第三百九十一話 あなたはその拳銃で何を撃つ
「なるほど。龍尾との抗争資金のため、我々に麻薬の仕入れと輸送を委託したいということね」
滞りなく商談は進んだ。ユエは礼儀正しい遠藤に好感を持ったように見えた。
「でもDMDは無理だよ。ダークマナに耐性のある異人がいない。目利きができない。仕入れルートもないしね」
「合成麻薬で構いません。日本で加工して輸出します。双方に利のある話かと存じます」
密売の効率化とリスク回避を図る。要は麻薬ビジネスの業務提携である。ユエとベンは顔を見合わせると訛りのある言葉で会話を始めた。どこかの少数民族の言語だ。全身を耳にしている繁田にも理解できないようであった。
「ふふん♪ 加工……ね」
ユエは一丁の拳銃を取り出した。即座に繁田が反応するが、遠藤はそれを止める。ピンと空気が張り詰めた。「ほら」拳銃を遠藤の方に投げるとこう言った。
「なあ、遠藤さん。あなたは普通すぎる。平和ボケした日本人にしか見えないよ。かえって胡散臭い。信用できない。パートナーが日和って逃げたら一元にもならないんだ」
遠藤は無言で卓上の拳銃を見詰めた。冷や汗が流れる。それなりに裏社会を渡ってきたが、もともとうだつが上がらないフリーターだったのだ。ユエは芝居がかった所作で拳銃を指差した。
「それには弾が一発入っている。あなたの覚悟を示してくれないか」
「覚悟……ですか」
緊張で喉が渇き声が掠れる。「ちょっと待ってくれ!」繁田が動こうとすると、壁側の護衛が銃を構えた。
「……」
一触即発の雰囲気のなかで、ヤオは黙って遠藤の背中を視ていた。
「あなたはその拳銃で何を撃つ?」
ユエが蠱惑的な声音で囁く。遠藤は震える手で拳銃を掴んだ。
「旦那、いけねぇ! 殺されちまう!」
繁田が両手を上げながら叫んだ。ユエは煙管を口に当てるとフウと煙を吹く。
「中国に麻薬組織がどれだけあると思っている。腑に落ちない。どうしてあなたは我々に接触したんだ。双方に利があるだって? 私は別にパートナーが龍王じゃなくても構わない。どうやら龍尾と揉めているようだが興味はない。ただ、せっかく海を渡ってはるばる来たんだ。だから童貞じゃないってことを証明してくれたら考えてやってもいい」
自分の返答次第では命を落とす。ヤオや繁田を巻き込み、龍尾との抗争に影響が出る。慎重に言葉を選ばなくてはならない。そう考えた遠藤の口から漏れたのは笑い声だった。
「あははは!」
「何がおかしい?」
ユエが怪訝な表情を浮かべる。
「いえ、失礼しました。面白い嘘をおっしゃるものですから。つい」
「嘘だって?」
「あなたが龍尾に興味がないなんてあり得ませんね」
「なんだと?」
ユエはテーブルの下に隠していた銃を手にした。ガチャッ。窓側に立っていた護衛が威嚇をするように銃を鳴らす。繁田は肝を冷やしながら遠藤の横顔を見た。
「……遠藤さん、慎重に言葉を選べ。どういう意味かな」
「あなたは十年前に赤龍のシンに殺された赤い尖兵の関係者だからです」
ユエの顔から笑みが消え、護衛達に緊張感が漂う。
赤い尖兵――かつて中国に存在した反社組織である。十年前、中国北西省の山岳地帯で赤龍のシンによって壊滅に追いやられたが、その事実を知る者は少ない。内部抗争で弱体化した赤い尖兵が血剣旅団の傘下に入った――それが法務省と警察庁の共通認識であった。
「……あの夜のことは誰も知らないはず。その場にいた関係者でもない限りね。お前何者だ……まさか龍尾の一味か?」
ユエの表情が氷のように冷たくなった。しかし遠藤はひょうひょうと言葉を紡ぐ。
「龍王には優秀な諜報部隊がおりまして。赤い尖兵に関しては調べさせていただきました。旅団員の中に相当数の元メンバーがいるのでしょう。赤龍にやられてからですか?」
「……答えになっていないな。あの夜の記録なんてないはずだ。もう一度問おう。お前達は龍尾の一味か?」
ユエは遠藤の眉間に照準を合わせた。呼吸をするのも躊躇うヒリヒリした極限状態で、遠藤は瞬きひとつせずにユエの瞳を見続ける。(こいつ……ただのホワイトカラーじゃないのか)ユエは目の前の平凡な男に気圧される自分を感じていた。
「うふふふ!」
遠藤の背後にいたヤオが突然笑った。場違いに陽気な声が響き渡る。呆気にとられたユエが視線を切った。
「あは! アタシが見ていたんだよねぇ。あの夜」
「……?」
小首を傾げるユエに遠藤が言った。
「彼女は十年前、赤い尖兵に売られた少女の一人です」
次の瞬間、ユエの目の色が変わった。
「こいつらを全員殺せ!」
「ひ、ひい!」
全てを諦めた繁田はぎゅっと目を瞑った。
【参照】
赤い尖兵を調べていた①→第二百六十二話 中途半端な悪党
赤い尖兵に売られたヤオ→第二百九十一話 闇の少女は光を纏う
赤龍に壊滅させられた赤い尖兵→第二百九十五話 地獄の業火に焼かれて詫びてこい
龍王の諜報部隊→第三百七話 蛟の木佐
赤い尖兵を調べていた②→第三百十六話 狂女の哄笑




