第35話 嘘
騎士は勢いよく道場の扉を開けた。和夜は扉の音に驚きつつも、冷静を装って声を掛ける。
「・・・おはよう。目覚めはどうだい?」
「和夜ちゃん・・・どうしたの?」
和夜は倒れた男の山の上で座っていた。
「ん?ああ~、この見せかけの筋肉で見かけ倒しの雑・・・おっと・・・弱い者達かい?手合わせしたんだよ。これでも、ちゃんと加減はしたんだよ?それなのに気絶しても、軽く痛い思いをしても、懲りずに私に勝負してきてね。根性は良かったよ。後は態度を改めて欲しいねぇ」
「何があったの?」
騎士は何と言えば良いか分からないが和夜が和夜でない気はした。初任務で和夜に化けた敵を一瞬で見抜いた騎士だ。本物か偽者かどうかは直ぐに分かる。今、道場に居るのは本物であるが、和夜が変わったのだ。
「何があった?・・・何があったねぇ・・・」
和夜は呆れた表情で騎士を見た。
「別に。手合わせしてあげたり、上の立場として指導してあげたりしただけだよ。この人達、私に対して初対面の時から失礼だったでしょ?昨日までは許して黙ってたけど流石に今日で止めて貰おうと思ってね」
そう言うと和夜は倒れた男の山からジャンプして道場の床に着地した。自分の頭を指で刺し騎士へ聞く。
「そうだ。頭は痛くない?よく眠れた?」
「う、うん、痛くないけど・・・気付いたらこんな時間で驚いた」
「それは良かった。結構、眠れたようで・・・」
和夜は安心したような、いつもの笑顔から一瞬だけ怪しい笑顔へ変わる。
「昨日の夜、騎士くんが口にする物に睡眠薬を入れたからさ~」
騎士は驚きを隠せなかった。まさか、作って貰った夕食にそんな物が仕込まれているなんて思いもしなかったからだ。和夜はヘラヘラしたような態度で言う。
「ごめんねー、こうでもしないと邪魔されると思って」
「邪魔?・・・」
和夜は指を折りながら言った。
「リゼ、キンバ、強、その舎弟・・・態度だけは一丁前の弱者達の指導をするために今日は来たから。付いて来て止められても困るからね。それに、騎士くんのお陰で勝てたとか言われたら最悪だし・・・でも、騎士くんはいつも朝、早いから・・・睡眠薬を使って遅くまで寝て貰った」
笑顔で和夜は騎士へ歩いて近づく。
「いや~、良かった、良かった。何ともないなら騎士くんとも手合わせ出来る」
「嫌だよ。そういうのは・・・」
「何で?私に怪我をさせるから?侮辱って捉えて良い?」
真顔になった和夜の目にハイライトはなかった。
「あっ、先にこの人達の手当だな。せっかく加減してやってたのに無茶するよー」
いつもの表情と目に和夜は戻った。次々に医師や看護師が駆けつけて順番に手当てをしていく。ちなみに手合わせを見守っていた1人の医師は和夜達の戦いを見て自分も巻き込まれるのではと恐怖し、逃げてしまっていたのだ。巻き添えにならないように配慮はしていたが見ているだけでも怖かったようだ。
「さっ、じゃあ、行こっか。近くに広い誰も使っていない更地があったよね。そこへ行こう」
和夜は騎士を置いて1人歩いて向かった。騎士は迷いながらも、とりあえず和夜へ付いて行く。1人にはしておけないからだ。ゆっくり2人きりで話をしようと考えてた。
「今日は曇りか~、私はこんなに晴れやかな気持ちなのに」
不死長老は伸郎に電話した後に道場へ来たが騎士がまだ来ていないのはしょうがないとして、和夜まで居なくなったことには焦り、辺りを探す。そこで、医療関係者に声を掛けた。
「和夜くんを見なかったかね?」
「騎士さんとどこかへ向かいましたよ」
「そうか・・・」
携帯を確認すると騎士から2人で話をするとメッセージがあった。頼むぞ、騎士くん、と不死長老は思った。
和夜と騎士は近くの小さい山しか見えない更地へ着いた。地面は意外に綺麗な芝生である。
