1章 3ー②
はぁ、とため息をついたオレの横で、困り果てているのは、越智武史である。
一度も会ったことのないガキを、挨拶もそこそこに押し付けられたのだ。そりゃあ、困ってしまうだろう。
とりあえず、謝っておくか。
「あんな人で、すみません」
突然話しかけたオレに、越智武史はますます戸惑った様子を見せる。
「あ……、いや、てっきり努さんも家に来るんやと思っとってな……」
「父さん――いえ、父はオレを送った後、お付き合いしている人と旅行に行くみたいなので、忙しいんです。お構いなく」
ギョッと目を剥く越智武史の反応は、予想外だった。
「いや、……お構いなく、と言われてもな……。というか、お付き合いしとる人って、どういう……あぁ」
オレの言わんということを察した越智武史は、深くため息をついた。
呆れているのか、それとも同情しているのか?
まぁ、そんなの、どうだっていい。
「気にしないでください。父さんから金は貰っているし、寝る場所さえ与えてくれればいいので」
オレの言葉に、なぜ……か越智武史はムッとした様子だ。
「子どもが何を言いよんや」
と、ピシャリと叱ってきた。
今度は、オレがイラッとする番だ。
初対面の人間に注意されることほど、イラつくことはない。
オレの不機嫌が伝わったのか。
越智武史は、「まぁいいわ」と呟くと、オレの頭をポンと撫でた。
「行くか。みんな待っとるけん」
そう言うと越智武史は、足元に置いていたボストンバッグを軽々と担ぎ上げた。
「えっ!? 自分で持て……。ってか、みんなって誰だよ!?」
コイツ、一人暮らしじゃないのか!?
父さんから何も聞いていないんだけど!?
混乱するオレに、越智武史からの返事はなかった。
「長旅で疲れとるやろ。車、こっちに停めとんや。ついて来いや」
オレの言葉など耳に入っていないかのように、早足で先を行く越智武史の背中。
「くそっ……。なんだよ、コイツは!」
聞こえないように毒づいたオレは、大きなため息をつく。
コイツの家に一ヶ月近くも居候しないといけないなんて!
既に気が重くてたまらない。
「家……帰りたいな」
東京の家に。
ギスギスした空気だけど。
あそこなら誰もオレに構うことなく、静かに過ごせるのに。
「はよ来いや、陽太!」
早速、越智武史がオレを大きな声で呼びつける。
周りの人が、バッとオレに注目してくる。
ジロジロと遠慮ない視線にさらされるのは、いたたまれないし、恥ずかしい。
「そんな大声出さなくても聞こえてる!」
声を張り上げたオレは、その場から逃げ出すように、越智武史の背中を追いかけたのだった。




