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金色のウロボロス 電拳のシュウ  作者: 荒野悠
第二章 異人の歌姫 ――雷氷の邂逅編――
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第十六話 異人の歌姫

 シャーロット=シンクレアが便利屋金蚊へ来店したのは午後二時頃であった。カールがかかったライトブラウンの髪をなびかせ、ホワイトのシフォンワンピースを着込み大きな日傘を差していた。


 シャーロットは店内に入ると、深々とお辞儀をした。


「初めまして、シャーロット=シンクレアと申します。本日はよろしくお願いします」


 シャーロットは異人街ではあまり見掛けない清楚な女性だった。これまでシュウの周囲にいたのは、妹のリンや水商売のママ、密入国のおばさん、施設の女の子達である。


 目の前にいるシャーロットは前述した女性達に欠けていたものを全て兼ね備えていたのである。シャーロットはにこっと天使の笑顔を振りまいた。シュウは慌てて自己紹介をする。


「あ、はい。わ、私は店長のシュウです。で、こっちが妹のリン。助手をしてもらっています。ああ、すいません、座ってください……そうだ、お茶出しますよ」


 美人を前に緊張して不自然な敬語になる。リンは明らかに狼狽しているシュウを見るとフォローを入れた。


「……店長、お茶は私が出します。店長はヒアリングしながら調査依頼シートの作成をお願いします」


 リンは軽く会釈をすると給湯室へ姿を消した。シュウは場を和ますためにマイチューブで「カリス」の歌を流す。


「シンクレアさん。メールは拝見しました。ストーカーの調査をご依頼ですね」


「シャーロットで良いですよ。親しみを込めてロッティでも」


 シャーロットの女優のようなスマイルに、またもや調子を崩される。どこかで聞いたことがある可愛い声だが思い出せない。


「あ、そうですか……? では、シャーロットさんと呼びますね」


「はい、シュウさん。よろしくお願いします」


 リンは給湯室でお茶を入れながら二人の様子を観察していた。兄に美人が近付くことを快く思えないが、相手は顧客である。ただ、女としての面子があり、シャーロットの前では妹扱いはされたくはなかった。


 この複雑な心境をどう処理しようと考えながら湯飲みにお茶を入れる。


 シャーロットは十九歳らしい。まだ十五歳のリンにはない美しさがあった。胸の中にもやもやしたものを感じる。お茶をお盆に乗せて給湯室を出ると、あることに気が付いた。それはシャーロットの視線である。


(……シャーロットさん、兄さんのマナを視ている?)


 一見、シャーロットはシュウの顔を見て話しているように見えるが、よくよく見ると、シュウの頭上に視線が向いている。まるで何かを観察しているようである。


 その視線の揺らぎは、時折精神感応系の能力者が見せる習性を彷彿とさせる。同系統のサイコメトリストであるリンでなければ違和感すら覚えないだろう。


(兄さんのマナが視られている? ううん、気のせいかも……)


 リンは二人にお茶を出して席に着いた。シュウが茶を飲みながら問う。


「シャーロットさん、どうして警察や協会ではなく金蚊(うち)へ?」


「フィルさんがSNSで宣伝していたのを見たものですから。それともう一つ理由があります。……私の職業の関係上、警察や協会へは行きたくないのです」


 異人街の便利屋へ来る顧客は大抵問題を抱えている。それはこのような美少女も例外ではないようである。リンが口を開いた。


「私達には守秘義務があります。その理由を教えていただけますでしょうか」


 少しの沈黙の後、シャーロットは細い人差し指で天井に設置されているスピーカを指差した。


「実は私……今流れている歌を歌っている者です」


「は? ……と言うと?」


 シャーロットは口に手を当て、くすくすと笑った。


「私は異人アイドルのカリスです。『Charis(カリス)』ってシャーロット=シンクレアのアナグラムなのです」


「え~~!?」


 どこかで聞いたことがある声だと思ったら、毎日マイチューブで聴いていた声だったのだ。いや、それは大した問題ではない。


 それより全世界から熱狂されているアイドルが目の前にいることが大問題だ。もし任務が失敗したことを考えると背筋が凍る。報酬は高そうだが、万が一のことを考えるとリスクが高すぎる。


「店長……」


 リンがシュウの袖を引っ張る。その視線の言わんとすることは理解できる。


「シンクレアさん。申し訳ない、受けられないっす」


「報酬なら言い値で構いませんよ。私をストーカーから守ってくださらないかしら……」


「いや、報酬の問題ではないです。警察か協会に行った方が良いですよ」


 シュウは頭を掻きながら、気まずそうに目を逸らす。


「ですから、私は警察にも協会にも行きたくありません。まず、カリスだと知られたくはないのです。大事にすると仕事に支障が出てしまいます」


 確かに芸能活動はイメージを売る仕事である。スキャンダルを避ける必要があるだろう。


「協会もよくありません。協会に保護を求めるということは、能力を明かし登録して、『特殊能力者』の資格を得ることになります。そうなると色々と都合が悪いのです」


 協会から認定されることのメリットは大きいが、自身の能力を開示するリスクを負うことになる。創作活動を糧としている異人にとっては生命線に関わる問題だろう。――情報漏洩。このリスクは常に付きまとう。


 しかし、おいそれと応じるわけにはいかない。彼女は事を荒立てたくないから、しがない便利屋に依頼しているのだ。


「シュウさんやリンさんにリスクはありませんよ。私は世間に素顔を明かしておりません。もしシャーロット=シンクレアが被害に遭っても、『カリス』は関係ないではありませんか。例え、私が死んでも、どこにでもいるつまらない無価値な女が死んだということになるだけですよ」


 常に笑顔だったシャーロットの口調が若干変化したように感じた。華やかな雰囲気の中に、どす黒い何かが見えたような気がした。話を聞いていたリンが口を挟む。


「そうかもしれませんが、カリスさんの事務所やスポンサーが騒ぎ出すのではないでしょうか。先方は身元を知っているはずです」


「その辺りは大丈夫です。情報は絶対漏らさないと契約しています。それを破るとあちらもそれ相応のリスクを負います。それよりは事務所としても第二のカリスを据えて利権をむさぼる方が得でしょう。だってカリスの正体は不明ですから」


 シュウは違和感を覚えた。他人が羨むような人生を送っている「カリス」にしては、自分を軽んじる言動が見え隠れしている。


「分かりました。一応話は聞きますが、その上で受けるかどうかを決めます」


 シャーロットは無垢な笑顔で頷いた。シュウは照れを隠すように鼻の頭を掻いた。

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