「いい加減、どっちが強いヒーローか決めようよ」
「・・・本当にどうしたの?」
「本当は私からは言いたくなかったけどねー。年上から年下に手合わせって何か格好悪いじゃん。だけど、騎士くんからは絶対に言わないし」
「言う訳ないでしょ?」
「ナンバー2がどっちか決めようよ。どっちが強いかで」
和夜は騎士にぐいぐい歩いて近づき騎士の顔を見上げている。
「こういうことは、本当にしたくない。どっちが強いとか決めるためだけにするのは・・・」
騎士が和夜へ懇願した。途中、騎士が何か言いたげだったが遮られる。
「良いよ。その気がなくても・・・こっちは攻撃するから」
そう言った瞬間に和夜は騎士の腹を目掛けて拳を突き上げる。咄嗟のことで騎士は避けれず、ふっ飛んで倒れた。無傷で痛くはない。体は痛くはないが心が痛かった。好きな子に殴られたというショックが大きい。悲しそうに和夜を見つめる。
「油断したね~。でも、こんくらいだと騎士くんはやっぱり何ともないか」
和夜は急に片目を手で押さえ下を向いた。騎士は和夜の体に何かあったと思い心配するが、驚きに変わる。
「和夜、ちゃん?・・・なの?」
信じられない姿だった。頬や首、手、服から見える部分の肌が血管のような模様で目立っていた。浮き出ている訳じゃないが白めの肌にはとても目立つ濃い紫色の線で異様だった。片目を押さえていた手をおろすと右目だけ白目も黒目もない紫色になっていた。人間ではなく、怪人か何かにしか見えなかった。
「いつまで寝っ転がってるの?」
騎士は立つ。
「和夜ちゃん、その姿はどうして?あの人と何があったの?」
和夜は勢いよく連続パンチを騎士にする。騎士はガードするしか出来なかった。キックも躊躇なく来るため避けきれず当たることもあった。
「おいおい、怪力イケメンって言われる人気のヒーローなんだから、これ位はガードしなよー。同じナンバー2の私も同等だと思われるじゃん。っていうか守ってばっか。名前の通りだな~」
真顔で和夜は騎士を煽るが騎士は和夜の発言にイラつくことはない。どうやったら和夜を止めれるか必死で考えていた。
「落ち着いてよ。和夜ちゃん。こんなことする人じゃなかったでしょ?」
「落ち着いてるよ」
一旦、和夜は攻撃するのを止めると後ろへ下がり騎士と距離を取った。鼻で軽く笑った後に言う。
「こんなことする人じゃなかったねぇ・・・そうだね。アイツ等に騎士くんをたぶらかしてるとか、手柄横取りしてるとか、親の七光りとか言われて傷ついて、ビビッて、内心イラついたこともあったけど耐えた・・・今、思えば・・・」
和夜は悲しそうな表情から一変、爽快な表情になる。
「なーんで我慢してたんだろって、私の人生の汚点だよ。私の方が強くて上の立場なのに、ビビる必要なんてないし」
そう言った和夜は構えて言う。
「もう何も怖くない。もう我慢する必要もない」
騎士に急接近すると、また攻撃をし出した。騎士は変わらずガードばかりする。急に和夜は攻撃を止めて下がり両手で顔を押さえ出した。
「和夜ちゃん!大丈夫!?もう止めよう!こんなこと」
「騎士くんは相変わらずだねぇ。この子をとても大事にしてるのが伝わるよ」
声は和夜だが話し方が変わった。和夜ではない誰かだということは分かる。両手をおろすと今度は両目が紫色になっており、白目も黒目もなかった。
「誰だ!?・・・和夜ちゃんを連れ去ったイカか?体を乗っ取ったのか!?」
「乗っ取ったって人聞きが悪いなぁ。助けたんだよ。私は」
和夜の体を使って話すイカイケメンだった。
「和夜ちゃんの体を使って暴れておいて・・・助けた訳ないでしょ?」
