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海にいだかれて  作者: 雪本 風香


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14章 5

 今治駅のホームに立つのは、四回目。


 最初は父さんに連れられて。次は一人で。そして、母さんと一緒に降りた場所に、今度は三人で並んで立っている。


 相変わらず、のどかな駅だ。

 一時間の内に来る電車は、特急電車と普通電車一本ずつ。

 終電だって、早い。


 町中だって、東京みたいに刺激が沢山あるわけではない。

 今はだいぶマシだが、夏に来た時はデカい虫にビビって、カエルの声だってうるさい。

 店だって早くに閉まるし、夜は街灯も少なくて真っ暗だ。


 でもさ、その代わりに。


 みんな親切だ。

 人に気にかける余裕があるっていうのかな、本当にみんな、人のことをよく見ている。

 それが、時に息が詰まる、っていう人の意見も理解できる。

 けどオレは、このお節介すぎる人たちが沢山いる町を、拠り所にしたい、って思ったんだ。


 それ以上にオレは魅入られてしまったのだ。


 穏やかに見せかけて、ぐるぐると渦巻く瀬戸内の海に。

 遠浅に見せて、油断している人間を飲み込もうとする海に。


 そして。


 一度たりとも同じ表情を見せない、広大な海に。

 それこそ、ひと夏で。

 将来は海で働く人間になりたいと思ってしまう程、魅了されてしまったのだ。


 

 唐突にペポン、ペポン、という音がホームに鳴り響いた。

「まもなく、一番乗り場に、下り列車が参ります」

 というアナウンスと共に、メロディーが流れる。


「『瀬戸の花嫁』か。相変わらず変化がない町だ。ここだけ時が止まっている」

 父さんの声には、どことなく懐かしさが混じっている。

「変わらないものがあるって、いいじゃん」

「……」

 返事はない。ということは、肯定だ。父さんは都合が悪くなったら、聞こえないふりをするんだ。

 

「父さん」

「……」

 徹底的にオレを無視するつもりだ。

 なら、オレだって。

 近づいてくる特急しおかぜ松山行きの電車を、目を細めて見つめる父さんの腕を引っ張った。

「ねえ! 父さんってば!」

「……なんだ?」

 よし、勝った! 父さんはうっとうしそうにオレを見つめる。

 オレは父さんの目を見つめながら、話しかけた。


「松山に着くまで時間あるでしょ」

「……ああ」

 電車がホームに滑り込んでくる。その音にかき消されないように、オレは声を張り上げた。

「その間、聞かせてよ」

「何をだ?」

 停止したしおかぜが、ペンポンペンポンと音を立てる。続いて、「ドアが開きます」のアナウンス。

 降りてくる人を避けながら、オレは父さんに伝える。


「今治の話を。父さんの子どもの頃と、どこが変わっているのかを」


 断られるかと思ったのに。

「……暇、だからな」

 父さんはオレの頼みを了承した。

「あら、私も聞きたいわ」

 母さんも、話題にのってくる。

「……仕方ないな」


 そう呟いた父さんは、電車に乗り込む。タケさんが言っていた通り、この時間に松山駅まで向かう乗客は少ない。自由席でも充分席のゆとりがあった。

 一番先に乗り込んだ父さんは、前後で空いている席を見つけると、くるりと前の座席を回転させる。

「陽太、どこに座る?」


 父さんに尋ねられ、オレは迷わず返事をする。

「A席に決まっている! だって、海が見えるんだから!」

 オレの返事に、父さんと母さんは顔を見合わせて、笑いあったのだった。


 (おわり)

 


最後までお読みくださり、ありがとうございました。

沢山の感謝を込めて。

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