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怨鎖 ~蟲獄~  作者: 玉部×字
其の零 釜の底

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弐 ただ一人の子


 虫は好きじゃない。

 家は郊外だからって大自然とはほど遠かったけど――まあ虫は出た。

 といっても家に出た時は父さんがやるし、伯母さん家は強い殺虫剤を使って防いでいた。あんまり虫――特に害虫を見ることはなかった。


 だから、最初それが何か分からなかった。


 薄暗い中、頭を打って朦朧としていたのもあって。

 上から降り注いだ土みたいなものが何か――分からなかった。


 頭に掛かり、首筋をくすぐりながら背中に入った。

 そしてベルトに溜まって腹から抜け落ち――膝の上に崩れるように落ちて来る。


 全身に悪寒が走った。


 落ちてきた土が蠢いていた。

 細かく震えるように、うねるように、曲がりながら捻りながら、複雑に絡みあって俺の身体を這いまわる。

 細い脚で、くすぐるように。

 小さい顎が肉に喰らいついて。


「うああああぁぁっ!」


 耳からは紙をくしゃくしゃに潰したような音がする。

 無数の毛糸でも頭に突っ込まれたようだった。


 鼻は破けんばかりに広がる。

 泥のような血のような物が逆流してくるようだった。


 喉はつまり、息が出来ない。

 日焼けが痛いからとTシャツで海に入って溺れかけたことがある。

 その時よりも苦しい。

 手足は藻掻き、口と鼻は酸素を求めて喘ぐ。

 口に入るのはまるでフナ虫みたいな虫ばかり。

 沢山の足が舌の上で踊って、喉の奥に突っ込んでくる。

 目が捕らえたのは土留め色の虫ばかり。

 沢山の目が俺に向かって、憎悪をむき出しにしている。


――何で虫が!


 虫の海だ。

 どうして虫がこんなにいる。

 どうして虫がこんなに攻撃してくる。


 応えはない。

 答えは考え付かない。

 酸素が足りない、考えることが出来ない。


「があががあああぁっ」


 ついに酸素を欲して虫を噛み潰す。

 ざらざらとした触感、生臭い味、棘が刺さったような痛み。口の中に広がる生臭い泥の香り。

 吐き気を催す。

 けど吐くよりも入って来る方が多い。

 胃が、腹が、膨れ上がるのか分かる。


 だが、奴らもそれは同じだ。


 息をするように顎を閉じれば俺の肉。

 俺が虫を喰らって――

 虫が俺を喰らって――

 俺を食った虫を喰らって――

 虫を食った俺を食らって――

 虫を食った俺を食った虫を喰らって――

 俺を食った虫を食った俺を喰らって――


 互いが互いに喰らい続けて――


 俺か虫か、虫か俺か、俺なのか虫なのか

 俺が虫なのか、虫が俺なのか


 分からない。分からないまま、意識だけがはっきりしていく。


『これもお役目ですよ』


 声が聞こえる。


『お前のお陰で吾妻が残るのです――胸を張っていきなさい』


 知らない声。


『遠慮はいらない。何も分からんよ東の子には。何せ言葉も喋れないのだから』


 いや知っている声。


『何が儀式だ。さっさとしてやれ』


 知らない、知らない。俺は知らない。


『ふっ、これでいいんだろ? これで安泰だ』


 違うそうだ。これはあの時の。


 言葉が流れて来る。

 言葉とともに感情が溢れてくる。


 燃え上がるような憤り、身もだえるような悔しみ、凍えるような哀しみ、力が抜け落ちていくような諦め。


 誰の感情だ。

 俺のものだ。

 誰が俺なのか。

 俺か、虫か。

 俺が、虫か。


 どっちがどっちか分からない。

 記憶も身体も、互いに食い合って、互いに喰らい合って

 どろどろに溶けあって――


 俺は釜の底に居た。


 光の差さない鋼鉄の釜の底に。


「俺――一人か――?」


 虫は居なかった。


『なんでその名前なんだい?』


 また声が聞こえた。


「ああぁ」


 俺は震えた。

 あの中でも俺が、俺であれた理由。


『そりゃ二人から――』


 この声が俺が俺であると教えてくれていた。

 虫達の中、数多聞こえた怨嗟の声の中。


『ええ私たちのただ一人の子―』


 その3つの声だけが優しかった。

 俺に生きろと元気づけた。

 俺であらんと願ってくれた。


 というのに――


「ああっ! ああぁあああああああああああああああああああああぁぁぁっ!」


 どうしてここに来たのか。

 ただ生きているだけでよかったというのに。

 伯母さんだっていつも悲しんでいたのに。

 伯父さんだっていつも心配してたのに。

 なんでこんなところに。

 父さんだって来て欲しくなかった。

 母さんだって別の場所で育つ俺を信じていた。


 もはや人でもない。もう生きてもいない。


 全身を震わして吠えた。

 我が身全蟲が震えて鳴いた。


「あああああああああああああああああああああああああっ!」


 怒り、哀しみ、悔しみを込めた。怨嗟の鳴き声。

 これは俺たちの鬨の声だ。



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