第二話 ソフィア誘拐事件
シュウは難民の少女を救った後、自分が経営する便利屋に戻ってきた。古そうなエアコンは稼働しているが、明らかに出力が足りていない。まだまだ夏は遠いが温暖化で毎日が暑かった。汗が染みたパーカーを脱ぎ捨て、いつかイベントの時に使った通気性の良い甚平を羽織る。
「まじ暑い……死ぬぜこりゃ」
シュウの歳は十代半ばで、まだ学生のようなあどけなさを残していた。髪は金色のウルフカットでツンツンしている。髪に倣って瞳の色も金だがカラコンではない。これは彼が秘めるエレキ系の異能に関係していた。
表通りを眺めていると、鋭い直射日光に負けず人々が往来している姿が見える。二十一世紀末、日本の人口は減少しており、総人口の十五パーセントは外国人で占められている。表を歩いている人が観光客なのか、それとも移民なのか判断するのは難しかった。
「異人街の何が面白いんだろうな。観光客は……」
現在、世界には二種類の人種が存在している。まずは普通人と呼ばれる一般人、そしてマナと呼ばれる不可視なエネルギーを利用し異能を使う異人である。
異人街とは異人が多く定着している街だ。便利屋金蚊は異人街の氷川東銀座、通称東銀に位置している。
「異人を嫌う普通人は沢山いるのに、東銀には来るんだもんなぁ。あいつら矛盾してねー?」
世界に異人が出現したのは半世紀以上前だが差別に苦しんできた歴史がある。それは現在も大して変わっていない。
約十年前に日本は世界で初めて異人の存在を特殊能力者として認めた。そして異人を支援する特殊能力者協会を設立し、特殊能力者保護法を制定したのだ。協会に所属する異人をギフター、無所属の異人をストレンジャーと呼ぶ。
日本企業の水門重工が超地熱発電で長年のエネルギー問題を解決しており、日本は既に弱国ではなくなっていたが、人類の多様性を重んじるその政策は世界で高く評価されていた。
「辛気くせーな。音楽でもかけるかねえ。異人アーティストのカリスでいいか」
店内には客がいない。暇そうである。シュウは受付のパソコン画面をぼんやりと眺めていた。
正午を回った頃、突然金髪の男が店内へ入ってきた。顔面は蒼白で明らかに狼狽している。男は外見からは想像できないほど流暢な日本語で大声を出した。
「すいません! 異人街で事件に巻き込まれたのですが。こちらで相談できますか!」
シュウは金髪の男を上から下まで眺める。見たところ観光客のようであった。
「まあ落ち着けって、おっさん。異人街へようこっそ-♪」
「は、はあ……」
東銀は数多の移民や難民が流入しており、様々な文化が入り交じっているので、ディープな異国の雰囲気を味わえる人気のスポットであった。しかし、密入国者や半グレ集団、反社組織の隠れ蓑にもなっており、治安の悪い場所が存在する。
(どこかのバーでぼったくられたかな、トロそうだし)
このような観光客が金蚊へ依頼に来ることは多いので、シュウはそのように想像した。
「まずはそこに座ってくれよ」
そう言って男を受付のカウンターへ座らせようとしたが、混乱しているのか立ち尽くしている。
シュウは人見知りではないが、人を気遣うことが苦手である。腹芸は大の苦手。感情が顔に出るし、お世辞も言えない。故に真っ青な顔の西洋人を落ち着かせる術も持ち合わせていない。悩みに悩んだシュウは場を和ませるために一発かました。
「も・し・か・し・て! バーでゲイに告られたんスかぁ? ひゅー!」
「……」
品性の欠片も感じられない少年に呆れたのか、男は無言で席に座った。気まずい雰囲気の中、ガラガラとガラス戸を開けて妹のリンが入ってきた。抜け感のあるシアーベージュのボブヘア、兄と違って可愛らしい顔立ちだ。
「兄さん、お客様に対して失礼な言動はお控えください」
男はリンの発言で冷静さを取り戻し、流暢な日本語で語り始めた。
「わ、私はフィル=エリソンといいます。電拳のシュウさんとはあなたですか?」
「ん? ああ、俺はシュウ。こっちは妹のリンだ」
「あの……ここから南に行った所に異人喫茶という店がありました。そこで娘と食事をしたのです。観光客が多くて気さくな店内でした。それなのに……誘拐されたようなのです」
誘拐とは穏やかではなかった。背景に流れている陽気なカリスの歌はかなりミスマッチかもしれない。シュウは音楽の音量を下げた。フィルは青い顔で話し始める。
