第二十八話 電拳のシュウを監視する者たち
パソコンに向かっていた亜梨沙はコーヒーを飲んで一息ついた。すると扉がノックされる。入ってきたのは金色のくせ毛をさらっと流した爽やかな青年だ。彼の名前はフェルディナン=ルロワ。協会の事務局次長に任命されていた。
「お疲れ様、フェル。どうしたの?」
「異人街で犬型のダーカーの目撃情報が出ています。夜回りを増やした方が良いかと」
「そっか」
ダーカーとはダークマナを纏った獣の総称である。生き物の死体にダークマナが憑依し、生者のマナを食らう化け物になるのだ。マナを食らうということは、相手を食い殺すことを意味する。生き物の死体ならその種類に関係なくダーカーとなり得るが、人型のダーカーは今のところ確認されていない。
「それと、カリスことシャーロット=シンクレアが氷川SCの高広屋で目撃されました。南くんからの報告です」
「えー、それは困るなぁ。今どこにいるの?」
「便利屋金蚊という店にいるみたいですね。先日、マラソン・エナジーのフィル=エリソン氏がSNSで宣伝して、少し話題になっています」
「どんな店なの?」
「色々やっているようです。引越し、草刈り、家具移動、荷物運び……迷子のペット探し? 見張り、ストーカー撃退、浮気調査。夜逃げの手伝い? かなり多岐にわたります」
「ふーん。異人の店長かしら?」
「そうですね。サイトにプロフィールありますよ。兄妹でやっているようです」
「この子のバックに暴力団とかいないでしょうね」
「そこまでは分かりませんが……」
亜梨沙は不安に表情を曇らせる。「カリス」にスキャンダルがあってはならないからだ。
「それにしてもカリスを見付けるなんてやっぱり南は優秀ね! どう? あの子は訓練校でうまくやれてる?」
「すこぶる優秀です。まだBBB級ですが、能力のポテンシャルはA級並みでしょう。黒川の血を引いているだけあります。ただ……」
「どうしたの?」
「彼は圧倒的な異能を秘めていますから……その。優秀ではない異人に対して、それが態度に表われると言いますか……人見知りもしますし」
亜梨沙がじーっとフェルディナンを見ている。
「え? 何? 南が暗いって言いたいの?」
「あ、いや! そういうわけではありません! あはははは! あ、あの、副会長……南くんには引き続きカリスを監視させてよろしいですか?」
フェルディナンはやんわりと話の流れを戻した。
「勿論よー。あ、でも二人体制にしてね。東銀と一宮は危ない所もあるから」
「東銀には吸血鬼がうろついているという噂もありますからね。フィオナさんがピッタリとくっついています」
「私、あの子嫌い! 南にエロいことしそうだし。心配で夜も眠れないわぁー」
「はは……」
亜梨沙は優秀だが、弟のことになると自分を見失う。しかし、彼女は【禁忌の魔女】の異名を持つギフターとして、異人街では名が知られていた。フェルディナンは苦笑しながら部屋を後にした。
◆
東銀を黒川南とフィオナ=ラクルテルが歩いていた。
「南……。暑かったらどこかに入りましょう」
フィオナは気怠そうに前を行く南を気遣う。
「別にフィオナはついてこなくていいよ」
南は素っ気ない。塩対応だ。しかしフィオナに気にする様子はない。南の手を取るとこう答えた。
「フェルディナンからの指示だし、騎士の契約よ。それにあなたは危なっかしいわ。私が守ってあげる」
南は飲食店が入ったビルの前で立ち止まった。二人は最上階のカフェに入ると窓際の席へ座る。オーダーを済ませると、南は眼下に見える便利屋金蚊に目をやった。
――約一ヶ月前、南とフィオナはカラーズ摘発のため動いていた。容疑者は四名。アジア系移民のロウ、メイ、ディアンと東欧系のミラである。この四人は東銀に来て日は浅いが、龍尾とコンタクトを取ろうとしていた危険なチームであった。
