第三百九十二話 女は想い紫煙をくゆらす
ユエが発砲しようとした瞬間だった。空間に青白いマナの光がキラリと閃く。ヤオが両手を前に突き出して嗤った。
「あははー。動けないっしょ」
「お、お嬢! 身体が……!」
ユエと護衛達はマナで縛られ身体を動かすことができない。<テレキネシス>――念動力系の異能で対象のマナを操る。ヤオの得意技だ。
「アタシさ、人買いのトラックの中で他の商品と取引をしたんだ。皆の鎖を外して森に逃げたの。アタシにしては珍しく人助けしたから、気になって現場に戻ったんだ。そしたら赤髪のオジサンが火炎で無双してた。一方的に燃やしてたよん」
衝撃の告白を聞いてユエの顔が凍りつく。
「きゃは! そのままグーっと♪」
ヤオが指揮者のように両腕を動かす。するとユエは操られたマリオネットのように自分のこめかみに銃口を押し付けた。
「くぅ……」
ブルブルと腕が震える。懸命に抗うが無駄だった。ヤオのマナが身体を侵食し人差し指に力が込められる。テレキネシスによる他殺――状況的には自殺だ。
「や……めて」
ユエの口から気弱な女の声が漏れる。ヤオが狂気を孕んだ笑みを浮かべた時、遠藤が手にしていた拳銃を自分の頭に向けた。ロシアンルーレット――この期に及んで全く無意味なパフォーマンスにヤオが真顔になった。
「ちょっ、遠藤さん! なにやっ……」
「旦那ぁー!」
繁田が止めようと手を伸ばす。が、しかし――遠藤は引き金を引いた。カチッ……! 弾は入っていなかった。
「ふー」
遠藤は大きく息を吐いた。その身体は震えている。力なく笑うとこう言った。
「ヤオさん、皆さんを解放してください」
「え? あ、うん。わかったよ」
ヤオがマナの展開を解いた。ユエは信じられないものを見る目で遠藤を見る。カチカチカチカチ……遠藤が床に向かって拳銃を撃つが弾は一発も入っていなかった。
「はは、震えが止まりませんねえ。我ながらカッコ悪いや」
「あんた……どうして」
「先程の質問にお答えします。私はあなた方の過去を知っていたから接触を図りました。龍尾に強い恨みを持っていると思ったからです。それこそがこのビジネスを成功に導くファクターになるでしょう」
「恨み……か」
ユエは尻餅をつくようにソファーに座った。呆然と虚空を見詰める。ベンや他の護衛達も同様だった。
「赤い尖兵のボスには一人娘がいたようです。それがユエさん、あなただ。正直これは賭けでした。よくある名前です。人違いの可能性もあった。しかし血剣旅団の幹部を名乗る女性……元ボスの娘である可能性が極めて高い。赤龍の名を出した時の反応を見て憶測が確信に変わりました」
「……」
「そして人身売買の被害者だったヤオさんがあなた方を殺さなかった。我々に敵意がないことも分かっていただけたでしょう?」
ユエはにこやかに語る遠藤を一瞥すると半ば呆けながら煙管に火を点けた。
「ねえ、遠藤さん。弾が入っていたらどうするつもりだったの?」
「信じてもらう前に、まずは相手を信じろ。私はユエさんを信じました。これが日本人のやり方です」
遠藤が微笑んだ。それに釣られるようにユエも笑う。
「あははは! 気に入ったよ、日本人! 合格だ。ビジネスの話に入ろうか……と、その前に一つ謝らせてほしい。私は血剣旅団の幹部ではないんだ。そもそも異人でもないしね」
「は?」
今度は遠藤が驚く番だった。
「ふふ♪ あなたでもそんな顔するんだね。今この部屋にいるメンバーは現役の赤い尖兵だ。血剣旅団に吸収されても、まだ細々と活動を続けているのさ。ああ、血剣旅団は歴戦の猛者達だよ。我々のような普通人ではないから安心していい。私はただの窓口さ。イイ女だから適任だろう?」
からかうように長い足を組み直すとスリットから白い肌が見え隠れする。女性に免疫のない遠藤が思わず視線を逸らした。ユエは紫煙をくゆらせると少し考え込んだ。そしてヤオを見る。
「……あなたには悪いことをしたが、我々は自分の職務を全うしただけだ。所詮反社は掃き溜めに生きるドブネズミなんだ。日の当たる所を歩けない。あなたなら分かるだろう?」
「あは」
ヤオが一笑に付すとユエは肩をすくめた。再び考え込むと、すがるように言葉を紡ぐ。
「遠藤さん、最後に聞かせてほしい。我々が協力したら龍王は龍尾に勝つのか?」
「ええ」
遠藤ははっきりと答えた。ユエはこの日初めて素の笑顔を見せる。それは裏社会の人間には見えない普通の女の顔だった。
【参照】
ヤオと少女たちの取引→ 第二百九十二話 命懸けのギャンブル
赤龍の裏切り→ 第二百九十五話 地獄の業火に焼かれて詫びてこい




