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金色のウロボロス 電拳のシュウ  作者: 荒野悠
第一章 電拳のシュウ ――異人令嬢誘拐編――
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第三話 スーツケースの中

 フィルがSNSに没頭していたため、当時の異人喫茶店内の様子が詳細に撮影されていたことは不幸中の幸いだった。しかも動画である。ソフィアの後にトイレに入った二人の女性客もしっかりと写されていた。


 一人はスーツケースを持った女、もう一人は金髪の女。二人は知り合いのようだ。彼女たちはソフィアより先にトイレから出てきて、そのまま店の外へ出て行ってしまった。


「兄さん、こちらのスーツケースの女が不自然ですね。連れがいるのにスーツケース持ったままトイレに入るとか怪しすぎません?」


 リンとシュウは顔を見合わせる。


「あー、丁度良いサイズのスーツケースだね! 子供なら入っちゃうぜ」


 シュウはフィルに推測を伝えた。


「娘さんはスーツケースの中に入れられて誘拐されたんだ。犯人はこの二人の女。あと店の外に白い服の女がいて、そいつが見張りをやっていた。つまり三人組だな」


 フィルはみるみる青ざめていく。


「そう言えばおっさん。ここに来た理由は店員から金蚊(うち)を薦められたって言ったよな? そいつガキじゃなかったか?」


「あ……はい。男の子でした。地元の子だと思います、服装からして。便利屋の店長が優秀な探偵だから、警察よりはそっちに行けと」


「別に探偵じゃねぇし。まあ、でも大体分かった。そいつは俺の相棒だ。この事件は解決できるよ」


 先程泣き出しそうだったフィルは一瞬で笑顔になった。今鳴いた烏がもう笑うという表現が四十代の男に当てはまるかは不明だが、シュウはそう思った。


 それにしてもフィルは子供の戯言を鵜呑みにしてやって来たのだ。彼の未来が些か心配だが、既に莫大な富を築き、社会で成功している男に対して、異人街の片隅で細々と便利屋を営んでいるシュウが言えることは何もなかった。


 それに理由はどうであれ、結果的に警察ではなく金蚊に来たフィルの決断は正しい。運も実力のうちである。この男はこうやって出世してきたに違いない。


「じゃあ、おっさんはホテルで連絡を待ってろよ。犯人からメッセージが来たら俺のスマホに転送してくれ」


「は、はい! 娘をよろしくお願いします!」


 フィルは深々と頭を下げて、店を後にした。



 ◆



 シュウとリンは観光客でごった返す異人街を進んでいく。道の脇にはカラフルなパラソルが立ち並び、新鮮な野菜や見たことのないフルーツ、外来種の川魚や肉類等の食品、生きた家畜、古着、家電製品、どこかで拾ってきたようなガラクタが並んでいる。


 人混みをかき分けながら、シュウは例の相棒に電話をした。


「おい、チェン! お前だろ? 金髪のおっさんをうちに寄越したのは!」


『やあ、シュウの兄貴。あいつ金持ってそうだったから、喜ばれると思ったんだけどなぁ?』


 電話口でやんちゃそうな子供の声が返ってくる。チェンはシュウの弟のような存在である。独自のネットワークを持っており、異人街の情勢に詳しい。今回の誘拐事件も何か掴んでいるに違いない。


「お前、知っているだろ? おっさんの娘を誘拐した女三人のグループを! 教えろよ」


『別に良いけど、タダじゃ嫌だね』


 異人街の子供は金に執着し、抜け目がない。


「日本円で十万やる。それと、高広屋の五郎系ラーメン奢ってやるよ。肉は増し増しだ!」


『いいね! 取引成立。じゃあ情報はデータで送るよ』


 電話を切ると間髪入れずにメールが送られてきた。これは前もってシュウの連絡を予測していないとあり得ない速さである。


(やれやれ。まさかチェンが主犯じゃないよな? 手際が良すぎるぜ)


 メールには誘拐犯の現在位置と素性が書かれていた。カラーズと名乗るチームらしい。


 大胆なことに誘拐犯はまだ異人喫茶の付近に潜んでいる。徒歩で十分ほどのアパートだ。どうやら空き部屋に侵入しているようだ。


 犯人グループの主犯格は白い服の女だった。名前はメイといい、アジア系の移民である。スーツケースの女は名をディアンという。金髪の女はミラという名の東欧系移民である。


 どうやら異人街に来て日が浅いようだ。異人がどうかは不明、つまり異能を秘めているかも分からない。単独で動いているのか、バックに組織がいるかも不明だ。少々雑なデータだが、短時間でまとめたにしては及第点である。


(俺の能力は接近戦に強いけど遠距離は弱い。一瞬で間を詰めて決めたいところだ)


 シュウはそう判断した。件のアパートが近付いてくると、二人の表情に緊張感が浮かぶ。誘拐犯はコーポ木崎の二〇三号室にいるらしい。都合良く隣室は空き部屋である。


 アパートの西側には用水路が流れており、雑草が生い茂っている。生活用水が流れ込んでいるのか、水面に泡が立っている。


 おまけに温暖化による気温上昇で水質は著しく悪化している。草むらには不法投棄されたゴミが散乱しており、お世辞にも奇麗とは言えない。完全にスラムと化している。


 周囲は住宅街になっているが、空き家が多そうだ。窓ガラスが割られ、部屋の中に木の枝が侵入している。この辺りの地域に住んでいるとしたら、それは世捨て人だろう。


 ソフィアが誘拐され、一時間が経過していた。時間は午後一時半である。スムーズに事が進めば二時には解決して二万ドルを得られるはずだ。この時、シュウは単純にそう考えていた。

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