第39話 覆水盆に返らず
マンは邪魔だと思っていた和夜を消して清々するだろうと考えていた。するはずだった。邪魔なはずだった。和夜があっさり胸を貫かれ心臓が離れ動かなくなった体を天敵に連れ去られてもどうでも良いと思えるはずだった。物語には必要な少々、可哀相な1人の犠牲者が出来、面白い展開になって来そうで興奮して、主要キャラのやる気にも繋がって楽しめるはずだった。和夜の死に方に笑えるはずだった。でも、笑えなかった。面白くなかった。ずっと、ざわざわする感覚が嫌だった。
気晴らしにうろうろしていたが全然、駄目だった。和夜が居なくなって1週間程が経ち不死長老の所にお茶を飲みに行った。不死長老も少し元気がなかった。
「顔を出すのは久しぶりだね。マンくん・・・新しい良いお茶だよ。飲んでってくれ」
マンはホッと一息つき、お茶を啜る。
「・・・うまいな」
不死長老は少し笑顔になった。
「そうだろう、そうだろう・・・購入するには数年は待たないと手に入らない貴重なお茶じゃ。和夜くんが用意したんだよ」
「あいつ・・がか?」
「ああ・・・いつだったかの。だいぶ前に聞かれたんじゃ。マンくんへ何をあげたら喜びますかって」
「・・・何でだ?」
「感謝していたんじゃよ。自分が憧れてたキャラと同じ奥義が使えて、その人になれた気がするって、ヒーローが大好きな少年の様に純粋な笑顔だった」
不死長老もお茶を飲む。マンはお茶を飲み干し居なくなった。
そう言えば、かなり前に1度、不死長老に笑いながら
「そうか。和夜くんが名前を付けてくれたのかの。マンくん、わしもそう呼ぼう」
「止めろ!俺は納得していない!何なんだよ、漫画のマン先生って!そのまんま過ぎるだろ!」
「そうかの?結構、楽しそうに話しておったが・・・特に最近は愚痴と言いながらも本当に楽しそうじゃの~」
「楽しそうにしてねぇ!」
「せっかく出来た仲間、いや、友達とは仲良くなぁ」
「友達じゃねぇ!漫画世界のストーリーを進める駒だ!」
ということがあったのを思い出した。考えたくなくても考えてしまう。出会ってから居なくなるまでの時間が浮かんでくる。
自分の心のざわざわの原因が分かった気がした。分かった気がしたが、そんな訳ないと思った。違ってくれとも思った。もし原因が思った通りなら、時すでに遅しだ。
だが、和夜が怪化薬打倒委員会に現れた。何だ、無事だったのか、と思った。1人で寮にまで帰っている。今がチャンスだ、よーし、からかいに行こう、しぶとい奴めー、と思った。だが、なぜか体が動かなかった。会いに行って良いのか?今更そんな馴れ馴れしく接して良いのか?そもそも顔を出して良いのか?と自分らしくない不安な気持ちになった。しかし、マンが話し掛けに行かなくても和夜が背後にマンが居る気配を感じ取り、振り返ってバレた。マンは何も言えなかったが、和夜の顔を見てドキドキしつつも生きていたことへの安心感、気付いて振り返ってくれたことの嬉しさで包まれた。しかし、和夜の目はアニメや漫画のラスボスに居てもおかしくはない程に怖い目に変わり、怪しげな笑顔で言う。
「後悔させてやる」
一気に感じた。
自分が1人のヒーローから最悪のヴィランを作ってしまったのだ。
こっそり伸郎を付いて回っているとイカイケメンを見つけ戦っていた。どういう心境で見て良いのかが分からなかったが、主人公に賭けるしか、願うしか、縋るしかなかった。伸郎がイカイケメンに止めを刺そうとしている時に勝手に体は動いた。伸郎のおでこに突進したのだ。伸郎の動きは一瞬だけ止まり、その隙を見てイカイケメンは逃げる。
「おい、何の真似だ!」
伸郎の目の前に姿を現しマンは自分らしくもなく動揺した。
「おいはこっちの台詞だ!アイツの言っていたようにアイツを殺せば、お前の娘も死ぬんだぞ!?」
「分かってる」
「だったら!」
「アイツを殺さなければ、仲間にしたことへの罪悪感で和夜は苦しむことになる。急がなければ、場合によっては一般人も傷つけてしまうかもしれない。そうなったら色んな嫌な物を背負わせることになる。そうなる前に止めなければいけない」
マンは思った。ああ、“あいつ”の言う通りだ。言う通りになった。
伸郎自身も迷いはあった。自分がこの世界の最強キャラなら自分の家族を苦しめる奴を全員、倒してでも守ることが出来る。例え自分が正義のヒーロー主人公ではなく、悪役主人公になっても、どんな手を使ってでも家族には生きて貰うべきか。それが親なのか。いや、違う。娘は人を傷つけてまで生きたいとは思わない。家族だから分かっている。分かっていたからイカイケメンを倒す決断をしたのだ。




