第三百六十二話 死んじゃえ
二次会の客が帰り始める時間だが、東銀の繁華街はまだまだ明るい。まるで眠らない街とでも言わんばかりだ。それを横目に見ながら漆黒の外車が走っている。運転席にはニック、助手席にミリア、後部座席に南と華恋が乗っている。
南はソフィアに起こっていることを皆に話した。異能について語る様子は饒舌で普段の南を知る者にとっては意外以外の何ものでもなかった。華恋が呆れたように感想を漏らす。
「み、南くん。きみはヴィオラちゃんを助けて更に精霊とフローラさんの加護を得たソフィアちゃんと真っ向勝負するつもりだったの? 相変わらず無茶するなぁ」
ミリアが言った。
「フローラ様のマナが切れれば一時的とは言えお嬢様を救えるのですね。旦那様の同行を許可しなかったのはフローラ様のマナの供給源となってしまうからですか……」
ニックが南に問う。
「問題はフローラ様のマナが枯渇するまで我々が猛攻を受けられるかどうかですね。黒川くんには秘策がおありで?」
南は緊張感の無い欠伸をすると、隣にいる華恋に声を掛ける。
「甘いもの持ってない?」
「はい、ミントの飴ならあるよ」
飴を口の中で転がす南は子供にしか見えなかった。しかしニックとミリアは感じ取っていた。絶対零度――黒川南が秘める得体の知れないマナの片鱗を。
◆
ヴィオラが指定した場所は残桜町の百貨店だった。この百貨店は旧市街再開発計画の一環で外資のマクロキャッシュが買収したが、パンデミックによるインバウンドの減少や物価高騰により頓挫し現在は営業していなかった。
廃墟と化した店内をソフィアは歩いていた。表情は虚ろで夢遊病者のように見える。ソフィアとフローラの意識が混在し、忙しなく切り替わっているのだ。
ひたすら階段を上り屋上に着くとそこは遊園地だった。「デジタルの時代にこそリアルなエンターテイメントを、古き良き時代のテーマパークを蘇らせよう」というコンセプトで取り壊さずに再利用したが思ったより客足が伸びなかったという。
屋上遊園地にはうっすらとライトが灯っていた。歩いてみるとかなり広い。観覧車や乗り物、アニメキャラクターの遊具や人形などがあった。夜の遊園地は静まり返っていて陽気なキャラクターたちが不気味に鎮座している。
観覧車の前にヴィオラがいた。その身に纏うマナは明らかに殺気を含んでいる。
「この遊園地バカみたいでしょ。流行らないのよ、今の時代にはね。最先端の仮想空間で充分だと思わない? ほんとパパは無能だわ」
ヴィオラは冷笑的にソフィアを見ている
「ヴィオラ……今なら許してあげる。馬鹿なことはやめてアンナと瑠璃を解放して」
「私さぁ、古い物って嫌いなんだよねー。あんな汚い倉庫無くなったって誰も文句言わないでしょ。くっだらない、底辺の人間なんてどーでもいい。路頭に迷えばいいじゃない」
ソフィアはキッと睨んだ。
「同じクラスメイトじゃない。どうして仲良くできないのよ!」
「あんたのそういうところがウザいんだよ。金持ちのパパのコネで入学して成績は中の下。ヘラヘラしながら二軍とつるんで傷を舐め合う。弱いくせに協会の広告に出て、おまけに黒川先輩のストーカー?」
「南先輩は関係ないじゃない!」
ヴィオラはつばを吐くと侮蔑を込めた目でソフィアを見る。
「どうやって黒川先輩に取り入ったんだよ。色仕掛けでも使ったの? もうヤッちゃった? あの人、ロリコンだったのか。じゃあ私にもチャンスがあったのかな」
「そ、そんなことしてない……」
「はぁー」
ヴィオラは深い溜息をついた。ソフィアは狂気をはらんだ視線で射貫かれて思わず身体が竦む。ヴィオラの方が圧倒的にマナ量が多いからだ。
「アンナと瑠璃は最後まであんたを庇ってたよ。自分達はどうなってもいいからソフィアを怪我させるなって」
「え?」
「なんなんだよ、おめーら。自分より相手を心配するその関係……親友とでも言うつもり? うっざ……私がぶっ壊してやる」
「うっ……」
ソフィアは胸が疼いて無意識に空を見上げた。妖しく光る満月がそこにある。次第に意識が遠のいていく。身体が熱い。自分以外の何かが腹の底から這い上がってくるのを感じた。
「やめ……て……ママ」
「ここであんたが死ねばあんたのものは全部私のものになる。A級への切符も貰えて一石二鳥じゃん」
ヴィオラはゆっくりと手をかざした。マナが集約され禍々しい<マナ弾>が発現する。先日の喧嘩の比ではない威力だ。ソフィアは湧き起こる激情に抗いながら呟いた。
「いやよ……消えたく……ない」
――この女は。
「せん……ぱ……い」
――『敵』だ。
「死んじゃえ。ソフィア」
ヴィオラがマナ弾を射出した瞬間、ソフィアの意識が消えた。




