでしょう!」
「非線形になる点をファイバーバンドル接続して座標変換で無理矢理、滑らかにする所かね?」
「そうです」
私の返事を男は鼻で笑う。
「はっはっはっ。
そのアイディアは確かに数年前に君に話した事があったね。
確か、お昼を一緒に食べた時だったかな」
「いいえ。
三年前、ここで学位取得論文の話をした時に、私があなたに話した内容です。
ちなみに教授とお昼をご一緒した事は一度もありません」
「ほほう、そうだったかな。
まあ、誰のアイディアであるかはさほど重要ではないよ。
アイディアはアイディアであってだね、それを実際に使えるようにするのが大変だし、より重要だ」
「その重要な事をしたのも全部私と思います」
私はプリントアウトされた紙の束を教授の目の前に放り投げる。それは私が書いた論文だった。
「この論文に全て書いてあります。
教授が投稿した論文は全てこれの写しです。一行だってあなたが考えた所はありません」
私は机を二度ほど叩く。頭のどこかで冷静にならなくてはと思いながらもどうしても感情を抑えることができなかった。心の中にある火山から怒りのマグマがじくじくと涌き出てくる。
「だけど君、この冊子は学会そ正式会報だよ。すなわち正式に受理されているものだ。僕名義の僕の論文だ」
教授は私が最初に叩きつけた小冊子を取り上げると、私の目の前でヒラヒラと振って見せた。
「だから!
それは私の論文のパクリだと言っているんです!!」
教授は小さく首を横に振る。
「論文、論文と言うがね、それは一体、いつ出したと言うのだね?」
教授の反論に私は言葉に詰まらせる。
その論文は担当教授、つまり、目の前の男に提出した時、びっしりと修正指示の朱書きが貼られていた。どれも些細な表現の問題だったが直すのに手間がかかった。
だから、まだ私の論文は提出できていない。
当然、それを目の前の男は知っている。
だから男は勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
「いや、いや。
提出もされていない論文を盾に、それは自分の手柄だと主張するのはどうかなぁ。
そんな戯言、一体誰が信じると言うのだね?」
私はテーブルを思いっきり叩いた。それでも怒りが収まらず、更にもう一度叩く。手がじんじんと熱を持つ。
しかし、教授は瞬きひとつしない。
怒り狂う私を冷ややかに見つめたままだった。
私の反応なんて折り込み済みなのだろう。
「言っておくが、君と僕が一度もお昼を一緒に食べていないのを証明するより難しいよ」
教授は自分が話したジョークがツボに嵌まったらしく大笑いする。
ひとしきり笑うと教授は嫌らしい笑いを浮かべる。さりげなく私の手に自分の手を重ね、身を乗り囁いた。
「まあ、君の協力の仕方によっては、今後の論文の共同研究者としてあげても良いんだよ。
うーん、そうだな。まずは今日の夕食なんか食べながら今後の事をゆっくりと……」
パシン
小気味良い音と共に黒メガネが宙を舞う。
気がつくと私は自分の担当教授を思いっきりひっぱたいていた。
そして、そのまま部屋を飛び出した。
2018/01/12 初稿
2018/01/12 タイトル変更しました
ここまでが前編
次回より後編になります。