第二十二話 意外とショタだった私はスペック低いのであまり難しいとフリーズするのですが?【落合茉里咲】
「この辺りで会えたんだけどなぁ」
異人の友社の落合茉里咲は東銀のスラム街を歩いていた。先日ひったくりを撃退してくれたシュウに会いたいと思っているのだ。便利屋金蚊はすぐに見付かったが直接会いに行くのは恥ずかしかったので偶然を装い再会しようと企んでいた。
「会えるわけないよね。それにしても私は年上好きだと思っていたけど……意外とショタッ気あったのかなぁ」
シュウの年齢は分からないが明らかに自分よりは年下だった。落合は溜息をつくとタブレットを起動させた。
「えっと、今日の取材相手は薬物の専門家かぁ。異人街に蔓延するダークマナドラッグについて。ふー! 意外とショタだった私はスペック低いのであまり難しいとフリーズするのですが?」
またもラノベのタイトルのような愚痴をこぼす。先輩の上川から取材前にダークマナドラッグついて予習しろと言われている。落合は情報サイトのドラペディアで検索をかけた。
――ダークマナドラッグ、通称DMD。麻薬にダークマナパウダー、通称DMPを混ぜたものの総称。ダークマナは有害だがトリップ効果を増幅させる効果があり、視覚、聴覚等、本来なら異なる脳領域を結合させ幻覚を見せる。
「ぐはっ……!」
専門用語の連続で脳をやられた。目眩を覚えて電柱に寄りかかる。
――DMDには強い中毒性があり、精神疾患、希死念慮による自殺、脳死などの症状が出る。マニアの間では「死を体感できるドラッグ」として高額で取引される。
――DMPの製造には麻薬カルテルのダークマナ教が関わっているとされるが詳細は不明。協会とアルテミシア騎士団が連携して捜査をしているが、DMD根絶には至っていない。
「な、なんでこんな危険なモノが異人街に出回っているのぉぉ!」
落合は思わず叫んだ。道行く人が何事かと視線を向けてくる。ここは繁華街が近くホスト風の男や露出が多い女が往来していた。落合は赤面してタブレットのオフにする。
「そ、そそこのおおお前ぇ……!」
「え?」
奇妙な声が聞こえて振り返ると汚いジャージを着たホームレスが立っていた。表情は弛緩しており口からはヨダレが垂れている。手にナイフを持っていた。じりじりと距離を詰めてくる。落合は恐怖で足が竦んだ。
(え、これってヤバイ状況ですかー!)
通行人が騒ぎ始める。しかし助けてくれる物好きはいない。ここは異人街、ましてやスラムだ。皆が自分のことで精一杯。自分が同じ立場でも傍観するだろう。
「し、ししし死ねぇぇ……!」
ろれつは回っていないが明確な殺意は理解できた。ホームレスはナイフを向けて突進してくる。
「い、いやぁ! 私はこれから彼氏つくって色々やって幸せになりたいのにー!」
落合は聴衆の前で欲望をさらけ出す。死ぬ前に言いたいことは言おうと思った。ナイフが目前に迫り死を覚悟した時――金髪の少年が間に入った。
「おい、おっさん! 危ねぇだろうが!」
「な、ななななんだ、小僧ぉぉ」
「シュウくん!」
落合は涙目で叫んだ。
「くらえ、電拳!」
シュウは電流を纏った拳でホームレスを殴る。ドカッと鈍い音が響きホームレスは壁に叩き付けられた。そのまま失神しピクリとも動かない。シュウはホームレスを一瞥するとこう吐き捨てた。
「てめぇみたいのがいるから異人の好感度が下がるんだ! このハゲ!」
ざわついていた野次馬は何事もなかったかのように散っていく。このような事件は異人街では日常茶飯事だ。特に普通人はトラブルに巻き込まれやすい。
「シュウくん、ありがとうございました!」
「ん? なんで俺の名前知ってんだ?」
シュウは落合を覚えていなかった。
「えぇぇぇぇ!」
「てか姉ちゃんさ、ここは一宮が近いし危ねぇんだよ。こいつはここらで有名なヤク中なんだぜ」
シュウは面倒くさそうにシッシと手を振った。落合はシュウに掴みかかる。
「私のこと覚えていませんか? ほら、ひったくりの時……!」
「ひったくりとか強盗なんて毎日起こるだろ。いちいち覚えてねーよ。ああ、いつもなら金貰うけど今日はいいや」
「前もそう言っていたけど、いつお金貰っているんですかー!」
「じゃあなー」
シュウは笑顔で去っていった。頭をよぎるのはデジャブ。するとスマートフォンが振動した。画面には上川多賀子と表示されている。
「あー! 取材の時間だったぁぁ」
落合は真っ青になった。シュウを追いたい気持ちをどうにか抑えて上川との待ち合わせ場所へ向かった。次に会ったらランチの約束をしよう――そう決意した。