第四百九話 埠頭を這う氷
亜梨沙の「視野」が鳥居を中継して五家に潜伏するギフターへ発信される。まずは映像を、次にトクノーアプリで作戦の指示が飛ぶ。事前に現場を視せることで任務の成功率が大幅に上がるのだ。
一台のトクノーカーには四、五名のギフターが搭乗しており、十台近くが現場に急行していた。手柄を立てて昇級や栄転を目論むギフター達が我先にとハンドルを切る。中でも南とアリスは現場近くにいた。激しく揺れる車内でマナを練成し戦闘に備える。
その時である。南の脳裏に亜梨沙の囁きが届いた。
――……なみ
(これは……姉さんの鍵付思念?)
「雨薙ぎの巫女」の血を引く南は精神感応系の素養があった。目を閉じて意識を集中する。
――みなみ――あなたにお願いが……あるの――魔剣を持つ男を――倒し……――
次第に亜梨沙の声が遠ざかり泡沫のように消えていった。車は何事もなかったかのように港を目指して走る。
アリスがスマホで任務内容を確認していると――キイィィィ……車内が急速に冷え込んできた。(この冷気は……?)身震いをして隣に座る南を見る。
普段感情を表に出さない南が笑っていた。「南くん?」最近その光景を見た。それは確かダーカー討伐の時だった。アリスは惨劇を思い出しザワッと胸が騒いだ。
◆
金山埠頭。船の墓場に隣接しており、かつては各種大型船が接岸する商港機能の中枢を担う重要な場所だった。現在、人はいないとされているが、東岸のスラム街と大きな橋で繋がっていることもあり、多くの難民が無許可で住居を増築している。
巨大な工場、無数のコンテナ、だだっ広い駐車場。目を見張るスケール感だ。その中の一つ、藪川建設の工場が麻薬の取引現場だった。シャッターが開けられて明かりが漏れている。一匹の黒猫が魚の死骸を突っついていた。
「場所はここだな」
ユエとベン、レオが率いる血剣旅団のメンバーが工場へ入っていく。中には積み重なった建築資材がそそり立っており、錆びた鉄と湿った木の臭いが漂っている。呼吸をするとひんやりとした空気が肺に入ってきて思わず咳き込みそうになった。口元に手を当てた時、男の声が聞こえた。
「遠路はるばるようこそ! 墓場の航海は神経すり減らしたでしょ、一歩間違えばぶつかって沈没っすからねえ! へっへっへ」
資材の陰から龍王の繁田が現れた。その軽薄な態度にユエは(やはりこの男は好かんな)と眉をひそめる。繁田の後ろには数十人の戦闘員が控えていた。それぞれがそれなりの異人だった。
「ありゃ、三上の野郎は?」
「ここまで案内してくれたが、どこかへ消えてしまったよ。勝手にやらせてもらう、だとさ。どうやら私のナイトは気まぐれらしい」
「くそったれ! やっぱり出戻りは信用できねーってんだ」
「で、繁田さん。そいつらは私兵か?」
「ああ、技能実習生さ。ま、元だけど。こいつ等が捕まったら強制送還でしょ。だから必死に戦うってやつでさぁ。まあまあ使えるぜ」
この世は弱肉強食。ユエは実習生と自分を重ねて口をつぐむ。そこでレオが前に出てきた。背中の大剣がガチャリと音を立てる。
「時間が惜しいな。そろそろ取引に入ろう。夜明け前にはここを発たせてもらう」
「そっすかぁ? おたくのブツをAMDに加工するトコ見学していきません? これからの付き合いのためにも……ん?」
ヘラヘラ笑っていた繁田が険しい表情で天井を見上げた。その豹変ぶりにユエは戸惑う。繁田がボソリと呟いた。
「覗き屋がいるな……こりゃ遠藤さんの嫌な予感が当たりやがったか」
その刹那、工場内の気温が一気に下がった――バキバキバキッと乾いた音を立て床が凍り鋭利な氷塊がユエに向かって伸びてくる。身を切り裂くような冷気に触れて死の予感が頭を過ぎった時、ドカンッ! と轟音が響き渡り氷とコンクリートが砕け散る。レオの斬撃だ。
「氷結能力か。普通人のお前らじゃ手に負えんな。裏口から船に乗り込め」
大剣を構えて工場の外を睨む。血剣旅団のメンバーがレオの背後で剣を抜いた。組織名に剣を冠するだけあり、皆が剣術の達人、もしくは武器生成型の異人だ。
「来るぞ! 構えろ!」
ヒュウン――冷気と一緒に南が踏み込んできた。積み上げられた資材と資材の間を跳躍し、その勢いのまま氷剣を振り下ろす――ガキーンッ! レオがそれを受けた。足元の床にヒビが入る。年端もいかない少年の一閃。その威力に目を見開いた。
「あはは!」
無邪気に笑いながら氷剣を振り回す。研ぎ澄まされた天性の勘、雑に見えて一撃一撃がピンポイントで急所を狙ってくる。右腕に切り傷をもらい距離を取ろうとしたが――ダンッ! 南が床を蹴ると氷が這うようにレオを追っていく。「むう!」受けた氷撃を吸収できずに背中から資材に突っ込んだ。
「凍てつけ……氷河!」
立ち上がろうとしたレオの身体があっという間に氷の結晶に閉じ込められた。待つのは窒息死。旅団員に動揺が走る。
「……」
レオに興味をなくした南がフイッと繁田を見た。その視線は氷雨のように冷たい。
「へっへ。おっかねぇなぁ~」
繁田がニヤニヤしながら銃を取り出した。「あ……」ユエは腰が抜けて歩けない。ベンに庇われながら氷のマナを纏う少年を見ていた。
【参照】
ダーカー討伐→第二百三十話 僕ごと貫け
雨薙ぎの巫女→第二百六十八話 雨薙ぎの巫女




