第二十八話 デート大作戦
シュウとシャーロットは並んで東銀を歩いていた。これはストーカーをおびき寄せる疑似デートである。
(任務とはいえ、こんな美人とデートするとは。何を話せば良いんだ?)
シュウは年上の女性を相手に緊張していた。どのようにエスコートをすれば良いのか分からない。その時、シュウの視線に気が付いたシャーロットが、にこっと笑いかけてきた。
「え? ああ! トイレとか行きます? シャーロットさん」
シュウの発言にシャーロットは一瞬きょとんとして、すぐに笑った。
「もう、シュウさんったら。さっき事務所で行きましたよー。本当に可愛いですね!」
可愛いと言われてしまった。シュウは照れて鼻の頭を掻く。
「あのー、シュウさん。腕組みませんか? 恋人なんですから」
「え、えぇ! そ、そうっすね! はい」
シャーロットは「嬉しい!」と言い、ぴたっと身体を密着させてきた。とても良い香りがする。全く女性に慣れていないシュウには刺激が強すぎる。周囲の視線が気になって仕方がない。これでは突然の襲撃に対処できないかもしれない。……が、振りほどくことができなかった。悲しい男のサガである。
「そうだ。お守りは持ってきましたか?」
シュウは緊張を悟られないように話を振った。
「はい、昨日貰ったお守りですよね。持っていますよー」
シャーロットにはGPS入りのお守りを渡している。万が一、はぐれた時の保険だ。それを使う場面は無いかもしれないが、念のためである。
◆
二人はイタリアンでランチを食べ、その足で異能ミュージカルを鑑賞した。シュウとシャーロットはストーカーの存在を忘れ、純粋にデートを楽しんでいた。談笑しながら、少し洒落たケヤキ並木を歩いて行く。余裕が出てきてシュウは周囲に気を配った。
(さて……複数人に尾行されているな。シャーロットさんは気が付いていない)
このまま裏道に入って犯人を叩きのめしたい感情を抑える。気が急く自分を自覚していた。入念に準備をしてきた分、逸るが解せないこともある。何故複数なのか。ストーカーは単独犯ではないのだろうか。
「……私と一緒で疲れましたか?」
急に無口になったシュウに不安を覚えたのか、シャーロットが上目遣いで聞いてくる。シュウは慌てて答えた。
「いや、そんなことはないですよ! 大丈夫です」
シャーロットはじっとシュウを見詰める。何かを視るように……。遠慮がちな笑顔から真剣な表情に変わっていく。
「シュウさん。私に嘘はつかないでください。何かあったのですね?」
いつになく険しい表情のシャーロットを見て、シュウは誤魔化さない方が良いと判断した。小声で答える。
「態度に表さないでください。実は尾行されています。ストーカーかもしれませんね」
「え?」
シュウはシャーロットの腰に手を回し、少し歩く速度を速めた。突然のスキンシップにシャーロットは頬を染めて照れている。
「どこかに入りたいですね。相手の正体が分からない以上、ここはやり過ごしたい」
これまでも複数人の視線は感じたが、あくまでもストーカーはその中の一人だと思っていた。しかし、今日は複数人の気配をずっと感じる。こいつらはチームで追ってきているようだ。当初の想定と違う。シュウの第六感が歩みを速めているのである。
「じゃあ、シュウさん。そちらに入りますか?」
シャーロットは顔を赤くしながら白い指を差した。
「は……ええ!?」
その建物はホテルであった。いわゆる、その用途のホテルである。シュウはずっこけそうになるのを堪えた。顔が真っ赤になっている。未成年のシュウには刺激が強い。
「私……シュウさんとなら良いですよ。その……入っても」
シャーロットはシュウの目を見ながら、ぎゅっと手を握ってくる。彼女の身体が小刻みに震えている。それはストーカーの恐怖か、ホテルに入ることを緊張しているのか、シュウには分からない。
それにしても自分の身に危険が迫っている可能性があるのに、大胆な女性だとは思う。この思い切りの良さが、異人の歌姫として芸能界で成功する秘訣だろうか。
「す、すいません! 俺こういうの慣れていなくて。彼女とかいたことないし!」
どうやら彼女に嘘は通用しないらしい。下手に誤魔化すと信用を失ってしまう。シュウは正直に言葉を紡選んだ。
「そ、それに、この場合は不特定多数の人間がいる場所の方が良い。飲食店とかデパートとか、人目がある方が良いです。犯人が手を出しづらいですから!」
シャーロットはシュウの顔をじっと見詰め、「はい」と頷いた。
(こういう時は……あそこだな)
シュウとシャーロットは異人喫茶へ向かった。