フィオナは別行動をしていたロウを尾行していたので、拠点のコーポ木崎に踏み込んだのは南一人だ。玄関からではなく、粉々になっていた窓から侵入した南は中の凄惨な光景に一瞬動揺した。
天井、壁、床、カーテン……、あらゆる所に真っ赤な血が飛び散っていた。足下を見ると「元人間らしい」肉塊が散乱している。部屋の隅に破損したスマートフォンが落ちていたので回収した。一通り部屋を調べた後、血だまりの中で意識を失っている少女に目をやった。
「誰だろう、この子……。カラーズのリストには入っていないんだけど……誘拐でもされたのかな」
カラーズは薬物犯罪をメインに活動していたはずだった。最近異人街で問題になっているDMDの売人として密入国したと考えていたが……。
肩を叩いても少女は目を覚まさない。どうやらカラーズを虐殺したのは少女であり、能力の反動で意識を失っていると考えられた。南は気怠そうに溜息をついた。
「どうしようかな……この子」
放っておくわけにはいかない。南は少女を抱きかかえた。すると玄関の向こうで物音がした。微かにパトカーのサイレンも聞こえる。
(外に気配が……?)
南がベランダへ飛び出すと同時に、金髪の少年が部屋に踏み込んできた。間一髪、姿は見られていない。南はカーテン越しに少年を観察する。
(警察の関係者には見えない。あいつもカラーズの一員? いや、別組織のチンピラ?)
「早くソフィアちゃんを保護しないと――」
少年はそう呟くとベランダの方に顔を向けた。
(……こっちに来る)
南はソフィアを抱えたままベランダを飛び降りた。次の瞬間、カーテンをかき分けて少年が飛び出してきた。またも間一髪である。南はアパートの壁の陰に隠れた。
パトカーのサイレンが近付いてくる。明らかにカタギではないあの少年はもう玄関からは出られないだろう。南はソフィアと呼ばれた少女を草むらにそっと寝かせた。少年がベランダから飛び降りたら目に入るはずである。
この少女を警察に、そして協会にも渡してはならない。あの少年に任せれば丸く収まる。南は直感的にそう思った。
スマートフォンを見るとフィオナからメールが届いていた。リーダーのロウが乗った車が、パトカーのサイレンを聞いてアパートから離れたらしい。そして南は気配を消してアパートを後にしたのである。
――その後、南はソフィアのことを知り、SNSで旅行を継続していることを確認した。異能で人を殺害してしまった場合、大抵は罪悪感から心身を病むのだが、画像のソフィアにその様子は一切無かった。
(大した子だよね……将来有望だ)
南は回想しながら運ばれてきたアイスコーヒーを飲む。
「南。カラーズを追っていて電拳のシュウを見たんでしょう。どうだった?」
前に座るフィオナが聞いてくる。
「僕より……フィオナは河川敷でシュウとロウの戦闘を見たんだろ」
「遠目で分かりづらかったけど、スパークしていたからエレキ系のエレメンターだと思う。遠距離は苦手で近距離にめっぽう強い……そんな感じ」
「エレキ系って……見間違いじゃないの? 異人街でその技使うのは金蛇の雷火くらいだ」
「でも異名も電拳でしょう?」
「異名と異能が一致しない例は多々あるよ。敢えて逆属性を名乗って、相手の裏をかくとか。まあ、どうでもいいけど。面倒くさいし……」
南は気怠そうに髪をくしゃくしゃとした。フィオナは金蚊を見下ろしながら考察を述べる。
「シュウより……南の方が強いと思う。任務で対立すれば倒さないといけない……かもね。その時は私があなたを守ってあげる」
――フィオナはシュウとロウの戦闘終了後、そのまま気絶していたロウを捕えたのであった。彼は強制送還され、既に日本にはいない。
【参照】
カラーズの誘拐事件→第四話 血に染まった部屋
シュウとロウの戦闘→第五話 電拳のシュウ




