第十一話 ストーカーは知っている
「ショット! ショット! ……よし。今日も良いスコアが出ました! ははは」
黒縁眼鏡をかけた色白の男がパソコン画面に向かって叫んでいる。茶色のくせ毛、服装は白いワイシャツに黒いスラックス。いかにも神経質そうな外見をしていた。
男の名を白石武彦という。過去に九度の転職を経験し心を病んでニート生活を満喫中だ。白石はネットゲームが一段落するとマイチューブでカリスの音楽を流した。
――ピンポーン! インターホンが鳴る。
「届きましたかねえ」
白石はニヤリと笑う。玄関を開けると宅配の兄さんが汗だくの顔で荷物を渡してくる。潔癖症の白石は顔をしかめながら受け取った。しかし箱を開けると笑顔になる。
「カリスのトレカ! 大人買いです」
異人アーティストのカリスはアニメやゲームにもなっている。レアなトレーディングカードはかなりの高額で取引されていた。箱の中には複数のブースターパックが詰められているが、一つだけ黒い袋に入れられている。
「ふふ、これは夜に楽しみますか」
白石は細く微笑んだ。カードを一通り愛でた後、部屋を見渡す。壁中に女性の写真が貼ってある。ブラウンのロングヘアにグリーンの瞳。異国の女性だ。かなりの美人だが、その写真の数や盗撮のような構図に問題があった。警察に踏み込まれたらストーカーの現行犯として逮捕されそうな光景だ。
「さて、カリスちゃんのSNSでもチェックしますかねえ」
白石はパソコンを三台稼働させて怪しい笑みを受かべた。昼間から働かずにネットサーフィン。白石の収入源は障害年金とカリスの情報ブログの広告収入。貯金もそれなりにあった。実家の親の支援もあり生活には困っていない。
もう四十代目前。社会不適合者と呼ばれて当然の立場だが、白石はカリスに夢中だった。カリスの情報を集め、グッズを買って貢ぐ。それでいいと思っていた。
――とにかく彼女の全てを掌握したい。それが彼の生きる意味となっている。最初は純粋な「憧れ」だったが、それが歪んだ「執念」に変容するまで、大した時間はかからなかった。
カリスのSNS更新頻度は高く、白石は全ての投稿を細かくチェックした。彼女が投稿する煌びやかな夜景、お気に入りのケーキ、読んでいる本――分析した分だけ彼女との距離が縮まるように思えた。
「素顔を明かさない……それがカリスちゃんの魅力ではありますがぁ……」
白石は部屋中の写真を眺めて恍惚とした表情になった。
「私はあなたを知っています。今度会いに行きますよ……ふふふ」
写真の一枚を撫でながら呟いた。疲れた顔をしているが、目には暗い炎が宿っていた。
「最近のカリスちゃんはちょっと危ういですね……よからぬ連中と付き合っているかもしれません。私が守ってあげないと。そう、暗闇からね」
そう言うと黒い袋に入れられたパックをちらりと見た。
「さて、出かけますかねえ」
白石はカリスが東銀にいることを知っている。ネットストーカーの執念は底が知れない。胸中の暗い炎がゆらゆらと燃え上がり彼の表情を醜く歪めていた。