「暴れたねぇ・・・今まで酷い扱いでも我慢して抑えていた怒りを爆発して、手合わせと言って自分が上だと分からせた・・・これって暴れたって、そんな野蛮な表現で言うのかな?不本意ながら、ちゃんと加減もしてる。本当は残酷にヒーロー出来ない位に殺しても良いはずなのに・・・いや、実は何か策略があるのかな?」
口角を上げ楽しそうな表情、騎士は和夜の体を使って話すイカイケメンを睨む。
「それにしても君、ちょっと可哀相かもね。好きな子に殴られ蹴られ、見てて滑稽だよ。ふふふ」
「お前が操ってるんだろ?」
「うーん」
と言いながら悩むポーズをした。
「操ってる・・・そういう表現は間違いかな。だって、これは、彼女自身が望んだことだからね。私はその抑えていた怒りを解放させて、望みを叶えてさせてあげたんだよ・・・助けたんだ。彼女が本当は思っていることを、考えていたことを行動に移せるように」
「無闇な暴力を和夜ちゃんは望まない」
「いいや、無闇な暴力じゃない」
一瞬だけ声を荒げるが、直ぐに落ち着いた声に変わる。
「ちゃんと意味がある。下の者に自分の立場を分からせること・・・そして、望んでない。そんなことはない・・・彼女は特に君が気に入らなかったんじゃないかな~」
楽しそうな表情だった。
「君は強くて、周りも認めてて、格好良くて、人気で、そんなヒーロー・・・和夜ちゃんがなりたかった者そのもの・・・よくそんな憎い、鼻持ちならない奴と一緒に居たよ。和夜ちゃんは」
「・・・憎い?」
騎士は一瞬、動揺したような表情に変わった。
「私から言っても信じないか。本人に直接、言われた方が分かるかな?まぁ、私が和夜ちゃんの中から居なくなれば何もしなくても言うと思うけどね。楽しみだなぁ」
ニヤッと笑い和夜はまた両手で顔を押さえた。手をおろし顔を上げると右目だけが紫色だった。
「・・・誰も居ない。2人きりだからぶっちゃけるけど・・・気に食わないんだよなぁ~、騎士くん・・・あれ?何で、くん付けしなきゃならないんだ?まぁ良い」
和夜はゆっくりと歩きながら騎士へ近づく。
「憧れるなぁ、強くて人気のヒーローで。羨ましいなぁ、イケメンだから人生が上手く行ってそうで。なりたかったなぁ、ファンに囲まれるヒーローに。嫌いだなぁ、良いもん全部、持ってて。本人は望んでない癖にさ~」
和夜は騎士を見上げる。その目は憎しみしかなかった。
「身長も高いのは腹立つなぁ。見下してるみたいでさ~」
騎士がずっと困惑した表情をしている。そんな様子を見て和夜は嬉しそうな顔をした。
「まぁ、でも、勝てば私が強いって証明されて、ナンバー2だけは守れるし良いか」
すかさず和夜は騎士へ重いパンチをしようとするが騎士はガードしながら後ろに下がった。
「本当にガードばかりしているつもり?」
追い掛けるように和夜は騎士へパンチやキックをする。
「綺麗な顔にも傷が付いたら面白そうだ」
そう言い顔も時々、狙う。この一方的な手合わせの途中に銃弾が飛んで来た。
「危ない!」
騎士は和夜に殴られたり蹴られたりしているにも関わらず、自分の方に引き寄せて抱き寄せる。また、銃弾が飛んで来たからだ。
2人の戦いを見ている者が居た。その者達はうつ伏せで草を盾に身を潜めていた。
「おい、騎士が殴られてばかりじゃね?」
「チャンスだな。あの変な化け物はあれだが・・・まぁ、騎士に目掛けて撃ってから逃げるとかすれば良いだろう」
「そうだな。騎士を殺せば金を貰えるしな」
2人の銃を持った男達が現金欲しさに銃を撃ったのだ。幸い、銃弾は騎士と和夜の間を通り抜けたので当たらなかった。騎士はまた銃弾が撃たれると思い、危ないと言って和夜を抱き寄せたのだ。
「何だ急に」
勿論、和夜は不機嫌になる。
「また飛んでくるかもしれないから一旦、伏せよう」
「余計なお世話だ」
和夜は騎士から無理やり離れ、銃弾が飛んで来た方向を見つめる。
「あっちか、集中し過ぎて気付かなかったな。お前は伏せとけば?」
