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金色のウロボロス 電拳のシュウ  作者: 荒野悠
第二章 異人の歌姫 ――雷氷の邂逅編――
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第三十六話 DMDの売人

 繁華街の路地裏。見えるのは点滅する外灯、散乱したゴミ、外国語の落書き。自販機の明かりにコツンコツンと蛾がぶつかっている。


 その薄暗い通りを一人の男が歩いていた。サラリとした黒髪、甘いマスク、長身痩躯、羽織っているブラックのジャケットがばっちりと決まっている。韓国の俳優を彷彿とさせるこの男の名をソジュンという。


 ソジュンはマナを目に集約させて視力を上げていた。探しているのはダークマナパウダー、通称DMPである。DMD(ダークマナドラッグ)の製造に欠かせない黒い粉だ。ダークマナ教と取引をして、既に金は払っている。後は粉を受け取るだけだった。


「この自販機でしたかね」


 自販機の脇にはゴミ箱があり、その奥の植木の中に黒いポリ袋が捨てられていた。袋に小規模のマナ結界が張られているのが分かる。更にマナを目に集める。ダークマナが漏れ出ているのが見えた。


「これですね。うん、個数も問題ありません」


 DMPはダークマナに染まった粉末の総称だ。マナ結界で隠さないと協会(トクノー)や警察、他の異人に発見される。受け渡しには細心の注意を払う必要があった。ダークマナは人体に有害だが、ソジュンは耐性を持つ希有な異人だった。


 ポリ袋を大きめのボストンバッグへ入れて表通りへ出る。するとすぐに声を掛けられた。


「ソジュンくん、どこへ行くのー? うちへ寄っていかない?」


 顔見知りのホステスだ。彼女が勤めているのは龍尾(ドラゴンテイル)が経営するクラブだった。ソジュンは龍尾の売人なのだ。このクラブは接待で頻繁に使っている。


「いや、今日は帰ります。お疲れ様」


「あーん、今度は寄ってってねえ」


「あはは、了解しました」


 抱き付いてくるホステスをいなしながら家路を急ぐ。DMPは高額なうえ、協会員に摘発されたら一発でアウトだ。ソジュンは東銀を抜けて人気(ひとけ)のない道を歩いて行く。



 ◆



 ソジュンの祖先は在日朝鮮人である。学校でくだらない苛めはあったし、賃貸アパートを契約できなかったこともある。ソジュンに自覚はないが、過去に経験した、ささやかな差別の連鎖は深層心理に蓄積されていた。


 ソジュンは十三歳で東銀へ来た。当時は母親と二人暮らしだったが、母は水商売で家を空けることが多く、ソジュンは孤独な時間を過ごした。次第に荒んでいき、不良グループに入った。そのグループのケツ持ちが中国系移民をルーツに持つ反社組織[龍尾]であった。


 そして十五歳の頃、ハオランと呼ばれる男に誘われて実家を出た。ハオランは【黒龍】という異名を持つ龍尾の幹部で面倒見がいい男だった。


 ソジュンは現在二十二歳、DMD(ダークマナドラッグ)の密売をやらされて五年が経過していた。DMDは危険なドラッグだ。一口舐めるだけで意識が飛ぶ。ソジュンは興味本位で一度試したが、バッドトリップを起こし、自殺未遂をした。


 ソジュンは自分がとても危険なモノを売っていると知り、今では恐怖を抱いているのだ。毎日、カリスの音楽を聴いて心を落ち着けている。お気に入りは「無色透明」と題するアルバムである。カリスの歌はまるでソジュンのことを知っているのか、と錯覚するほど心に染みこんでくるのだった。



 ◆



 ソジュンは異人であり、マナの扱いに長けていた。【硬拳(メリケン)】のシンユーとチームを組んだこともある。


(そう言えばシンユーは龍王の後藤とやり合って警察に捕まったって聞いたな。まあ、もう釈放されただろうけど。今度慰めてやるか)


 異人喫茶の小競り合いが発端となり、龍尾と龍王の関係は最悪となっている。近々抗争に発展する可能性があるのだ。


(ハオランさんやシンユーには恩は感じている。だけど……死にたくはない。ケンは死んだと聞いている)


 先日の異人喫茶の事件で死者が一名出た。ソジュンの同期のケンだ。胸を撃ち抜かれたらしい。犯人はまだ捕まっていない。


 母の顔を思い出す。精神を病んで青白い顔をしていた母の姿はもう見たくないと思っていたが、最近やけに気になっていた。ソジュンはもやもやしながら玄関のドアノブに手を掛けた。


「じゅんじゅん~」


 突然声を掛けられる。視線を向けると、そこには女性が一人立っていた。人懐っこい笑顔を浮かべて手を振っている。ハイトーンの金髪、セミロングで肌は雪のように白い。右目は青、左目は緑のオッドアイだ。


「愛ちゃんか。来たんだ」


 ソジュンは先程までの鬱々とした気分が晴れていくのを感じた。


「近くに来たからねー。上がっていい?」


「うん、いいよ」


 愛は木目調の丸いローテーブルの前に置いてあるクッションの上にあぐらで座った。大きな目をぱちくりしていて小型犬のような愛くるしさを感じる。愛の仕草に緊張しながら、ソジュンはキッチンへ向かう。そしてボストンバッグをゴミ箱の裏に置いた。


「なんか飲む?」


「いらなーい。愛、自分でお茶買ってきたよ。じゅんじゅんの分もあるから」


「そうなんだ。ありがとう」


 ソジュンは愛の対面へ座ったが、彼女はソジュンの横に移動し、肩に寄りかかった。彼女の体温を感じる。日常で荒んだ心が癒やされていくように感じた。

【参照】

愛について→第二十三話 スパイダー

異人喫茶の事件→第三十話 鬼火の後藤

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