「娘は年頃だし、トイレには一人で行ける年です。私だってわざわざ同行はしない。トイレの扉は客席からよく見えていたから大丈夫かと……」
「お、おっさん! ここは異人街だぜ? 普通人の街と同じ感覚だとヤバイって! 秒だよ、秒!」
「そんなこと言われても……。と、とにかく娘が戻ってこなかったのです。トイレに入ったまま消えてしまいました」
「あーあ、そりゃ誘拐っしょ。可愛けりゃなおさら」
異人街で犯行に及びそうな反社会組織と言えば、龍尾、龍王、ダークマナ教、アルティメット・ディアーナ辺りだが、観光客に手を出すほど見境無しではない。
「おっさん、狙われる理由とかあんの?」
「分かりません。私に資産はあるが、今日の服装はウニクラのセール品ですし、鞄も持ち歩かなかった。『異人街を歩く時はお金を持っている風に見せるな』とガイドブックで読みましたから」
フィルの服装はアロハシャツで、しかも手ぶらである。育ちが良さそうな雰囲気だけは隠し切れていないが、犯罪のターゲットになるとは思えない。
「フィル様、お嬢様がトイレに入られた後、他に誰か入りましたか?」
今度はリンがフィルに問うた。
「女性の観光客が何人か入りましたけど……」
フィルは端正な顔を歪めて涙を堪えている。するとパソコンを見ていたリンが口を開いた。
「ソフィア様は誘拐されました。これは計画的犯行です」
「ど、どうして娘の名前を?」
「ソフィア様は西洋人形のように可愛らしいです。本日はウニクラで購入されたライトブルーのワンピースを着ていますね」
「な、何故知っているのですか?」
リンはくるっとパソコンの画面をフィルの方へ向けた。
「フィル様ご自身がSNSで発言されています」
パソコンの画面にはフィルのSNSアカウントが映し出されている。タイムラインには丁寧に画像を添えて事細かにスケジュールが記載されていた。
しかもリアルタイムで発言しているので、犯人側にフィル親子の姿形、行動は筒抜けであったに違いない。SNSを見るのは善人だけではない。犯人グループが随時チェックしている。
「SNSのリンクから企業のホームページへアクセスできますね。フィル様はアメリカの大手エネルギー会社[マラソン・エナジー]の役員に名を連ねています。誘拐犯はこれらの情報から計画的にソフィア様をターゲットにされたのでしょう」
「そう……ですか。私が犯人に情報を与えてしまったのですね」
その時、フィルのスマートフォンが振動した。メッセージが届いたらしい。
『IF YOU WANT TO SEE YOUR DAUGHTER,PREPARE $1 MILLION.(娘に会いたければ百万ドル用意しろ)』
犯人からの要求である。どうやら誘拐犯はソフィアの携帯からメッセージを送っているようだ。文章と一緒に昏睡するソフィアの画像が添えられている。それを見てフィルは絶望に打ちひしがれた。
「妻に先立たれて私には娘しかいないのです。溺愛していました。『娘を愛して』と……今際の際に妻が言いましたから」
フィルの目には涙が浮かんでいる。そこでシュウが口を開いた。
「おっさん! 何泣いてんだよ。何のために金蚊へ来たんだ? ソフィアちゃんを助けるためだろ?」
フィルが驚いたように目を見開いた。リンが言葉を繋げる。
「身代金を要求してくる犯人はお嬢様に危害は加えないでしょう」
「おっさんは警察に行かず俺の所へ来た。それは正しい判断だ。俺が犯人をぶっ飛ばしてやるぜ!」
シュウはにやりと笑った。歯に衣着せぬシュウの発言がかえって場を和ませた。
「は、はい! 私もできることはします! 百万ドルなんて安いものです」
その言葉にシュウの眉がぴくりと動いた。
「その百万ドルは犯人ではなく、俺達にくれよな! エアコン新調したいんだ」
「兄さん、百万ドルは高すぎます。でも危険を伴う案件ですので……一万ドルでいかがでしょうか」
リンはちらっとフィルを見た。家計を預かるリンは金額にはシビアである。
「勿論払います! 前金で一万ドル! 救出できたら更に一万ドル払います! キャッシュで!」
報酬二万ドル。その金額に二人の目がきらっと輝いた。
地獄の沙汰も金次第。フィルは眼前に座っている二人の兄妹に一縷の望みを託した。
まだ幼く見えるが、この異人街で便利屋を経営するその手腕には大いに期待できるだろう。おそらく彼らも異人なのだから――フィルはそう思っていた。