和夜は敵が銃を撃った方向へ今までにない速さで移動する。2人の男は化け物と思った人物の姿が急に見えなくなったことにビビる。
「あれ?・・・居なくなった?」
「後ろに居るに決まってるだろ」
和夜は男2人の背後に居た。1人の頭を足で踏みつけ、もう1人は髪の毛を鷲掴みにする。
「油断するなんて、間抜けだな~。本当、お間抜けさんだよ」
髪の毛を鷲掴みにした方はしゃがんでから地面に何度も殴りつけ、それが終わると足で踏みつけていた男は立ってから何度も足で踏んづけた。男2人は動かなくなる。
「まだ息はしてるよな?お2人さんの顔は覚えてるよ。お金目当てに何人も罪のない人を殺してるって指名手配されてるもんな」
倒れる男2人を見降ろしながら和夜は言った。
「後はどうしてやろうかな~。悪いことしてるんならアッサリ殺したら駄目だよね~。殺された人達が報われなくなっちゃう」
「和夜ちゃん!止めて!」
騎士は和夜を背後から強く抱き締める。
「おい!離せ!」
和夜は騎士が掴んだ腕を叩き、後ろにある騎士の足も宙に浮く足で蹴りながら抵抗した。
「和夜ちゃん!本当にこんなことがしたかったの?絶対、違う!一緒に過ごして来たから分かる!」
「うるさい!良いから離せ!敵を懲らしめている最中だ!今になって背後から掴む何て卑怯だぞ!」
「もうソイツ等は動けない!それ以上のことをする必要はない!」
「あるに決まってるだろ!コイツ等のせいで何人の被害者が出たと思ってんだ!」
「だからって和夜ちゃんがそれ以上、傷つけて良い理由にはならない!」
怪力イケメンの騎士が力強く掴んでいて和夜は解けないはずだが騎士は手を離してしまった。和夜の背中から赤黒い羽が出てきたからだ。和夜は宙に浮いて胡坐をかいていた。
「ったく、馬鹿力で掴みやがって・・・まだ悪人を懲らしめている途中なのに・・・っていうか何が傷つけて良い理由にならないだよ。何でこっちが言われるんだよ。アイツ等に言え!この青二才が!」
「和夜ちゃんは自分がアイツ等と同じ土俵に立つことになっても良いの?俺は和夜ちゃんにそうなって欲しくない」
「なーんで、私がアイツ等と一緒になるんだよ。この若造、頭が湧いてんのか」
「・・・和夜ちゃんが今しようとしたのはアイツ等と同じことだと思うけど・・・確かに、被害者が恨む気持ちややり返したい気持ちは分かる。でも、俺達はあくまで被害者がこれ以上、出ないように悪人を倒すことだけをしないといけないんだよ」
和夜はチッと舌打ちをする。
「・・・まぁ、良い。先に相手にしてやるよ・・・私を掴んだ時に言ってたな。なーにが一緒に居たから分かるだよ。上っ面しか見てねぇなぁ」
そう言った後に鼻で笑う。
「へっ・・・青二才は目も青いのか?」
しかし、騎士は挑発に乗ることはない。苛立ちも感じられない。数秒、目を閉じ開いた和夜の両目が紫色になっていた。胡坐を止め、足を伸ばし立った姿勢で宙に浮いたままでいる。
「どう?好きな子に憎まれる気分は、嫌われていたと分かった気分は。これは私がコントロールした訳じゃない。心の奥底にしまっていた気持ちを出させたんだよ。つまり、彼女は君のことをとても良く思っていなかったという訳だ。ふふふ。滑稽だなぁ。面白いなぁ。傍観してたけど非常に良い。ここまで煽るのは意外だったけど最高だ!」
騎士は何も言えなかった。和夜の目は片目だけ紫色になり、胡坐の姿勢に戻りながら言う。
「不思議な人だ。一緒に仲良くしてた人に実は憎まれてたのに、まだ私に攻撃しようとしないなんて」
「関係ないよ。俺は和夜ちゃんにそんなことしたくない。傷つけるようなこと、戦うことはしたくない。それは俺より和夜ちゃんが強くても変わらない」
騎士の真っ直ぐに見つめる目を和夜は腹正しく思った。




